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余興

 人はくだらないことほど、なぜか寝食を忘れて夢中になってしまうときがある。

 私にも、まさにそういう時期があった。


 小学校高学年の頃、私は筋金入りのテレビっ子だった。「おはよう」から「おやすみ」までテレビの前を独占し、アニメやバラエティを貪るように見ていた。当時の私にとって、テレビの向こう側は世界最大の娯楽だったのだ。

 特にコントやネタ番組が好きだったのだが、私が心を奪われたのは、同世代が熱狂する現代の売れっ子芸人ではなかった。懐古番組の特番で目にした、あの『ザ・ドリフターズ』だったのだ。あらかじめ言っておくが、筆者はまだ三十代(平成生まれ)である。


 なかでも、私は「ヒゲダンス」に魂をイカれてしまった。

 軽快なあのBGMに乗せて、加藤茶と志村けんがほぼ無言で繰り広げる究極のコメディ。何より、膝を小さく弾ませながら、手元を器用に上下させるあの独特のステップが、私の脳裏に焼き付いて離れなくなった。

 それ以来、私は狂ったようにヒゲダンスを踊り続けた。何か目的があるわけではない。ただ、踊りたかったのだ。

 家でも、学校でも、通学路でも。私はヒゲダンスのスキル向上に全ての青春を捧げた。その凄まじい熱量を少しでも勉学に向けていれば、今頃どこかのエリートになっていたかもしれない。しかし当時の私は、鏡の前で完璧なフォームを追求することに余念がなかった。今思えばこれ以上ない無駄な時間である。


 だが、努力は裏切らない。独学で磨き上げた私のヒゲダンスは、いつしかそれなりの形になっていた。自らの口で音痴なBGMを奏でつつ、軽快なステップで家中を徘徊する日々。母は止めなかった。今なら言える、絶対に止めるべきだった。


 やがて、その高みに達した私は、この素晴らしい芸術を家族とも共有したくなった。むしろ「なぜみんなは、この高揚感を知っていながら踊らないんだろう」と不思議でならなかったのだ。

「ねえ、お母さん。一緒にヒゲダンス踊ろうよ。ねえ、ねえったら」

 悪魔の勧誘である。四六時中、私は家族をヒゲダンスのディープな世界へと誘う不気味な案内人と化していた。

 しかし、数日間にわたる粘り強いスカウト活動は、母の放ったある一言によって突如として終止符を打たれる。


「お母さんもヒゲダンス踊ってよ。楽しいからさ」

「踊らん」

「なんでさ、一緒にやろうや」

「……お母さんが本気で踊り出して、あんたより上手かったらどうするねん」


 まさかの返しに、私は激しい衝撃を受けた。

 もしや、この人は「経験者」なのか。昭和を最前線で駆け抜けてきた現役世代。血は争えないという。母もまた、若かりし頃にヒゲダンスの情熱に身を焦がした一人のダンサーだった可能性は否定できない。

 母の背後に、言葉にできない達人のオーラを見た私は、激しく葛藤した。そして、ややあって、震える声でこう答えた。


「……弟子になる!」


 そう、私は自らがまだ、アマチュアの域を出ていない若輩者であることを自覚していた。もし母のステップが私を凌駕するプロの技ならば、プライドを捨ててその門を叩こうと誓ったのだ。

 結局、母は最後までその重い腰を上げてはくれなかった。ただ、このシュールな師弟対決の顛末は、当時母がやっていた個人ブログに掲載され、身内界隈でそれなりに注目を集めたらしい。


 ――さて、このエッセイを執筆したことで、私の肉体に眠る「内なるソウル」が再び呼び覚まされてしまった。

 というわけで、私はしばらくの間、執筆作業の合間のリフレッシュとして、部屋でヒゲダンスを踊ることにする。

 ただ、悲しいかな、ヒゲダンスは一人では成立しない。バケツから投げつけられる果物をフォークで見事に突き刺すためにも、現在、相方を随時募集中である。我こそはというプロ気質の加トちゃんは、ぜひ気軽に連絡してきてほしい。もちろん、刺される側のオレンジの用意は、こちらで完璧に済ませておく。

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