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EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season13 Le un《ル・アン》― 安心する場所 ―  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season13 Le un《ル・アン》― 安心する場所 ―
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Chapter8 境界線

[ルーアン社・応接スペース]



「……少し、お時間よろしいですか」


柊(しゅう)の声は、穏やかだった。


高瀬(たかせ)玲子(れいこ)は、一瞬だけ目を細めてから、微笑む。


「ええ。構わないわ」


2人は、人目の少ない応接スペースに移動した。


ガラス越しに見える廊下では、社員たちが行き交っている。


“普通”の光景。


だからこそ、ここで交わされる言葉は、とても静かで、とても危うい。


「単刀直入に言います」


柊(しゅう)は、椅子に腰掛けず、立ったまま言った。


「環(たまき)に、過去の話を持ち出すのは、やめてください」


玲子(れいこ)は、小さく肩をすくめた。


「注意喚起よ。同じことが起きないように」


「それは、こちらの仕事です」


柊(しゅう)の声は、低く、揺れない。


「今の環(たまき)は、アークシステムズの社員です」


「ええ、分かってるわ」


玲子(れいこ)は、柔らかく笑う。


「でも、過去は消えない」


その言葉に、柊(しゅう)は一瞬だけ、視線を落とした。


そして、顔を上げる。


「……だからこそ、です」


玲子(れいこ)の視線が、わずかに鋭くなる。


「彼女は、もう一度、その名前で呼ばれる必要はない」


「……三浦(みうら)さん、のこと?」


あえて、その名を口にする。


柊(しゅう)は、眉ひとつ動かさなかった。


「如月(きさらぎ)環(たまき)です」


静かな訂正。


「それが、今の彼女です」


玲子(れいこ)は、ふっと息を吐く。


「相変わらず、優しいのね」


その声には、どこか嘲(あざけ)るような響きがあった。


「優しさじゃありません」


柊(しゅう)は、きっぱりと言った。


「線です」


そのひと言で、空気が変わる。


「ここから先は、踏み込まないでください」


玲子(れいこ)は、しばらく柊(しゅう)を見つめてから、ゆっくり笑った。


「……警告?」


「お願いです」


柊(しゅう)は、あくまで穏やかに言う。


「仕事を、仕事として進めたいだけです」


その言葉に、玲子(れいこ)は理解した。


――怒っていない。

――まだ。


だからこそ、この線は、壊してもいい線だと。


「わかったわ」


玲子(れいこ)は、あっさり頷いた。


「気をつける」


その言葉が、どれほど軽いか。


柊(しゅう)は、その時はまだ、知らなかった。



◇◇◇



その日の午後。


環(たまき)は、1人で資料室にいた。


コピー機の音。

紙の擦れる音。


静かで、落ち着いた空間。


「……如月(きさらぎ)さん」


背後から、声がした。


環(たまき)の背中が、ぴくりと揺れる。


振り返ると、そこに立っていたのは、高瀬(たかせ)玲子(れいこ)だった。


「少し、話せる?」


環(たまき)は、一瞬迷った。


でも、逃げなかった。


「……はい」


資料室の奥。

人の気配はない。


玲子(れいこ)は、ゆっくり口を開いた。


「さっき、柊(しゅう)くんから“線を引かれた”の」


環(たまき)の胸が、ざわりとする。


「優しいわよね、彼」


微笑みながら、続ける。


「でも……

 ああいう優しさって、守りきれないのよ」


「……何の話ですか」


環(たまき)は、必死に声を保った。


玲子(れいこ)は、一歩、近づく。


「クロノスの、情報漏洩事件」


その言葉で、空気が凍る。


「あなたが犯人にされた、あの事件」


環(たまき)の喉(のど)が、ひくりと鳴る。


「……実はね」


玲子(れいこ)の声は、驚くほど穏やかだった。


「仕向けたのは、私よ」


世界が、一瞬、遠のく。


「……どうして」


絞り出すような声。


玲子(れいこ)は、はっきりと言った。


「あなたが、柊(しゅう)くんのお気に入りだったから」


環(たまき)の視界が、揺れる。


「仕事もできて、守られて、気づけば、彼の目があなたを追ってた」


「……そんな……」


「邪魔だったのよ」


笑顔のまま、言い切る。


「だから、排除した」


環(たまき)は、何も言えなくなった。


「あなたが崩れる姿、見たかった。そうすれば、彼も、私を見ると思ったから」


玲子(れいこ)は、一歩、下がる。


「でも……

 意外と、強くなったわね」


その言葉を残して、踵(きびす)を返す。


「さて。

 どこまで耐えられるかしら」


環(たまき)は、その場に立ち尽くした。


胸が、ぐちゃぐちゃになる。


怖い。

苦しい。


でも――

逃げたい、とは思わなかった。


境界線は、あっさり越えられた。


そして、高瀬(たかせ)玲子(れいこ)はまだ、気づいていない。


それが、最後の越境になることを。

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