Chapter5 神話の裏側
[アークシステムズ・ミーティングルーム]
「……ルーアン社が立て直されたのは、今から3年前です」
画面に映し出された年表を見ながら、凪が淡々と説明する。
「前社長が急逝。業績悪化。主要取引先の撤退」
「……倒産寸前、ですね」
環が小さく言った。
「はい。
そこから、織原梨杏社長が前面に立って、一気に再建が進みます」
数字のグラフは、ある時点を境に、不自然なほど急角度で上向いていた。
「……きれいすぎるな」
柊が、低く呟く。
「ですよね」
凪は頷く。
「普通、ここまで急に回復すると、どこかに“歪み”が出る」
「……歪み」
環は、画面に映る数字を見つめた。
ノンブル。
並んでいるだけの数字。
Février。
始まりの2月。
「で、その再建期に、深く関わっていたのが……」
凪が資料を切り替える。
画面に表示された社名に、環の指が、思わず強張った。
――クロノス・ソリューションズ。
「やっぱり……」
柊は、静かに続きを促す。
「ルーアン社の基幹システム。
財務、経理、取引管理。
ほぼすべてを、クロノスが請け負っています」
「……ほぼ全部、ですか?」
「はい。
“再建のための特別プロジェクト”という名目で」
その言葉に、環の胸が、きゅっと縮む。
特別。
例外。
説明しなくていい場所。
――まただ。
「……ここからが、本題です」
凪は一度、言葉を切った。
「クロノス社内で、同じ時期に起きている事件があります」
画面が切り替わる。
表示された日付。
3年前。2月。
Février。
環の呼吸が、ほんの一瞬、浅くなった。
「……情報漏洩事件」
凪の声は、必要以上に感情を含まない。
「社内システムからの情報流出。原因不明。責任の所在も曖昧」
柊の視線が、環に向く。
環は、自分でも驚くほど落ち着いて、その画面を見ていた。
「……わたしが、犯人にされた事件ですね」
静かな声。
「……はい」
凪が、申し訳なさそうに頷く。
「当時の内部資料を洗ってみたんですが……
どうも、おかしい」
「何がだ?」
「事件が起きた直後、責任の切り分けが異様に早い」
凪は、ある一行を指した。
「“原因特定完了”まで、わずか3日」
「……早すぎる」
柊が言う。
「ええ。しかも、“再発防止策”が、もう決まってる」
「最初から……?」
「はい」
環は、ふと、ある感覚を思い出していた。
あの時。
説明を求めても、「もう決まったことだから」と言われ続けたこと。
「……はは……灯さんが言ってましたよね」
環が、ぽつりと口を開く。
「“最初から仕掛けられている数字”って……」
凪は、ゆっくり頷く。
「これも、最初から“必要だった事件”だったのかもしれません」
「……誰のために?」
柊の声は、低い。
「ルーアン再建のため」
凪は、はっきりと言った。
「クロノスは、ルーアンを救うために、“都合のいい事故”をひとつ、必要としていた」
沈黙が落ちる。
環は、胸の奥が少しだけ、きゅっとした。
でも――
崩れなかった。
「……わたしは」
環は、ゆっくり言葉を選ぶ。
「たまたま、そこにいたんですね」
柊の手が、無意識に拳を握る。
怒りではない。
まだ、怒りではない。
でも、確実に燃料が積み上がっていく。
「ルーアン再建の“神話”は、誰かの犠牲の上に成り立っている」
凪が、静かに締めくくる。
「そして……」
画面に、再びあの数字が映る。
Février。
ノンブル・プルミエ。
「その神話は、まだ終わっていない」
環は、画面を見つめながら思った。
――怖い。
――でも、
もう、自分のせいじゃない。
柊は、環のその表情を見て、心の奥でひとつ決める。
――ここから先は、
――俺が引き受ける。
それが、高瀬玲子の知らない、本当の誤算になることを。




