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EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season13 Le un《ル・アン》― 安心する場所 ―  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season13 Le un《ル・アン》― 安心する場所 ―
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Chapter3 灯が数字を見る

[アークシステムズ・オンラインミーティング]



画面の向こうで、樫乃(かしの)灯(あかり)はゆっくりと瞬きをした。


「……なるほど」


そのひと言だけで、凪(なぎ)は背筋を伸ばした。


灯(あかり)は、環(たまき)がまとめた数字の一覧を、黙って見つめている。


画面共有された表には、月ごとに並んだ経費の数字。

どれも桁は揃っている。

計算も合っている。


――問題がないように、見える。


「……灯(あかり)さん、率直にどうですか?」


柊(しゅう)が静かに聞いた。


灯(あかり)はすぐには答えず、杖(つえ)を手元に寄せ、もう一度数字を眺めた。


「“嘘”はないわね」


その言葉に、環(たまき)の胸が少しだけ緩む。


「ただし……」


灯(あかり)は、そこで一度区切った。


「“誠実”でもない」


凪(なぎ)が、思わず口を挟む。


「誠実……じゃない?」


「ええ」


灯(あかり)は、一つひとつの数字を指し示すように、ゆっくり言葉を選ぶ。


「数字はね、嘘をつかないの」


環(たまき)は、その言葉を知っていた。


――数字は嘘をつかない。

――嘘つきは、数字を使う。


灯(あかり)の、いつもの言葉。


「でもね、“使い方”で、いくらでも人を騙せる」


画面の中の数字は、相変わらず整然としている。


「この数字たち……

 どれも“説明しなくていい場所”に置かれてる」


柊(しゅう)は、その言葉を噛みしめた。


「説明しなくていい……」


「ええ。

 聞かれにくい場所。

 確認されにくい場所。

 “まぁ、そういうものよね”で流される位置」


灯(あかり)は、その中の一行を指した。


「ここ。2月の処理」


環(たまき)の指が、無意識に動いた。


「……Février(フェヴリエ)……」


灯(あかり)は、環(たまき)を見る。


「気づいたのね」


「はい……月初に集中していて……それに、割れない数字があって……」


灯(あかり)は、小さく微笑んだ。


「素数ね。

 ノンブル・プルミエ」


凪(なぎ)が、低く息を吸う。


「……やっぱり、意味がありますよね」


「あるわ」


灯(あかり)は、はっきり言った。


「これは、“最初から仕掛けられている数字”」


画面の向こうで、柊(しゅう)の表情が、わずかに変わった。


怒りではない。

まだ、怒りではない。


でも――

守るべきものに、近づく気配を感じ取った顔だった。


「……灯(あかり)さん」


柊(しゅう)は、静かに続ける。


「この数字、“誰に向けたもの”だと思いますか?」


灯(あかり)は、少しだけ視線を落とし、それから真っ直ぐに柊(しゅう)を見た。


「2通り考えられるわ」


「2通り?」


「ええ。ひとつは……柊(しゅう)くん、あなた」


凪(なぎ)が、思わず息を止める。


「如月(きさらぎ)=2月。Février(フェヴリエ)」


灯(あかり)は淡々と続けた。


「もうひとつは……」


視線が、環(たまき)へ移る。


「如月環(きさらぎたまき)」


環(たまき)は、胸の奥がきゅっとするのを感じた。


「でもね」


灯(あかり)は、ゆっくり首を振った。


「これは“あなたを落とすため”の数字じゃない」


柊(しゅう)の眉が、わずかに動く。


「……どういう意味ですか?」


「“揺さぶるため”よ」


灯(あかり)は、静かに言った。


「環(たまき)を揺らせば、あなたが動く」


そのひと言が、会議の空気を変えた。


柊(しゅう)は、何も言わなかった。


ただ、画面越しに環(たまき)を見て、一度だけ、深く息を吐いた。


「……なるほど」


その声は、低く、落ち着いている。


でも――

灯(あかり)は見逃さなかった。


その“静けさ”が、一番怒らせてはいけない状態だということを。


「大丈夫よ、環(たまき)」


灯(あかり)は、やさしく言った。


「あなたは、もう1人じゃない」


環(たまき)は、小さく頷いた。


「はい……」


柊(しゅう)は、ゆっくりと口を開く。


「灯さん。

 この数字、全部、残してください」


「ええ」


「消さない。直さない。隠さない」


その言葉に、凪(なぎ)がうなずく。


「ログも、全部保存しておきます」


柊(しゅう)は、画面の数字を見つめながら、心の奥で決めていた。


――触れるな。

――環(たまき)に、触れるな。


それが、高瀬(たかせ)玲子(れいこ)の知らない、絶対条件だということを。

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