Chapter2 数字の居場所
[ルーアン社・仮設オフィス・作業スペース]
キックオフミーティングから数日後。
アークシステムズは、ルーアン社から提供された、経理・財務関連のデータを受け取り、段階的な確認作業に入っていた。
「……数字、多いですね」
環は、画面を見つめながらぽつりと呟いた。
「まぁ、立て直し後ですしね〜。
取引も増えてますし」
凪は軽い調子で言いながら、別のモニターでログを流している。
柊は2人のやり取りを聞きつつ、全体の進捗を静かに把握していた。
表面的には、どの数字も整っている。
桁も合っているし、合計も一致している。
――きれいすぎる。
そんな感覚が、柊の中にかすかに残っていた。
「……あの……」
環が、もう一度声を出す。
「このページの数字なんですけど……」
柊と凪が、同時に環の画面を見る。
「ここ、金額自体は合っているんですが……なんというか……」
環は少し言葉を探すように、指先で画面をなぞった。
「ノンブル……みたいで……」
「ノンブル?」
凪が首をかしげる。
「はい……印刷会社で使っていた言葉で……ページ数のことなんですけど……」
環はゆっくりと説明する。
「ページはちゃんとあるのに、中身が薄いというか……
並んでいるだけで、どこにも属していない数字みたいで……」
柊は、その言葉を反芻した。
――ページはある。
――でも、意味がない。
「……確かに」
凪がデータを横断的に見比べる。
「この数字、どのプロジェクトにも、きれいに紐づいてないですね」
「でも、消すほど不自然でもない」
柊が言う。
「そうなんです……だから、余計に……」
環は、胸の奥に残る、きゅっとした感覚を押さえながら、画面を見つめ続けた。
「……あれ?」
凪が声を上げた。
「処理日、やけに月初に集中してません?」
「月初?」
「はい。特に……2月」
その言葉に、環の指が止まる。
「……如月……」
環の小さな呟きに、柊が一瞬だけ視線を向けた。
「2月……Février、ですね」
環はそう言って、自分でも少し驚いたように目を瞬いた。
「フランス語だと……」
「ルーアン、ですもんね」
凪が軽く続ける。
「Le − UN……1、か」
「……最初の数字」
柊が静かに言った。
「……プルミエ……」
|環はそう呟きながら、画面の数字を追う。
「月初……最初……それから……」
凪が、ふと手を止めた。
「……割れないですね」
「割れない?」
「分解しようとすると、どうやっても割り切れない」
柊は少し考えてから言った。
「……素数か」
環は、小さく頷く。
「……ノンブル・プルミエ……」
その言葉が、作業スペースに静かに落ちた。
誰も、「不正だ」とは言わなかった。
まだ言えない。
でも――
「……これ、偶然じゃないですよね」
凪のそのひと言に、柊は答えなかった。
ただ、
環の画面に残る“居場所のない数字”を見つめていた。
そして、胸の奥に小さく刻む。
――覚えておこう。
――この違和感を。
高瀬玲子が想像していない形で、この数字は、確実に残り始めていた。




