Chapter1 再会は、予定外に
―― ルーアン社・キックオフミーティング
[ルーアン社・会議室]
ガラス張りの会議室は、午後の光をやわらかく取り込んでいた。
白を基調とした室内は整然としていて、“立て直しに成功した会社”らしい清潔感がある。
「……大丈夫?」
会議室に入る直前、凪が小さな声で環に声をかけた。
「はい……だいじょうぶです」
環はそう答えながら、胸の奥に残る、きゅっとした感覚をそっと押し込めた。
柊は何も言わず、いつもよりほんの少しだけ環の歩幅に合わせて歩いている。
――仕事だ。
今日は、仕事の顔をしなければならない。
そう思っても、エントランスホールでの再会が、頭のどこかで静かに尾を引いていた。
会議室にはすでに、ルーアン社の関係者が集まっていた。
先日の打ち合わせで顔を合わせた、情報システム部、財務経理部のメンバー。
そして、正面の席に立つ女性。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
落ち着いた声で挨拶をしたのは、ルーアン代表取締役社長――織原梨杏だった。
背筋を伸ばし、無駄のない所作。
どこか凛とした空気をまといながら、迷いのない視線で場を見渡している。
「本プロジェクトは、ルーアン社のスマートオフィス化に向けた、基幹システム刷新の第一歩となります」
淡々とした説明の中に、“必ず成功させる”という強い意志がにじんでいた。
柊は静かに頷きながら話を聞いていたが、その一方で、凪は資料をめくる手を一瞬止める。
――共同開発。
資料の表紙に記されたその文字が、なぜか胸に引っかかっていた。
「今回、システム開発は、2社による共同プロジェクトとなります」
梨杏の言葉に、会議室の空気がわずかに引き締まる。
「1社は、アークシステムズ様」
柊は軽く会釈をした。
「そしてもう1社は――
クロノス・ソリューションズ様です」
その瞬間、環の心臓が、ひくりと跳ねた。
凪が、ほんの一瞬だけ柊を見る。
柊は表情を変えないまま、静かに前を向いていた。
――やっぱり、そういうことか。
あの再会が、ゆっくりとひとつの形を取っていく。
「では、クロノス・ソリューションズ様の担当者をご紹介します」
梨杏が視線を向けた先。
そこに立ち上がった女性を見た瞬間、環は息を止めた。
「クロノス・ソリューションズ、企画部 統括主任の、高瀬玲子です」
凛とした声。
背筋を伸ばし、余裕のある微笑み。
――やっぱり。
先日の偶然は、偶然なんかじゃなかった。
高瀬玲子は、アークシステムズの3人に視線を向けると、わずかに目を細めた。
「本日は、よろしくお願いいたします」
その視線が一瞬だけ、環のところで止まったような気がした。
環は無意識に、指先に力を込めていた。
柊は立ち上がり、いつもと変わらない穏やかな声で応じる。
「アークシステムズの如月です。
本プロジェクト、よろしくお願いします」
形式的な挨拶。
仕事としての距離。
けれど、柊の内側には、はっきりとした覚悟があった。
――逃げない。
――今回は、黙らない。
凪もまた、にこやかな笑顔の裏で、静かにスイッチを入れていた。
「……面白くなりそうだな」
小さく呟いたその言葉は、誰の耳にも届かなかった。
会議が進む中で、環は資料を見つめながら思う。
この仕事は、ただのシステム構築じゃない。
過去と現在が、同じテーブルについた仕事だ。
胸の奥で、また、きゅっと何かが縮む。
それでも環は、顔を上げた。
――ここにいる。
――わたしは、ここにいる。
これが、アークシステムズとしての仕事の始まり。
そして同時に、過去と向き合う仕事の始まりでもあった。
◇◇◇
「やっぱり高瀬さん、担当者だったんですね〜。
あの、ちょっと冷たい笑い方……変わってなかったですね」
「ああ……そうだな……環、大丈夫か?」
柊は、少し震える環の肩をそっと抱き寄せながら聞いた。
「はい……ちょっと緊張しましたけど……大丈夫です」
そう答えながらも、どこか引っかかるような言い方だった。
「……環、何か気になることがあるんじゃないのか?」
「……柊……あの……
高瀬さんの視線が気になって。
ずっと、わたしを見ていたような……
でも、わたしの気にしすぎなのかもしれないんですけど……」
「あ、それ……僕も気になってました。
気づくと、高瀬さん、環さんを見てる気がして」
「……やっぱりそうか。俺も気になってた。
凪もそう感じたなら、そうなのかもしれないな」
柊は一度、息をついてから続けた。
「でも、大丈夫だ。俺も凪もいる。
環、不安に思うことがあったら、どんなに小さいことでも、今みたいに話してくれ」
「……はい」
「向こうには、何か知られたくないことがあるのかもしれない。
凪も、気になることがあったら言ってくれ」
「了解です!」




