prologue(プロローグ)
※注意
本作には、冤罪や精神的な圧迫を扱う描写があります。
重く感じる場合は、無理をせずご自身のペースでお読みください。
物語は、最終的に救いのある形で描かれます。
[ルーアン・オフィスビルエントランスホール/午後13時30分]
「あら?三浦さん?」
「え?」
旧姓で声をかけられた環が振り返ると
かつてクロノスで上司だった高瀬玲子だった。
目を見開き、驚いた環は声が出なかった。
「……三浦環さん……よね?」
「え?……あ……は……はい……」
環は緊張し、なかなか声が出せないでいると、凪がすぐに駆け寄り
「環さん!……あれ?もしかして高瀬さん?」
「あら?あなたは……SEの……」
玲子が言いかけると
受付を終えた柊が2人に近づき
「環、凪、どうした?……!」
「あら?……柊くん?」
「え?高瀬さん?」
柊が言いながら環をかばうように前に出る。
「ええ……こんなところで会うなんて偶然ね……」
柊は穏やかに答える。
「そうですね……高瀬さんはこちらに打ち合わせですか?」
「ええ、そうよ。あなたたちもここに?」
「はい。」
「あら?柊くん結婚したのね。」
その言葉にビクッとし、環がさっと自分の左手を右手で覆う。
「え?」
「指輪……してるじゃない。お相手は?」
「気になります?」
すかさず凪がツッコむ。
「まぁ……そんなことないって言ったらウソになるけど……
柊くんってどんな人と結婚したのかなって興味はあるわよ。
クロノスではモテモテだったから。
一番興味なさそうだったのが……あなた……三浦さんよね」
「え?」
「え?」
柊と凪の声が重なる。
「三浦さんって仕事は卒なくこなしてとても優秀だったけど、いつも下ばかり見て、コミュニケーションもあまり取らなかったじゃない?
キレイな顔がもったいないなって思っていたのよね……」
環は緊張し俯いたまま、玲子の話を聞いていた。
かつて憧れでもあった玲子主任。
いつからか嫌がらせを受けるようになり怯える存在になった。
玲子が柊を好きだったことを環は知っていた。
柊はそれに気づいているのかいないのか、玲子と淡々と会話をしていた。
「高瀬さんは環の直属の上司でしたよね?」
「え?……ええ……そうね……
あの時、三浦さんを救えなかったことが今でも悔やまれるわ」
その言葉に温度はなかった。
「そうでしたか……」
「三浦さんは、あなたたちと一緒に仕事をしているのね」
「はい……うちの社員です」
「そう……それならよかった」
環は一歩前に出て震える声で言った。
「……あの……玲子主任……その節はいろいろとお世になりました。
何も言わずに退職してしまって……」
玲子は一瞬目を見開き
「いいのよ……わたしもあなたに何もしてあげられてなかったもの……
あなたがまたこうして、柊くんたちと仕事がてきているなら、わたしも救われた気がする……」
「……ありがとうございます……」
環は頭を下げた。
「あなたたちがここにくるなら、また会うかもしれないわね」
そう言って微笑み、玲子はエントランスホールを後にした。
柊は黙って震える環の肩をそっと抱き寄せた。
——この仕事が、過去をここまで連れてくるとは、誰も思っていなかった。
◇
玲子の後ろ姿を遠目に凪が柊の横から
「柊先輩!高瀬さんって柊先輩のこと好きでしたよね?」
「はぁ?何言ってんだ?凪……」
「やっぱり!柊先輩気づいてなかったんですね〜」
「やっぱりってなんだよ……」
「まぁ、柊先輩は環さん一筋でしたし〜」
「やめろ〜こんなとこでする話じゃないだろ〜」
環も続ける
「柊、私も知ってましたよ。玲子主任、柊のこと好きって……」
「え?環まで何言うんだよ……」
「ちょっと有名な話でしたよね?環さん!」
「はい!私が知ってるくらいなんで、みんな知ってたと思いますよ」
「はぁ?聞いたことないぞ、そんな話……」
「さっすが柊先輩!美人にモテモテですね〜」
「凪!……まったく何言ってんだよ……」
2人のやり取りに微笑み
環は、胸の奥がきゅっと縮むのを感じながら、
これが「仕事の始まり」なのだと、遅れて理解した。




