表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森と鋼のあいだ ー大往生 のち 恋をするー  作者: ヒトツキト樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/27

第3章 謹慎

ユリエルがラグナ=ルミナを出発し、セラヴィと共に、森の王宮に戻ったころには、すでに昼が過ぎ夕暮れが近づいていた。


白樹の回廊には夕暮れの光が差し、かすかなピンク色に染まっている。


王宮の奥、王の執務室では、椅子に座る王の前に、ユリエルとセラヴィが立っていた。

空気は重く、好奇心旺盛なリュネもユリエルの髪の中に隠れて出てこないでいる。

王はしばらく二人を見ていたが、やがて静かに言った。


「ユリエル」

「お前の行動は聞いている」


ユリエルはまっすぐ王を見る。


「戦いを止めました」


王は頷いた。

「結果としてはな」


少し間を置く。

「だが、参謀が軍議を通さずに戦場に出る前例は作れん」


ユリエルは黙る。

王は続けた。


「しばらく謹慎だ」

「軍議から外す」

「戦場にも出るな」


ユリエルの眉がわずかに動く。藤色の瞳が強く瞬く。

王はさらに言った。


「政治にも関わるな」


その言葉のあと、セラヴィが口を開いた。


「私も同意見です」


ユリエルが振り向く。

セラヴィの表情は静かだった。


「ユリエルはもう戦場に行く必要はありません」

「今回の件で十分です」

「……でもっ!!」


――戦いを止められなくなるわ!


思わず、大声がでそうなった瞬間、リュネがユリエルの肩で小さく鳴く。


「ユリィ」


その声と温かさを感じて、ユリエルは落ち着きを取り戻して、名を呼んだ。


「セラヴィ」


セラヴィは答えずに続けた。

「お前は参謀だ」

「兵ではない」


少しだけ間を置く。

「そして、もう十分危険な目に遭っている」


ユリエルの瞳がわずかに鋭くなる。


「それは……誰の判断?」


セラヴィは答える。


「エルフ軍近衛将軍としての、私の判断だ」

「そして、兄として」


短い沈黙の後、ユリエルは一歩前へ出る。


「私は守られるために参謀をしているわけじゃない」


セラヴィの翡翠色の瞳がユリエルを見つめる。


「戦場に行ったのも、私が必要だと思ったからよ」

「エルフ軍郡司参謀として」

「そして、妹として」


王は静かに二人を見ていた。


セラヴィは天井を見上げ、小さく息を吐き、兄を見つめ、揺るぎなく立つ妹へ言葉を紡ぐ。


「ユリエル」

「お前が何を考えているかは分かる」

「だが俺は、お前を死なせるつもりはない」


その言葉に、ユリエルの胸がわずかに揺れる。


——守る


それはセラヴィにとって、唯一無二のものなのだろう。

ユリエルはそれを知っている。

今、ユリエルとして立っている百合江も。


そして、感謝している。

それでも——


——ねぇ、清一さん。


百合江は胸の奥でそっと、つぶやく。


——きっと、あなたでも同じように止めるわよね。


戦場になんて行くなと。危ないことをするなと。

その顔まで、思い浮かべられる。

百合江は小さく息を吐く。


——でも

——私はもう、後悔したくない


あのとき、間に合わなかった。

大切な人は、戻ってこなかった。


その記憶は、今でも胸に残っている。


だから今度は間に合わせたい。

誰かが倒れる前に。

戦いが始まる前に。


ユリエルはゆっくり目を上げて、セラヴィを見る。


「セラヴィがそう言うのは、私を守ろうとしてくれてるからよね」


セラヴィの眉がわずかに動く。

ユリエルは続けた。


「ありがとう」


それから小さく笑う。


「でも、私もセラヴィを守りたいの」

「だから、動くわ」


セラヴィは譲らない。


「戦場は、簡単に人が死ぬ場所だ」

「お前はそれを知っているはずだ」


ユリエルは少し黙ると、驚くほどに鮮やかな笑顔で言った。


「だから走ったのよ?」

「戦いを止めるために」

「……間に合うために」


呆気にとられているセラヴィの気苦労を哀れに思いながら、王がゆっくり口を開く。


「その話はもう終わりだ」


二人を見る。


「処分は変わらん」

「ユリエルは謹慎だ」


うつむくユリエルを見て、王の声が少し柔らかくなる。


「だが、森の調査は続けてよい」


ユリエルは顔を上げる。


「今回、ユリエルが倒れたことが、森の魔力の異変と無関係とは思えん」

「分かりました」


王は最後に言った。


「我が姪、ユリエル。しばらく休み、体を労われ」

「お前の母のように、兄を置いて先に旅立つことは断じてならぬぞ」

「なぁ…セラヴィ?」


ユリエルと同じ藤色の瞳を持ち、エルフの中でもひときわ美しかった亡き母。

その兄である、エルフ王からの呼びかけに、セラヴィは言葉なく、ただ深く礼をした。


執務室を出ると、回廊には、まだわずかに夕方の光が差していた。


しばらくは静寂の中の足音だけが響き、隣を歩いていたセラヴィが聞いた。


「怒っているか」


ユリエルは少し考える。


「少し」


セラヴィは苦笑した。


「そうだろうな」


リュネがもふもふとユリエルの肩に出ながら言う。


「ユリィ、ぷんぷん」


ユリエルは思わず笑って、空を見上げる。

夕暮れの光が王宮の石壁を赤く染めていた。

頭の奥に、さっきの言葉が残っている。


——俺は、お前を死なせるつもりはない。


セラヴィらしい言葉だと、ユリエルは思いながら、小さく息を吐いた。


「少し外の空気を吸ってくるわ」


セラヴィが眉を上げて、諫めるような表情を作る。

「謹慎中だぞ」


ユリエルは肩をすくめる。

「王宮の中よ」


リュネが元気に言う。

「おにわ!」


セラヴィは小さく息をつき、頑固で愛しい妹の白銀のウェーブを撫でながら、優しく微笑んだ。


「……遠くへ行くな」

「あらあら。分かってるわ」


――本当に心配性ね


ユリエルは心の中で笑いながら、セラヴィに手を振り、回廊を曲がり、庭園へ向かった。

夕暮れの王宮庭園は静かだった。

風が木々を揺らしている。


ユリエルは足を止める。


ふと、あの言葉を思い出した。


——これは国家同士の問題ではないかもしれない。


ユリエルは、赤く染まる空を木々の間から見つめた。


「……同じことを考えている人がいるのね」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ