第3章 鋼の王の論理
ドワーフ王国の王宮は、山の斜面に築かれている。
岩肌を削って造られた城壁。厚い鋼の門。重い鎖の橋。
森の王宮とは、まるで違う。
ここでは、石と鋼がすべてだった。
レンヴァルトは足音を石の床に響かせながら、王宮の長い回廊を歩いていた。
「随分、遅いお戻りですね」
整った顔立ちに微笑を浮かばせながら、少し皮肉な口調でヴァレルが話しかける。
鉄灰色の髪の毛は毛先にいくほど淡い金色となっている。
王宮にいるときは、結ばずに過ごしているようだ。
レンヴァルトはちらりと視線を向ける。
「お前には出かけると伝えていただろう」
ヴァレルは小さく笑う。
「ええ」
「泉でしょう」
答えないレンヴァルトにヴァレルは肩をすくめた。
「王太子が毎夕、同じ場所に通うとなれば」
「側近としては少々気になります」
レンヴァルトは歩きながら言う。
「……覗いていたのか」
「いえ、そこまで無粋ではありません」
ヴァレルは少し楽しそうに続けた。
「ただ、予想はつきます」
「森の参謀殿でしょう」
レンヴァルトは楽しそうな側近の顔を少し見てから、端的に言う。
「ユリエルだ」
ヴァレルが濃い琥珀色の瞳をわずかに輝かせた。
「なるほど」
「名前で呼ぶ段階ですか」
レンヴァルトは立ち止まり、ヴァレルに向きあう。
「……お前は余計なことを言う」
ヴァレルは軽く頭を下げた。
「ドワーフ国王太子の側近であり、軍の参謀でもある、わたしの仕事です」
――こいつは本当に…
王も認める、優秀な鋼の軍参謀であると同時に誰よりもレンヴァルトの近くで育った、弟のような側近の飄々とした成長に、思わずため息がこぼれる。
二人は再び歩き出す。回廊の先には、大きな鋼の扉があった。
ドワーフ国軍議の間。
ヴァレルの声が少し真剣になる。
「さて、そろそろ現実の話をしましょうかね」
さっきまでの話はいったい誰が始めたと……と、思いながらも、レンヴァルトは頷く。
「鉱脈か」
「ええ。状況は、かなり悪いと言わざるを得ません」
扉の前で止まり、ヴァレルが続けた。
「北部鉱山で三つの掘削が止まりました」
「崩落か」
「いいえ」
ヴァレルは首を振る。
「もっと厄介です」
「どうやら、鉱脈が、ずれているようです」
レンヴァルトの眉がわずかに動いたのを目の端にとらえつつ、ヴァレルは静かに続ける。
「昨日までそこにあった鉱脈が今日、数十メートル移動している」
「こんな現象は聞いたことがありません」
レンヴァルトは低く言った。
「鉱脈流動か……」
「ええ、そして問題はもう一つ」
「軍部が、これを森のせいにしたがっているようです」
レンヴァルトは少しだけ息を吐いた。
「……予想通りだ」
ヴァレルは肩をすくめて言う。
「戦争の理由には便利ですからね」
「鉱山が崩れ、怒り、戸惑う民や兵をなだめるために、責任を森に押し付ける」
「古典的な流れです」
少し皮肉な笑みを浮かべた。
レンヴァルトは扉を見る。
「父上は」
ヴァレルが答える。
「慎重です」
「ですが軍部は違う」
声を落とす。
「彼らはむしろ、今が好機だと思っている」
レンヴァルトは静かに言う。
「愚かだ」
ヴァレルは小さく笑う。
「同感です」
そして、扉は開かれ石柱が並び、中央には長い鋼の卓が置かれている。
軍議の間が目の前に広がる。
その奥にドワーフ王がいる。
灰色の髪に岩のような顔。年齢は老境に近い。だが、目は鋭い。
王はレンヴァルトを見る。
「遅かったな」
「国境はどうだった」
レンヴァルトは答える。
「衝突は止まりました」
将軍の一人が低く言った。
「一時的に、でしょう」
王は手を上げた。
「続けろ」
レンヴァルトは言う。
「森も我々も戦争を望んでいません」
将軍が笑う。
「森はいつもそう言うが結果は違う」
「今回の鉱脈異変も森の仕業かもしれんな」
王はゆっくり言った。
「証拠は」
将軍が黙ると王は続けた。
「感情では国家は動かん」
軍議の空気が静まる。王は卓に肘を置いた。
「戦争は道具であり、目的ではない」
「国家に必要なら起こす」
「不要なら起こさない」
視線を巡らせる。
「それだけの話だ」
別の将軍が言う。
「だが鉱脈が乱れ、崩れているのです」
王は頷く。
「だからこそ、原因を誤るな」
「もしこれは森ではなく世界そのものの異変なら」
軍議の空気が一瞬止まる。
王は言った。
「戦争をしている場合ではない」
レンヴァルトは静かに父を見る。
ヴァレルの視線がわずかに動いた。
王は続ける。
「まず、鉱脈の流れと森の動きすべてを確かめろ」
それからレンヴァルトを見る。
「お前はどう思う」
問われたレンヴァルトの脳裏には、泉の夕日と藤色の瞳がよぎる。そして、藤色の瞳の持ち主が口にしていた言葉。
「まだ、間に合う」
レンヴァルトは言った。
「これは国家間の問題ではない可能性があります」
王は頷き、低く言う。
「ならばなおさら、軽率に戦争を始めるわけにはいかぬな」
軍議の空気は重い。
ヴァレルが小さく息を吐き、つぶやく。
「……珍しく」
レンヴァルトがヴァレルに視線を向ける。
「陛下と同意見ですね」
「最初からだ」
「ええ」
ヴァレルは肩をすくめて、小さく笑いながら続ける。
「ですが、軍部は簡単には止まりません」
「止める」
「王太子殿下、それはなかなか大変な仕事ですよ」
「だから俺がいる」
レンヴァルトは瞳に赤銅の光を揺らしながら、静かに言った。




