魔物と戦っちゃった!?
勇者というのは魔物退治のために旅をしている。魔物は神出鬼没で、世界各地のどこにでも現れる。だから世界中を旅する必要がある。
そんな勇者御一行から、旅の誘いを受けたわけだが。
「ぼ、ぼ、僕は戦うとかできないですよ!?」
「え、メルトの術があったとはいえ、悪魔にかなりのダメージ入れてたよね?」
う、あれは、ミントを殺そうとした悪魔のことが許せないっていう思いが強かっただけで……
「それに、ミントがいつ目覚めるかもわからないし……ミントの側にいたいです」
「そっか。確かに、ミントくんの側に君がいた方が、ミントくんも安心だろうしね」
「ミントは一緒に連れていけないでしょう?」
「うーん、拠点にしてる街で診てもらうこともできるけど……」
そこまでしてもらうのはさすがに悪い。
が、話はそこでは終わらなかった。
「旅をしてるというのに、荷物が少ないな。それではゴーレムは困らなくても、ゴーレム師の方が困るのではないか?」
「あ」
すっかり忘れていた。魔物は悪魔だけじゃなかったのだ。
悪魔に遭遇する前に、僕たちは狼の魔物に遭遇して逃げたんだ。荷物は全部向こうに置いてきてしまった。
「狼の魔物にも会っちゃったんです。それで、荷物を置いて、逃げてきて……」
「そんなに時間が経っていないなら、狼の魔物を我々は追えますし、荷物も無事なのでは?」
「よし、ノッポくん同行云々はその後にしよう。ジャスミンとメルトはここでミントくんを見ていて。ノッポくんは案内頼めるかな」
「あ、はい、わかりました」
思いもよらず、勇者たちを動かす事案を提示してしまった。これで荷物を取り戻せれば万々歳だけど、いいのかな。
さっきから頼ってばかりだ。迷惑じゃないだろうか。
悩んでいると、肩をとん、と叩かれた……って肩!? ゴーレムの僕は人間より大きくて、レイたちの中に肩まで届くような子いなかったと思うんだけど!?
驚いて振り向くと、そこにいたのはスノウだった。暗器使いというだけあって、身軽なのだろう。音もしなかった。すごいなぁ。
「ノッポ、難しいことを考えるな。別に魔物を狩るのは俺たちの役目だ。申し訳なくだなんて思わなくていい」
「でも……」
「今はミントのために祈っておけ。ミントは目覚めるかどうかもわかっていないんだろう?」
そっか、手当てしてもらって安心していたけれど、ミントが目覚めるまでわからないって、ジャスミンが言っていたもんな。
「ありがとう、スノウ。って、いないし」
速いし、気紛れなのかな。
まあでも、ちょっと気分が晴れたかも。
魔物のことは僕一人でどうこうできるわけじゃないし、専門家のレイたちに出会えたのが幸いって思わないとね。頼れるときしか頼れないわけだし。
荷物を回収して、ミントの私物は守らないと。ミントが何を持っているかはよくわからないんだけど、ゴーレム作りに必要な道具とかあるのかな。
僕は迷うことなく、狼の魔物と遭遇したところに辿り着いた。レイが「ゴーレムって夜目が利くんだ」って言っていたけれど、暗闇の中でも、物がちゃんと見えた。まあ、月も結構明るいし、と思っていたんだけど、やっぱり、人間とゴーレムで感覚は違うみたい。
荷物は盗まれたりしてはいないみたい。お金もちゃんとあったし、これはラッキーだ。宿代がどれくらいかかるかはわからないけど、しばらくは困らないだろう。
レイとスノウを伺うと、二人は狼の魔物の足跡を追っていた。レイに、一人は危ないからついてきて、と言われて、ついて行く。確かに、一人だと心細いしね。
狼の足跡は大きい。僕だって、図体はでかいから、普通の狼の大きさなら驚きはすれど、あんなに怯えなくても済むはずだ。どうやら、魔物は普通の動物よりずっと大きく生成されるらしい。
生成という表現を使うのは、魔物が力の塊からできたもの、という仮説があるからだそうだ。
「その力の塊のことを魔力と呼ぶ」
魔力。ゲームとかで言うMPかな。というか、ここでようやく魔法に繋がりそうなワードが出てきたよ。
何故使わなかったかは、なんとなくわかった気がする。
「魔力は魔物たちの力?」
「そういうこと。メルトの古術とか、ゴーレム師のゴーレム作りとか、不思議な術はたくさんあるけど、魔物たちの持つ魔力とは区別をつけてる。古くは魔法と呼ばれていたみたいだけど、今は『魔法』は悪魔の使う術のことだ。間違えるとこっぴどく叱られるから、覚えておいて」
レイはこっぴどく叱られたクチかな。この言い方は。
けれど、これで「魔法」についての疑問は解消された。納得もいく。
そうして説明を受けているうち、低い唸りが聞こえてきた。獰猛な鳴き声が地を這い、僕たちに狙いを定めようとしている。
「魔物……」
「大丈夫だ。俺たちがいる」
レイの言葉は心強いけれど、スノウはいつの間にかいなくなっているし、不安しかないな、これ。
ぎらりと暗闇の中から目が二つ。ぬらぁっとこちらに向かってくる。こ、怖いよぉ……
怯えていると、何かが、暗闇に隠れる魔物の巨体に刺さった。ごおおおお、ともはや鳴き声というより轟音な感じの雄叫びが森中に響く。これは、もしかしなくても、スノウの暗器?
「よし、行くね」
レイがそう残して、魔物の方へ一直線に向かう。は、速い。疾走と同時にちゃき、と剣を抜き、顔面を切りつける。ぎゃあ、と魔物の悲鳴が聞こえた。臆することなく、レイはもう一撃を繰り出そうとする。
が、魔物が飛び上がった。巨体からは考えられないほどの軽やかな身のこなし。着地からすたっとレイに向き直って、前足を振り上げ、レイを薙ぎ払おうとする。
「レイ!」
僕は思わず飛び出して、魔物にタックルを浴びせた。ゴーレムらしい大きい体でのタックルはそれより巨体の魔物にも、ちょっとは利くようで、じろり、とぎらついた目がこちらを振り向く。ひぃ、怖いよ。
でも、逃げるわけにもいかない。怖いけど、レイたちの足手纏いにはなりたくないんだ。
僕にできることを考えた。僕はゴーレムだ。痛みという感覚がない。体が大きい。おそらく耐久性が人間より高い。それなら、レイたちのパーティーにはない一つの役割を果たせる。
ゲームで言うところの壁役。みんなの盾として、ヘイトを集めながら、攻撃を受ける役割だ。
普通のゴーレムと違って、僕は痛みに似た何かを感じることがあるけど、それでもかまわない。他の誰も、痛くなんてならないようにできるなら。
ぐおおお、と魔物が吠え、噛みつこうとしてくる。僕は腕を前に構えた。
次の瞬間!
投擲されたクナイのようなものが大きく見開かれた魔物の目に刺さる。魔物は悲鳴を上げて崩れ落ちた。そこに、剣を構えて飛び上がってきた一人の勇者が。首めがけて一閃する。悲鳴も唸りも、静寂に呑まれて消えた。ごとりと音を立てて、首が地面に落ちる。
「やっ……たの……?」
「ああ。ノッポくん、ありがとう」
わけもわからないまま動いていたけれど、ありがとうと言われたということは、決して邪魔にはならなかったらしい。そのことにほっとする。
レイは魔物の亡骸を見て、うーん、と何やら悩むような仕草をした。
「うーん、この大きさなら、ジャスミンを連れてくるべきだったかなぁ」
「ジャスミンを?」
「ジャスミンは傷の治癒だけでなく、魔物の浄化もやっているんだ」
魔物の浄化。魔力で歪に作られた魔物は浄化しないと新たな淀みとなって、再び魔物を生み出すという。それを浄化するのが浄化師である。ジャスミンは治癒師と浄化師を兼任しているらしい。
「ここまで大きくなければ、スノウの小道具で浄化をぱぱっと済ませられるんだが」
「浄化の道具があるんだ」
「ジャスミンに負担がいきすぎないようにな」
スノウが木の上から降りてきて、告げる。確かに、怪我人の手当てと浄化を兼任していたら、大変だろう。浄化がどのくらい難しいことなのかはわからないけれど。
「さすがにでかいな」
「こんなに大きい魔物は珍しい?」
「いや、辺境なら、珍しくはない。俺たちの手が行き届いていないと、魔物は魔力を得て、ぶくぶくと大きくなるもんだ。とはいえ、久しぶりに見たな」
「うん、ノッポくんたち、よく無事に逃げ延びたね」
そのくらい危険だったということだ。これは速攻で逃げることを選んだ僕がグッジョブってことだろう。
魔物の頭を見て思う。これはミントが丸呑みされてもおかしくない。ちゃんと逃げてよかった。
同時に、レイたちをすごいな、とも思う。レイたちも大きさはミントとそう変わらない。それなのに、自分より大きな生き物に立ち向かって、仕留める。勇気のいることだと思う。
僕はこんなに大きいのに、怖いものは怖いままだ。
「ノッポくんが引き付けてくれて、助かったよ。ああいう戦い方もあるんだね」
「む、無我夢中だったので……」
上手くやれた、とは思えない。図に乗っている場合ではないのだ。一つ間違えたら、死んでいたかもしれない。けれど、レイやスノウは僕を怒らなかった。
「やっぱり、俺たちと一緒に旅をしない? ノッポくん一人じゃ、大変だよ。悪魔にも狙われていそうだし」
迷惑をかけたくない、という思いがあるけれど、レイの言うこともわかるので、ぐぬぬ、となる。ミントがゴーレム師として狙われている以上、この先魔物に狙われ続けることは請け合いだ。そのミントは寝込んでいるし、お言葉に甘えた方がいいのかなぁ。
僕一人では、魔物を相手にするには不足が過ぎる。ミントを守りたいなら、仲間が欲しい。勇者パーティーが仲間に誘ってくれている今は、またとない好機だ。
わかっていて、踏み出せないのは、僕が戦いたくない、というわがままだ。わがままを通して、ミントを守れるわけがないのに。
僕は戦いたくない。痛い目に遭いたくない。そんな自分の都合ばかりで、自分のことが嫌になりそうだ。
「大丈夫だよ、ノッポくん。何を選んだって、ノッポくんを責めたりしない」
レイが優しく、そう言ってくれる。
「でもまあ、次の街までは一緒に行こう。それじゃ駄目かな?」
「ううん、ぜひ、お願いします」
さて、うじうじ言っていても仕方ない。話が一段落ついたところで、目の前の問題に向き合おう。
「この魔物の死体、どうします?」
「刻んで運ぶか」
刻めるんだ!? と驚いていると、スノウが何かを唱えた。すると、見る間に魔物の体が刻まれて、サイコロ状になる。これも古術なんだろうか。
不思議なことに、魔物のブロックは血でべたべたするといったことはなく、触っても嫌悪感がなかった。スノウによると、魔物は魔力でできているから、血肉も魔力なわけで、本当に血液が流れているわけではないそうだ。
魔物も不思議な生き物だなぁ、と思う。血が流れていないから、生き物の定義から外れているんだろうか。
スノウから配られた布に包んで運ぶ。運ぶくらいなら、役に立たないと、と思い、僕は多めに持った。意外なことに、あんまり重くない。
そうして、メルトとジャスミンのところに戻る。ミントは眠ったままだ。
ジャスミンが僕たちの抱えたたくさんの布を見て、目を見開いた。やっぱり、量が多かっただろうか。
「随分大物を仕留めたんですね」
「ああ。ジャスミン、浄化を頼める?」
「もちろん。街に行きたいのは山々ですが、今日は野宿ですかね」
これだけの魔力の塊を放っておくわけにもいかないですし、とジャスミンはミントから離れた。ミントから離れたところでやりたいというので、僕らは少し拓けた場所まで魔物の死体を運んだ。
「ノッポさんはゴーレム師についていてあげてください」
「うん、ありがとう」
僕だけ戻る。レイとスノウは周辺の警戒だって。悪魔も含めた魔物が近い中で二体も出たから、三体目がいてもおかしくないとのこと。ごもっともだ。
戦わないで済むなら、僕はその方がいいけど、レイたちにとって、魔物退治は大事なお役目だもんな。
「ノッポさん、大丈夫?」
メルトが僕に声をかけてきた。僕は大丈夫と言って、ミントの側にミントの荷物を置く。
「お金以外は結晶石くらいで、意外とさっぱりしてるんだね」
「そうだね。身軽だ」
「ねえねえ」
メルトが僕に聞く。
「ミントってどんな子だったの?」
僕は聞かれて、気まずく思った。人に話せるほど、僕はミントのことを知っているわけじゃない。
僕はミントの手に触れて、誤魔化すように笑った。
「そんなに知らないよ」
けれど、そのとき。
様々な光景が目の前をよぎっていった。




