勇者御一行に会っちゃった!?
「ゴーレムと一緒っていうことは、ゴーレム師!? ひどい怪我……悪魔の腕?」
「細かい質問は後。できる限り命の加護を注ぐわよ」
二人の女の子が、ミントの方に寄ってくる。誰だ? とは思ったけれど、今は細かい質問をしている場合ではない。「命の加護」という名前からして、回復魔法みたいなのをかけてくれるのだろう。僕にはできないことだ。
「ゴーレムさん、その子を地面に下ろしてくれる? 大丈夫。私たちはその子を助けたいだけだから」
「っはい……お願いします」
二人は僕の声にびっくりしていた。思わず泣きそうな声になってしまっていたから。
「ゴーレムが泣いて……ないね」
「詮索は後よ。ゴーレムさん、ありがとう」
「ミントは助かる?」
冷静な方の女の子は、僕から視線を外して、何も言わなかった。
助からないかもしれない。それは胸に腕が貫通した時点でわかっていた。普通なら、もう死んでいてもおかしくない。それでも、希望にすがってしまうのは、ミントが呟いた「勇者」という言葉だ。
勇者。魔王と戦うイメージがあるけれど、それは魔物と戦うイメージもある。勇者という響きだけで、希望が持てる。この世界の勇者という存在がどれだけ強いかは知らない。ただ「勇者が来た」という事実だけが心を保たせてくれる。
ただ、この女の子二人は勇者というより、聖女とか、司祭とか、魔法使いっていう方がしっくりくる。勇者の仲間だろうか。
いや、今は細かい詮索はよそう。ミントが助かることだけを考えるんだ。
……ゴーレムでも、祈りが天に届いたりするんだろうか。
「大丈夫よ。この子に助かってほしいというその心が大切なの。手を添えて」
「こう?」
女の子たちの手の上に自分の手を重ねる。思うより大きい自分の手が女の子たちの手を押し潰してしまいそうで怖い。
触れても、触ったということしかわからない手。僕の手には、温もりなんてあるんだろうか。土でできた、ゴーレムの手。それに、僕は自分の顔を見たことがない。表情を動かせている気がしないし、優しく微笑むこともできないんだろうか。
それでも、心からの願いです。お願いだから、ミントを助けてください。ミントがいなくなったら、僕はどうすればいいのかわかりません。ミントがいなくなったら、誰が僕を止めてくれるんだろう。ミントがいなくなったら、僕は……お願いします。ミントを、ミントを……
「命の加護よ、命の加護よ、降り注ぎたまえ、この地に芽吹きを、癒しを、命を繋ぐ蔦を」
女の子が唱えると、雪のような光が空から降ってきて、地面に染みたと思ったら、雪の色のような芽が出てくる。
女の子は芽が伸びて、ミントの体に絡み始めたところで、僕が千切ってきた悪魔の腕に手をかける。女の子はもう一人に目配せをする。冷静な子が「まだ早いわ」と紡ぐ。僕は理解した。悪魔の腕を抜く気だ。大丈夫だろうか。
僕には技術がないから、黙って見ているしかない。むず痒いけれど、僕にできるのは祈ることだけだ。腕が抜ければ、ミントは助かるかもしれない。どうか、無事に抜けますように。
「今よ!」
「えいっ」
勢いよく、魔法使い風の女の子が悪魔の腕を引き抜く。ミントの胸は穴の部分が雪色の蔦で塞がれていく。
「ミント……!」
僕が思わず叫ぶのを隣の冷静な女の子が腕を引いて止める。
「大丈夫よ。あなたは座っていて」
「ミントは……」
「ここから集中するから。あなたはメルトと一緒に悪魔の方を」
悪魔と言われて、またあいつが迫ってきたのだろうか、と辺りを見回す。そこをメルトと呼ばれた魔法使い風の女の子にこんこん、と足を叩かれて、はっとした。メルトの手には先程引き抜いた悪魔の腕。
「ジャスミンに回復を任せて、私たちはあの悪魔に一矢報いましょう。この腕を使って」
「そんなこと、できるの?」
「私に任せて」
要はここから悪魔との繋がりを作るだけだから、と告げて、メルトは何かを唱えた。
「チャーム!」
メルトの声に応じて、腕が怪しい光を纏った気がする。メルトを見ると、うん、と頷いた。
「この腕を思い切り殴れば、その分の痛みが悪魔に行くはずだよ」
「ぼ、僕が殴るの?」
「ゴーレム師の分の痛み、食らわせてやりなさい」
う、暴力沙汰は苦手、で掻い潜れそうにないな……生まれたてほやほやのゴーレムで、人間の感覚を持っている、なんて言っても信じてもらえないだろうし。
でも、ミントをあんなにしたことは許せない。
ええいっ、考えても仕方ない! 恨みというほど募ってないけど、ミントを馬鹿にしたし、許せない許せない許せない!
僕は悪魔の腕に当たるよう、軌道を確認して、腕を振り下ろした。
どん、と音がする。悪魔の腕は形を保っているのが不思議なくらい、地面にめり込んだ。僕はびっくりした。こんなに力が出た事実に。
森の中から目映い光が漏れてきて、悪魔の断末魔のようなものが聞こえる。おそらく勇者が悪魔を退治したのだろう。
「あなたすごいわね」
メルトが僕を見て言った。
「一撃であんな威力……ゴーレムってすごいのね」
「そ、そんなことないよ。あれはたまたまできただけで……」
僕は急に後ろめたくなる。さっきのはゴーレムとしての力で、自分の力じゃないような気がして。中途半端に前世の記憶があるから、自分が今はゴーレムだという事実を半端に受け入れられないでいる。ややこしいことこの上ない。
それに、自分が異世界にいた存在だと知れれば、僕はともかく、ミントがどう扱われるかわからない。だから、詳しく話すわけにもいかなかった。
「偶然を引き寄せるのも実力のうちよ。悪魔を倒せたんだから、喜びなさい」
「うん」
悪魔は悪意に満ちた悪いやつだ。悪いやつをやっつけたのはいいことなのだろう。でも僕は、素直に喜べなかった。やり方が暴力的だったから。
暴力は性に合わないのかな。でも、そんなこと言ったら、変に思われるだろうな。
考えていると、森の中から人が出てきた。
「レイ、スノウ、大丈夫だった?」
金髪の男の子と黒装束の男の子だ。いや、幼く見えるんじゃなくて、僕が大きいからみんな小さく見えるのか。少年くらいなのかな。イケメンに類される顔立ちはしていると思う。
「悪魔が急に大ダメージを食らっていたから何事かと思ったが、メルトのチャームだったか」
「うん、ゴーレムさんに手伝ってもらったの」
なるほど、と金髪の子が納得する。ゴーレムってやっぱり基本力持ちなのかな。
「おかげであまり手こずることなく悪魔を倒せた。メルトもゴーレムもありがとう」
ありがとうという言葉が優しく染みてくる。この人たちは僕がゴーレムでも「魔物」と言って恐れたりしない。そのことがとても暖かかった。
「戦ってくれて、ありがとう」
僕は素直にそう口にした。僕は逃げることしかできなかったから、たとえ通りすがりでも、ミントのために戦ってくれる人が現れてよかった。
すると、金髪の子も黒装束の子も、目を丸くした。僕、変なこと言ったかな。
「ゴーレムにしては変わっているな」
黒装束の子がぽそりと呟く。
「そ、そうなの?」
「少なくとも、ゴーレムに礼を言われたのは初めてだ。なあ、レイ」
「そうだね。ゴーレムって、喋っても淡白な感じだから」
前世の記憶でも、ゴーレムって必要最低限のことしか喋らないイメージだね、確かに。この世界のゴーレムとは違うんだろうけど、大体同じなのかな。
「そのゴーレム、感情があるみたいなんですよ」
静かな声が僕たちの間に入る。振り向くと、冷静な子がミントを寝かせて、こちらの輪に加わりに来ていた。
「ミントは?」
「どうにか体に空いた穴は塞ぎました。ただ、意識が戻るまで、油断はできません」
「そう……」
とりあえず応急措置ってことなんだろう。処置してもらえただけでもありがたいと思う。普通、あの傷は諦めるだろうから。
「さすがジャスミンだな。で、そのゴーレムに感情があるって?」
「その前に、みなさん自己紹介をしましょう。落ち着いている今のうちに」
冷静な子の一声に、みんなは頷いて、居ずまいを正した。
「まずはレイから」
指名されたのは金髪の男の子だ。
「俺はレイ。勇者って呼ばれてる。一応、このパーティーのリーダーみたいなものだよ」
彼が勇者なのか。年相応にも見えるけど、軽やかな声色は聞き取りやすいし、快活そうで、話しかけやすいかもしれない。
次は黒装束の男の子だ。
「俺はスノウ。暗器使いだ。レイの戦闘補助をしている」
暗器。あまり耳慣れないけど、確か隠し武器みたいなやつだよね。使いこなせるとかっこいいやつ。
次はメルトだ。
「私は古術師のメルト! さっきみたいに術を使って、相手にダメージを与えたり、味方のパワーアップをしたりするよ」
魔法使いってことだろうか。とんがり帽子にローブで魔法使いらしい格好だけど、そういえば「魔法」という言葉はこの世界では使わないのだろうか。ミントもゴーレムを作る「魔法」じゃなくて、ゴーレムを作る「方法」って言っていたし。
問いを挟む前に、最後の冷静な女の子が名乗った。
「私はジャスミンと申します。怪我などの治癒ができます」
ヒーラーか。パーティーに必ず一人は必要な存在だよね。
戦士、暗器使い、魔法使い、ヒーラー。とてもバランスの取れたパーティーだ。と考えていると、僕に視線が集まった。その意図がわかったので、あわあわと名乗る。
「ぼ、僕はゴーレムのノッポです。ミントは僕を作った人で、僕と旅をしていました」
「ノッポさんね。よろしく」
「よ、よろしくお願いします!」
緊張して声が裏返ったような気がした。うう、恥ずかしい。
ジャスミンが痛ましげにミントの方を見る。
「最近多いのよね、ゴーレム師狩り」
「ゴーレム師……ゴーレムを作る人のことですよね?」
「そうだ」
スノウが付け加える。
「ゴーレムはお前のように怪力を持つから、単純な戦力として脅威なんだ。ゴーレム師がきちんとした手順で作ったものであればあるほど、動作も正確になっていくからな」
ゴーレム作りの手順は知らないけど、そういうものなんだね。だからゴーレムを作る方法って伝わっているんだ。
でも、魔物にもゴーレムっているよね?
「魔物のゴーレムはゴーレム師が作ったものではないですから、動きが単調で雑なんですよ」
「へえ」
ジャスミンの解説に思わず関心した。そんな違いがあるんだ。
「もし、魔物側にもゴーレム師がいたら、大変?」
「ゴーレムに手こずると、魔物退治の手が回らなくなるな」
レイが神妙な面持ちになる。僕もうーん、と悩んだ。
魔物の狙いが、もしゴーレム師を魔物側に引き込むようなものだったらって考えたけど、それだと殺そうとするはずないもんね。ちょっと的外れだったかな。
単純に魔物に対抗できるゴーレムを増やさないために、ゴーレム師を狙っているって考え方でよさそうだ。魔物にどこまでの知能があるかはわからないけど。悪魔は言葉を使うし、悪どいことは考えていそうだ。
「勇者って何するの? 魔物退治?」
「うん、それが主だね。そのために旅をしてるんだ。魔物は世界各地に出るから」
「魔物が出るのに予兆とかあるの?」
「ないよ。行き当たりばったりで倒してるんだ」
「それって大変じゃない?」
僕が問うと、レイは苦笑いした。
「うん、大変だよ。間に合わないことだってある。その点、ノッポくんは俺たちを責めないね」
「え?」
いや、どうして急に僕が勇者たちを責める流れになるんだろう? 僕は責めるようなこと、まだ何もされていないよ?
レイの顔に影が射す。
「ゴーレム師の子のこと……助けられてないから」
ミントのことを気にしてくれたんだ。でも、それは僕にとって、責める理由にはならない。
「応急措置もしてくれて、悪魔も倒してくれて、もしかしたらミントの命が繋がったかもしれない。それだけで十分助けられてるよ。僕一人じゃ、何もできないまま、ミントが死ぬのを待つしかなかった」
僕の答えに、レイたちはみんな、顔を見合わせた。不思議そうな顔をして、僕を見つめ、目をぱちくりとする。
メルトが代表して、口を開いた。
「やっぱりノッポさんは変わってるね。まるで人間みたいなことを言う」
普通のゴーレムは、ここまで深く思考しないのだろう。実は元人間ですって言えないしなぁ。不思議に思われているだけだから、弁解しなくてもいいのかな。
でも、レイたちが懸念した言葉は、ほとんどが人間の言った言葉だろう。人間だって、そこまで深く思考できないのだ。もちろん、大切な存在を奪われて、余裕のないときではあるけども。
「僕は傷つけたり、争ったりするのは悲しいって、知ってるから。傷つきたくもないし……だから、人を傷つけないようにしたい」
「優しいゴーレムさんですね」
ジャスミンが暗い顔から一転、朗らかな笑みを僕に向ける。もしかして、僕は人を笑顔にできたのだろうか。もしそうなら、とても嬉しい。
「そんなノッポくんに提案だ」
レイが挙手をした。
「俺たちと一緒に、旅をしないか?」




