楽園じゃない世界に来ちゃった!?
「この世界は【ヘレン・アーケ】と呼ばれているよ。曰く『楽園になれなかった世界』だとか」
「楽園?」
道中、ミントは僕にこの世界の話をしてくれた。せっかく人間と同じ知能を持っているんだから、生かさなくちゃ、と張り切っている。
張り切るのはいいけれど、ちゃんと僕が使う場面、あるかなぁ。とても大きな街じゃないと、僕は人間と同じように暮らせないけど。
そうは思ったけど、黙っていた。だって、世界の話をするミントが楽しそうだったし。
「楽園っていうのは、人間の理想郷だね。他にも箱庭とか、天国とか、色んな呼び方がされてるよ」
「天国は死んでから行くところじゃないの?」
「その意味もあるけど、天国は死後の楽園みたいな意味もあるからね。楽園ってことはおんなじさ」
なるほど。それなら、と僕は次の疑問を口にする。
「どうして、楽園になれなかった世界って言われるの? この世界は」
「うん。この世界はね、魔物がどこからともなく生まれる世界なんだ」
そういえば、村でも魔物という言葉は聞いた。
「……ゴーレムは魔物?」
不安になって聞いてみると、ミントはからからと笑った。
「君は魔物じゃないよ。でも、魔物のゴーレムはいる。ボクみたいなゴーレム使いが作ったわけじゃないゴーレム。製作者がいないから、結晶石を取るのも難しい」
ゴーレムって、結晶石が核で、ゴーレムを作った人なら簡単に解体できるんだったよね。製作者のいないゴーレムってどういうことだろう。
「制御する人がいないから、暴走したら止まらないんだ。結晶石を砕くしか、今のところ、対処法はないかな」
「でも、結晶石は魔除けになるんだよね? それって、結晶石同士が作用しあっているってことじゃないの?」
「うーん、詳しいことはわかってないんだよね。ゴーレム以外にも魔物はいるし、ゴーレム以外の魔物は結晶石で動いているわけじゃないし」
魔物というのは凶悪で凶暴な生き物らしい。ゴーレムの他にも、狼の魔物や悪魔などがいるのだとか。
「やつらは魔力を持って動いていて、体がボクたちより丈夫なんだ。だから、よほど戦闘慣れしてないと、太刀打ちできないんだって」
「戦闘慣れ……戦うの?」
「うん。魔物は人々に害を成すからね。動物の形をした魔物はまだいい。悪魔っていう知性のある魔物は、悪意を持って人間をいたぶるからね」
「怖い……」
「そうだね。でも、ちゃんと世界も魔物対策として、ある者を遣わしてくれることがあるんだ」
「ある者?」
「魔王だよ」
魔王。前世のうっすらとした記憶では、魔物を統べ、世界侵略するのが魔王、みたいな認識だったけど、この世界ではどうなんだろう?
「魔王は魔物を制御できる力を持ってるんだ。だから魔王がいれば、ボクたちは魔物に怯える必要がなくなる。魔物は魔王には逆らえないからね」
「そうなんだ」
なんだか不思議な感じだ。魔王は敵みたいな字面をしているのに、人類の味方みたいな立ち位置なんだ、この世界では。
「でも、魔王は世界に一人しか存在できないから、世界全体の魔物を制御するのは難しいとされている。代わりに、魔物への対策として、ボクみたいにゴーレムを作ったりする職人や魔物に対抗する不思議な力の持ち主『魅了師』なんかが存在するの。魔王と同時に存在する『勇者』とかもいるね」
「魅了師? はどんなことをするの?」
「魔物を不思議な力に充てて、一時的に制御を得るの。その間に首を落としたりするんだけどね」
「ひえっ」
魔物を庇うわけじゃないけど、やっぱり殺すんだ、という気持ちになった。魔物は悪いことをするから恐れられるんだもんな。仕方ないとは思うんだけど、殺すしかないのかなぁって考えてしまう。
ゴーレムの僕が何言っているんだっていうのはそうなんだけど。やっぱり、命を奪わなきゃ、生きていくのって難しいんだなぁ。
「あはは、ノッポを殺したりはしないよ。ノッポはボクが作ったゴーレムだ。作った人がいれば、ゴーレムの安全性は保証されるし、魔物じゃないゴーレムはむしろ守り神みたいなものだよ。辺鄙なところでなければ、重宝されるくらいだよ」
「そうなの? なんか不安だなぁ」
「信じてよ」
ミントの言葉に、うっと言葉を詰まらす。何気ない言葉で、ミントを傷つけていやしないかと、気になってしまう。
そんな僕を、ミントは「気の細いゴーレムだなぁ」と笑った。朗らかに、からからと。ミントの笑い方が僕は好きだ。
「ところで、ノッポは戦えそう?」
「えっ」
「旅を続けていけば、魔物と遭遇することだって、きっとあるよ。ノッポは戦える?」
急に言われても、と思った。けれど、ミントの説明にもあった。魔物じゃないゴーレムは魔物と戦うんだという。それなら、僕も戦わなきゃならない。
でも、以前だって喧嘩に強かった覚えもないし、怪我すると痛いし、あんまりそういうことはしたくないな……ゴーレムはともかく、魔物だって痛いだろうし。
「あはは、そこまで考えるゴーレム、そういないよ。やっぱりノッポは変わってるね」
「そう?」
「うん。なら、魔物と出会ったときはどうしようかな。別なゴーレム作るか」
「ゴーレムって、そんなに簡単に作れるものなの?」
僕が聞くと、ミントは小さい結晶石を取り出した。結晶石の周りを土で覆って、祈ると土がだんだん増えていって、徐々に人の形になっていくらしい。それを思い通りの形に叩いて整えたら、出来上がり。
思ったより手軽だな、と思ったけれど、やはり、才能や資質が必要なようで、できない人は全然できないらしい。
「ノッポは特に特別な作り方をしたわけじゃないから、どうしてそうなったんだろうって、ずっと考えてる。でもまあ、奇跡的に様々なタイミングが合っちゃったんだろうなって思うよ」
「様々って、どんなタイミング?」
ミントは少しんー、と悩んでから、答えた。
「ノッポの前世が死んだタイミングと、ボクがノッポを作り終えたタイミング、かな? なにぶん前例がないものだから、これと言い切れないけれど」
風が気持ちいいね、とミントはなんでもない様子で言う。
僕はというと、戸惑いでいっぱいだった。ミントはさらりと言ったけれど、僕は人間だったときに死んだのだ。死んで、ゴーレムに転生したのだ。どうして死んでしまったのだろう、とどうしても考えてしまう。考えても仕方のないことなのに。
死んだときの記憶はない。というか、前世の記憶自体が所々虫食いで、前世の名前すら覚えていないのが現状だ。一応人間で、魔物や魔法がファンタジーでフィクションな世界だったことだけは確かだ。ゴーレムに転生したときは、もっとかっこいいのがよかったとか、ちょっとしょんぼりしたけれども。
この前世の記憶というのがはっきりすれば、少しはすっきりするのかな、と考える。僕が今ここにいる意味だとか、理由だとか、わからないことのヒントが前世にあるのではないかと思う。推測だけれども。
「この世界は楽園じゃないけど、そこそこ楽しいと思うよ? ノッポは楽しめそう?」
ミントからの問いに、僕はつい黙ってしまう。この世界のことがまだよくわからないのに、楽しめるかどうかなんて聞かれてもなぁ。
でも、まずは楽しもうという気概がないといけないか。
「ミントと一緒なら、きっと楽しいんじゃないかな」
「お、嬉しいこと言ってくれるね。ノッポは怖がられるから、街は避けて通るけど、それでもいい?」
人間の街に興味はあったけど、仕方ないよね。
「わかった」
ミントは野宿に慣れていた。よく考えると、元いた森での生活がほとんど野宿みたいなものだったからだろう。一人でせっせと料理を作り、寝袋で寝ていた。
その夜は月が煌々としていて、僕は眠れなかった……いや、ゴーレムの僕に、睡眠は不要なのかもしれないけど。
だから、それが起こったのに、対処ができた。
魔物が現れたのだ。獰猛な目をした狼の魔物。それはそれは恐ろしかった。僕はそっとミントの寝袋を抱いて逃げた。
逃げた先で、ミントが目覚めて、寝ぼけ眼で何事かを問われて、魔物が出たと告げた。ミントは怖がる僕に戦いを強いなかった。優しいんだ、ミントは。
「逃げるときに一人で逃げずに、ボクも連れてきてくれただけで十分だよ。ありがとう」
ありがとう、という言葉に、胸の中にじんわりと温もりが広がっていくような心地がした。
しかし、その夜はそれだけでは終わらなかった。
「夜の森は危ないから、朝になるまで」
「おやおや、そんな呑気なことを言っていていいんですか?」
不意に、こちらを馬鹿にしたような声色の言葉が聞こえてきた。どこにいるのかわからない、と辺りを見回すと、次の瞬間、ミントは胸を刺し貫かれていた。
「ミント!」
ミントからの声はない。不敵な声が、けらけらと笑う。
「ははっ、図体がでかいだけの木偶の坊じゃないか。護衛用ならもっといいのを作ればいいのに。人間は愚かだのう」
闇夜に溶けてわかりにくいけれど、黒ずくめの人の形をしたものがミントに腕を突き刺して、佇んでいた。
直感でわかった。こいつは悪魔だ。知性のある魔物。
それが僕を見て、にたりと笑う。僕は鳥肌が立つような感覚がして、硬直した。ミントを助けなきゃならないのに。
「腕のいいゴーレム製作者がいるというから狩りに来てみたが、特殊なだけで戦えないぼんくらではないか。まあ、確かに腕はいいようだが、どうやら結晶石も大したものは持っていないようだ。命も奪えば、もうゴーレムは作れまい」
「……返して」
僕は細い声でそうとだけ言った。
ミントを馬鹿にするな。そういう怒りが沸々と沸いていき、何もかもがわからなくなりそうな中で、僕は考えていた。
今、悪魔は油断している。僕を侮っているんだ。何もできないぼんくらだと。そんな今が最大のチャンス。
もう、ミントの命は救えないとしても、体だけでも取り戻してあげたい。仇云々は後だ。
僕は見た。真っ直ぐミントを貫いている腕を。抜き取らない方がいい、なら!
「はっ?」
悪魔が間抜けな声を上げる。腕は千切れて、血を流していた。痛みを感じるのなら、とても痛いことだろうと思う。けれど、痛みがあるのはこちらも一緒だ。
僕が動くなんて思いもしなかったんだろう。目を丸くして、遠ざかっていく僕を眺める間抜け面に、少し溜飲が下がった。……なんて、意地悪な考えか。
でも、悪魔にまで心を割いてあげるような余裕はない。
僕は悪魔の腕ごともぎ取ったミントを抱えて走った。
「ミント、ミントお願い、返事、返事して」
叶わないと知りつつも、僕はミントに呼び掛けることしかできない。細い呼吸が、ミントが生きている証だけど、いつ途切れてしまうかわからない。
「ノッ……ポ……」
「ミント! 何? どうしたの?」
「光が、来る……」
「え?」
ミントの言っている意味がわからなかったが、それがただのうわごとでないことは、直後にわかった。
「光よ!」
凛々しい女性の声がして、辺りが目を焼くような光に包まれる。
「大丈夫ですか!?」
駆け寄ってきた彼らの姿に、ミントは一言だけこぼして、目を閉じた。
「勇者……」




