聖戦のはじまり
花鳥風月はふぅっと息を吐いた。
ロネシェが首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「………かなり、まずいな、と」
ローリエも近くに寄る。
風月は早くも敵の作戦に勘づいていた。
「………ロネシェ、一緒に来てくれますか」
「え?」
「最高神官のいるところへ」
「まさか、二人で行くつもりですか!?」
ローリエが声を上げる。
「はい。ロネシェには、私の得た情報を持ち帰ってもらいたいのです」
「貴女は、どうするの?」
「最高神官の能力は、人を異形に変える。“浄化の神子”である貴女は無事でしょうが、私には耐えられない」
ローリエは息を呑む。
勝利のために自らを犠牲にする気なのだ。
対して、ロネシェは平然としていた。
「貴女は、それでいいのですか?」
「私の願いは叶わない。私の好きな人は、こちらを見てはくれません。もはや、悔いはありません。我が恩、“知識の神”のために、身を捧げましょう」
ロネシェは頷く。
「見るだけで、いいのですか?」
「はい。情報共有後、なるべく時間を稼ぎます。貴女はそのあと、リティア、繚乱様、ルシェル、お兄様の誰かと合流してください」
ローリエは目を見開いて二人を見ていた。
「何で? そんなに冷静なの!?」
「ローリエ。貴女は生きなさい」
風月は眼下に広がる南大陸を見た。
「どうせ、教会にいたら消えていた命です。このままでは、最高神官の策略に嵌る。その前に、勝利の一手を掴み取る」
ロネシェも硬い表情で頷いた。
「レウス様に、伝えて来ます」
「お願い」
○○○
白い獣は侵入者に低い唸り声を上げた。
身体中に走る痛みと憎悪を堪えて、ゆっくりと立ち上がる。
「グルルル………」
侵入者はわけのわからない言葉を話していた。
どうやら、敵対する気らしい。
「無意味、ナコト、ヲ」
獣は言葉を絞り出す。
口からは涎が溢れ、八本もある足は痛みに震えている。
痛みの原因は見ればわかる。
“あの男”に移植された無数の“怪物の瞳”のせいである。
身体についた目玉はギョロギョロと辺りを見回している。その目玉が動くたびに鋭い痛みが走った。
「憎イ」
獣は一歩踏み出す。
本能のまま、牙を剥き出しにする。
「グルルル」
侵入者達はなぜか襲って来ない。
目を見開いて、棒立ちしていた。
獣は顔を顰めた。
「来イ、人間」
「…………クソが」
侵入者が怒りに燃えた目をこちらに向けた。
その怒りは、獣に向けられたものではない。
「クソったれが!」
侵入者は仲間の制止を聞かずに走り出した。
獣はそちらに見向きもしない。
ただ、目の前の敵を見据えた。
○○○
リティアとミーウは“水源の神子”を地面に乗せることに成功した。
しかし、そこで終わった。
これからどうするのか、どうすればいいのかがわからない。
どうすれば………。
「! リティア!」
ミーウが防御結界を張る。
“水源の神子”が突撃して来た。
「なんて威力だ」
ミーウが肩で息をする。
このままでは身が持たない。
次の瞬間、“水源の神子”の動きが止まった。
否、世界の時が止まったのだ。
「大丈夫ですか!?」
オルクリィとルシェルが合流した。
「ちょうど良かった! ルシェル、彼女を元に戻せますか!?」
○○○
シャンカラ、東大陸、パラライド王国には、太古に現れた黒い化け物が出現していた。
教会はこの三カ国を“神敵”として、断罪しているのだと公表した。
しかし、三カ国に神が現れたことで状況は一変する。
聖教会の信者ですら、三カ国の味方をするようになった。
聖教会の“真っ当な”シスター達はすぐさま、教会を脱退。続いて、教会の魔術師達が本部はおろか、支部にもいないことが明らかになる。
教会のシスター、ナッセは年長者であるカレラを見つめた。
「まさか、教会が魔窟だったなんて」
「神は本物ですよ、シスター・ナッセ」
ナッセは決まりが悪くなり、話を変えた。
「オルクリィはどこにいるでしょうか? あの子のことだから、黒い化け物に襲われていないといいのですが」
「あの子なら、大丈夫でしょう」
カレラが断言する。ナッセは意外に感じた。
「オルクリィは、そのぅ、あまり賢い方ではありませんでしたけど?」
「彼女は神に愛された者です」
ナッセは目を丸くする。
神に愛された者………つまり、魔術師。
そんなそぶりは見せなかった。教会の魔術師はいつも傲慢で、シスターのことはいつも下に見ていた。
「オルクリィが?」
「本物の神に愛された、素晴らしいシスターです。少し、あれなところもありましたが」
ナッセは彼女の言葉を思い出す。
『シスター・ナッセのように完璧な人間は羨ましいです』
オルクリィは普通の人間だった。
そうだ。最高神官も普通の人間でなければおかしいのだ。
「私、もう一度オルクリィに会いたいです」
「ならば、待ちましょう」
ナッセは街を見た。
黒い化け物は中央大陸にはいない。
「この街にいれば、彼女はきっと帰って来ます」
ナッセは頷いた。
オルクリィの無事を祈ることしか、自分にはできない。
○○○
ラビットは飛び跳ねるように街の中を駆け抜けた。
シャンカラの街には黒い化け物が跋扈し、逃げ場はなく、しかし地下街のお陰で死者もいなかった。
《すばしっこいの》
ぶっきらぼうな声に、ラビットは足を止めた。
そこにいたのは、ダルそうな目をした神だった。
「どちら?」
《…………神速だ》
「………………」
神の名前にしては、あまりにも大雑把だ。
普通、○○の神、と名乗るか神としての名前を名乗るのではないのか。
「神速様は、戦わないのですか?」
《ダルい》
見た目通りの人物らしい。
「じゃあ、天界に帰ったらどうですか?」
《それはつまらない》
ラビットはイライラし始めた。
「そう。じゃ、私は忙しいので」
《まあ、待て》
神速はラビットの前に立った。
瞬間移動だ。しかし、ラビットにはわかる。神速は、走って来た。
《俺の加護でもどうだい? 〈神速〉は大陸一周に1日もかからないぜ?》
ラビットは顔を顰めた。
この神は、自分の“神子”を探すためだけに天界から降りて来たのだ!
「いえ、私は」
《そういうな、ちっこいの》
ラビットは神速を見つめた。
魔術師になれば、北大陸の化け物を一掃できるだろうか?
「速いだけの、力ですか」
《そうだ。だが、一番強い。如何なる攻撃も、当たらなければ意味がない》
ラビットの喉が鳴る。
「“神子”になったら、貴方を信仰しないとですよね」
こんなだらけた神を信仰するのは、正直嫌だった。
《そうだな。信仰すれば、より強い力が得られる》
ラビットは目を閉じた。
今、必要なことは。
「わかりました。ください、それ」
神速は笑うと、光の弾をラビットに持たせた。
《我が“神子”。名を聞こうか》
「ラビットです」
《ラビット。貴様をこれより、“瞬足の神”ラークの“神子”とする》
それだけ言うと、神速は目の前からいなくなった。
ラビットは唖然とする。
「名前、あるんじゃないですか………」
ラビットはマスケット銃を握りしめる。
まずは、北大陸の敵を全て殺す。




