各地の“神子”
ラクルスは痛む脇腹を無視して、隣のニューズを見た。
魔力を乱す、と言ってもどうやってするのか検討もつかない。
長年の経験で、どうにかできるのだろうか。
「なあ」
『黙れ。集中させろ』
血が流れていく。
傷口は燃えるように熱いのに、何故か全身震えるように寒い。
「……………」
「限界か? “ライザ流”」
ラクルスは剣を構える。
信じるしかない。
『オレの力は、誰かと話すだけの力だ』
ラクルスの脳に声が届く。
しかし、あの象には聴こえていない。
『だが、届けるのは声だけではない。人間はあらゆる音を放っている。当然、自分達は気づいていないがな』
ニューズは牙を剥き出しにする。
『オレの力は誰かに想いを伝える力だ』
そう。例えば、喜びも、楽しさも。
悲しみも、怒りさえも。
象が悲鳴を上げる。
魔力が乱された。
誰かの強い魔力にあてられたためだ。
「やるな!」
ラクルスは剣を振るう。
狙うは象の鼻。
確かに、象はここから〈水弾〉を放っていた。
象がゆっくり倒れる。
同時にラクルスも跪いた。
「やべぇ………」
『船に戻るぞ。各大陸が危ない』
「ここの化け物はどうすんだ?」
『“神子”の力を合わせれば、大陸なぞ一撃で吹き飛ぶ』
ニューズは当然のように呟いた。
○○○
ラビットは北大陸の帝国跡地にて、どっさりと腰を下ろした。
約半日間走り続けて、黒い化け物を全て倒した。
シャンカラでは、戦闘員が頑張ってくれたはずだ。
神もついていたのだし。
「疲れたぁ」
ラビットは帝国を見つめて、目を細める。
かつて、繁栄を極めた帝国も、あの化け物に斃された。しかし、自分達はそんな化け物に勝利した。
帝国は、何故負けたのだろう?
何故……………。
「まさか」
あの化け物達は、そもそもどこから来たのだろう?
稀にいたあの魔術を使う化け物は何だ?
あれは、人間ではないのか?
つまり、帝国民は人間を殺さなかった?
何故? 所詮は化け物ではないのか?
そうだ。
確かに、クルルカは黒い化け物を殲滅した。
所詮、化け物だから、殲滅できたのではないのか?
「違う」
帝国の皇帝は、西へと逃げた。
帝国が滅んだのは、西だ。
同様に王朝は東に逃げて、女帝だけが生き残った。
神話では、神のお告げで“神子”が暴れたとある。
本当に、そうだろうか?
「黒い化け物は、人間」
そして、黒い化け物は。
「もし、“ウィルス型の魔物”だったら?」
○○○
パラライド王国の“砂の神子”、ソルシャは王妃であるテイルを睨みつけた。
「どうなっているのよ!? 神は出て来るし、伝承の黒い化け物は現れるし! レウスはいないし!!」
「一番最後に関しては、私も貴女と同じ考えです。こんな国の危機だというのに、飛行船でどこに行ったのやら」
国の危機どころか、世界の危機に立ち向かおうとしている国王を散々貶す宮廷魔術師二人を、遠い目をして見つめる影がいた。
彼の周りには無数の死体が転がり、解剖された後もある。
「ヤバいなぁ。これ、人間だよ」
彼はため息をつくと、手を鳴らしてテイルとソルシャに合図する。
“血の神子”モグリという。
宮廷魔術師ではなく、宮廷医師の地位についており、幼い頃から医学に精通している。
浄化、砂、血。
これが、パラライドにいる“神子”だ。
「国の者を一ヶ所に集めて。感染の疑いのある者はすぐに殺して。それから、黒い化け物に接触した者は隔離。僕らもとりあえず、一般人との接触は避けよう」
医学に対して、絶対的な権限を持つモグリに誰も反論せずに指示を聞いている。
「多分、僕ら魔術師には感染しない。親玉……おそらく、最高神官に魔術をかけられない限りは。そういうわけだから、残りの黒い化け物はなるべく魔術師が狩るように。“神子”以外はペア以上で行動して」
モグリは死体を眺めて、テイルを見る。
「僕は黒い化け物の血を使って、ワクチンを作ってみるよ。テイル様は、僕の側にいて。いざという時、僕がいた方がいいでしょ」
テイルはさっと頷く。
国のため、民のために前線を張るほど、この国の王妃は愚かではない。
国王レウスの行方が知れない以上は、斃れるわけにはいかないのだ。
「ワクチンはどれくらいで出来る?」
「すぐに出来るさ。僕は、“血の神子”で、医者だ。ワクチンは感染者の血液から作れる。まあ、任せろ。半日だけ稼いでくれ」
ソルシャは頷くと、魔術師達を見た。
「聞いた!? 半日だけ、戦いましょう! 黒い化け物はあらかた殺したから、生き残りを片っ端から殺して! 疲れたり、魔力が切れたら無理をせず、モグリのとこまで戻ること!」
ソルシャは片手を高く天に伸ばした。
「パラライドのために!」
「「「パラライドのために!!!」」」
魔術師達が散って行く。
モグリはそれを見送ると、黒い化け物に手を合わせた。
「貴方達の死は無駄にはしない」
モグリはテイルを見つめる。
「レウス様は多分大丈夫だろうけど……。東へ向かったロネシェが心配だ」
「それは、彼女が一番“有効”だから?」
「ああ。逆に、彼女が黒い化け物にされたら、終わる」
「魔術師は、黒い化け物にはならないんじゃない?」
モグリは手を止める。
「パラライドに、“魔術師”がいないことを祈るよ」
○○○
レウスに最高神官の元へ向かうという報告をするために、ロネシェは操縦室を訪れた。
「というわけで」
「駄目だ」
ロネシェはレウスを見つめる。
「最高神官の能力を死ぬ気で探る必要はあるか?」
「あります」
ロネシェは断言する。
最高神官の力は、分かっているようでわからないことだらけだ。
その詳細を持って帰れば、勝利は目の前だ。
………犠牲が一人で済むのだから。
「花鳥の娘を生贄にして、か? この戦いの後、パラライドと東の関係が悪化したらどうなる」
「そうしたら、私が独断でしたことにすればいい。私を切り捨てて、パラライドは戦争を回避すれば」
所詮、ロネシェは後宮の下級妃に使える一人の下女に過ぎない。
そこから上級妃にされて、周りからいじめられるよりも、切り捨てられた方が気が楽だ。
「駄目だ。お前が死んだらどうなる?」
「“浄化の神子”が大事なのはわかります。ですが、私は化け物にはなりませんから」
「“ロネシェ”が死んだら、全て無駄になるのだぞ」
ロネシェは唇を噛む。
分からず屋。
最高神官の魔術の弱点すらも、彼女は看破できるのだと言った。
それが分かれば、後はロネシェよりも強い神子の出番なのだ。
「私は、陛下がなんと言おうと行きます」
立ち去ろうとしたロネシェの手首をレウスが掴んだ。
「お前は、そんなに我儘だったか?」
「……………」
「いつからだ? ………ルシェルと会った時からだ。そうだろう?」
ロネシェは手を振り解く。
「最高神官は“浄化の神子”を殺せません」
断言する理由がある。
ルシェルには、“神子”の記憶を解放する力がある。
ロネシェの、否、“浄化の神子”の記憶は、あの悪魔の日から始まる。
『お前は、誰だ?』
冷たく光る瞳に射抜かれ、“神子”は立ち尽くす。
『神よ、我をお守り下さい』
“神子”は背を向けて走り出す。
『死ね』
しかし、攻撃は無効化された。
『ちっ。“神聖”か』
“神聖”とは属性のことだ。
その対である“悪”の属性は、とことん“神聖”に弱い。
“神子”は走り出す。
王朝の方角だ。
それが、失敗だった。
近いのは、帝国の方だった。
エルフだからと、臆病になってはいけなかったのだ。
“浄化の神子”の判断が、世界を一度滅ぼした。




