飛行船
夢を見ていた。
あの日、どうして、自分は逃げ出したんだろう。一人になってずっと考えていた。
しばらくして、人が現れた。
傷が癒えることはなくとも、寂しさはなんとか紛らわすことができた。それが嬉しくて、リランは忘れてしまった。
大切な者も、大切なことも。
もうあの場所には誰もいないと思い込んでいた。
その人物が訪ねて来たのは、リランが東の長になったばかりのことだった。
護衛をバッタバッタと倒して現れたのは、よく知る人物そっくりな人だった。
「クルルカ様?」
リランは嬉しさに目を細めたが、対照的にクルルカの目は厳しかった。
「どうして、来なかったの?」
「え?」
「私は、ルーセルとずっと待っていたのよ?」
リランは呆然とした。
戻ろうとしたら戻れた。会おうと思えば、会えたのに。しかし、時は戻らない。クルルカはドワーフではなくなっていた。それが意味することは、つまり。
「どうしたらいい? 私は、どうしたら」
「どうもできない。私達は、別に怒ってない。ただ」
あなたの無事を確かめたかった。会えて良かった。無事でよかった。
クルルカはそう言った。
その目はとても悲しそうで、寂しそうで、きっと、皇帝ミーウはいなかったんだ。
「ごめんなさい。私だけ、生き残って」
「いいの。あなたが生きてたら、きっと、ルーセルは喜ぶから」
リランは困った時はいつでも訪ねて欲しいと言うと、再びクルルカを見送った。
今度は自分が待つ番だと思った。いつ会えるかと楽しみにしていたが、再び彼女が訪れることはなかった。
百花繚乱はうっすらと目を開けた。
知らない天井だが、微かに知った人の声がする。どうやら個室に寝かされているらしい。
「そうだ、私……」
最高神官にドラゴンにさせられて、“世界図書館”へ向かったところまでは覚えている。
あれは、夢だったのだろうか。
ふと、窓を見た。
そこにあるのは、白と青。どうやら、空を飛んでいるらしかった。パラライドが開発に成功したという飛行船だろうか。もしそうなら、なぜそんなところに自分が?
ギィと扉が開いた。
自分と同じ長耳族の少女だ。
「オルクリィ」
「目が覚めたんですね」
オルクリィはホッとしたように目を細めた。
「私は、どうして……」
「東の“神子”と“浄化の神子”が助けてくれたそうですよ」
繚乱は立ち上がった。
「リティアは?」
「いますよ。呼んで来ましょうか?」
オルクリィはそう言うと出て行こうとする。
「私も行くわ」
飛行船は広いとは言えなかったが、狭くもなかった。
吹き付ける風が心地良く、正面に見える太陽はやけに眩しかった。
「リティア、繚乱様が目を覚ましました」
パッと立ち上がったのは、やはり東の“神子”達だ。
ラクルスはチラリとこちらを向いたが、すぐにシャンカラの面々との話し合いに戻った。
リティアはうたた寝をしていたらしく、目を開けるとゆっくりとした足取りでやって来た。
「無事で良かったわ」
「ええ……。その体は?」
明らかに小柄な体躯と、昔と同じ透き通った白い肌。よく見るとラクルスも長い耳を持っている。
「私は“神木”に行ったの。そこで、返してもらったわ」
リティアは繚乱の頭の上に手を置いた。
「無事で良かった。今は、南に向かってるの」
繚乱は“水源の神子”を思い浮かべる。倒せるだろうが、仲間にするのは難しい。
そんな考えを読み取ったように、リティアが付け加えた。
「勘違いしないでくださいよ」
リティアは茶目っ気たっぷりに笑う。
「“水源”を奪取します」
「まさか」
確かに、あの力は元々クルルカの物だ。“神木”に行ったというのなら、神々がそれを許可したということだろう。
しかし、“神子”の均衡が崩れることになりかねない。
「手伝ってくれるわね?」
「もちろん……だけど、南の“神子”も黙ってないわよ」
ようやく、ラクルスが近づいてくる。
「問題ない。全員殺していいと許可が降りた」
誰からの許可かは、言うまでもない。
「聖教会はここで潰す。“魔神の神子”を“神の涙”に永遠に封印するんだ」
ラクルスは“神の涙”を取り出す。
ローリエの表情が強張るが、ルシェルがすかさずその手を握って安心させた。
「南までは時間があるし、もうしばらく休むといいわ」
リティアはそう言うと、ミーウに合図して外に出て行った。
○○○
ミーウは足を止めた。
リティアもそれに気づいて振り返る。
「リティア。俺は、本当は、お前と一緒に死にたかった」
「…………」
「ごめん。俺のエゴなんだ。お前には、あの丘にいて欲しかったんだ」
知らない土地で苦労して欲しくなかった。
きっと、クルルカなら生き残れた。
自分は足手まといだから、きっと自分がいなければ。
「ミーウ」
リティアはミーウを抱きしめた。
「ありがとう」
私に、ルーセルを助けさせてくれて。
私に、地下街に遺産を運ぶ時間をくれて。
おかげで、また、あなたに会えた。
皆んなに、会えた。
「気にしないで。今度こそ、最期まで一緒ですから」
ミーウの頬から涙が溢れる。
もう、この手は離さない。決して。
○○○
俺はローリエを見た。
複雑な表情で繚乱を見ている。
さっきも、リティアを見る目は厳しかった。
「大丈夫か?」
「え、あ、はい。ちょっと、変な感じで」
「変?」
「昔は、敵だったのに。味方になると、こんなにも優しくて、心強いんだなって」
その本心は、おそらく。
その優しさをどうして自分達にも見せてくれなかったのか、だろう。
「嫌なら、来なくてもいい」
「それは駄目です」
ローリエは真っ直ぐ俺を見た。
「“神の涙”に全ての元凶が封印されるところを、見届けないと」
黒いイタチのニューズがトコトコと走り寄って来た。
さっきから、神楽とどちらが“御付き”になるのか揉めているが、決着はついていない。
『安心しろ。奴はクルルカと繚乱が抑えるし、そこの男もいるから大丈夫だ』
そして、このイタチ。
俺の名前を覚えてくれない。必要ないからだろうな。ローリエの名前も呼んでないし。
クルルカ、ミーウ、リラン、ルーセル、ライザくらしか覚えてない。ど畜生だな。
「コイツの言ってることは正しい。ローリエは怪我人の手当てをしてくれると助かる」
ローリエは顔を綻ばせた。
「もちろんです」
ニューズは『お幸せに』とかわけのわからないことをニヤニヤしながら言うと再び神楽のところに戻って言った。
南まではまだまだ遠い。
けれど、決戦までの道のりは決して遠くはない。




