“神子”同盟
ロネシェは、ため息をついた。
東への旅は疲れたし、王の命令はもっと疲れる。そもそも、自分は貴族の出身ではない。
後宮の、妃に使える下女の一人に過ぎない。それなのに、なぜか“神子”と断言されて、パラライドの魔術庁へ編入させられた。
それと同時に上級妃の地位も与えられ、国王との夜遊びに付き合わされることもある。
当然のように行われるイジメと、過酷な任務。
まさか、そんな中で東に派遣されるとは何事だろう。
大口を叩いてはみたものの、胃が痛む。
「ロネシェ、大丈夫ですか?」
織姫が小声で尋ねてきた。
「平気です。ただ、平民である私としては、貴族である“神子”の相手はどうも苦手でして」
「それでも西の大国パラライドの“神子”なの?」
悪事千里がボソリと呟く。
ロネシェはひっと声を出しかけてなんとか押しとどめた。
「わ、私は平民です。勝手に“神子”認定された身としては、この立場には納得できません」
「せっかく“神子”に生まれたんだから、楽しみなさいよ」
千里は呆れた声で言う。こちらを向いてもくれない。
「百花繚乱様を助ける手伝いができるだけでも喜ばしいことよ」
「私は助けたくて来たわけでは」
「ああ?」
泰山北斗がギロリとロネシェを睨む。
すかさず依々恋々が口を挟んだ。
「やめてください。帰られたらどうする気なのですか」
「しかし、コイツは繚乱様を」
「馬鹿にはしてませんから」
花鳥諷詠は申し訳なさそうにロネシェを見た。ロネシェは首を振る。
「西の“神子”は初めてお会いしたのですが、もっととっつきにくい方々なのかと思っていました」
フォローに入るように、諷詠の妹の風月が話を振ってくれた。
ロネシェは前を歩く東の“神子”を見て「ああ……」と納得する。
「西の“神子”はとっつきにくいですよ。私以外はかなり」
「そうなんですね」
ロネシェはため息をつく。帰りたい。
○○○
レウスは飛行船を操縦しながら隣でくつろぐニューズを睨んだ。
クルルカの“御付き”らしいが、それらしい貫禄はない。ただの猫に成り果てている。
「何でこんな損な役割を」
「すみません、レウス様。ですが、リランを助けるためですから」
レウスはため息をついた。
全てニューズのせいだ。こんなにも損な役回りを受け入れることになるとは。
「帰りたい……」
ロネシェと同じことを考えてしまっていた。
○○○
“世界図書館”にて、客の気配に一人の少女が反応する。
そこにいたのは、理性を失くしたドラゴンだ。
《愚かな》
少女はそう呟くと手をかざした。
ドラゴンは醜い悲鳴とともに、突然現れた鎖に繋がれ、檻へと入れられた。
少女は持っていた本へ視線を戻すと、紅茶を一口含む。
「グル、ガァア!」
檻の中でドラゴンが唸り声を上げる。少女は静かにそちらに視線を向けた。
《何がしたい? 私の読書時間を邪魔しに来たわけではあるまいな? “大地の神子”》
ドラゴンが動きを止めた。ギロリと少女の方に視線を向けた。しかし、少女は動じない。
《答えよ。これは命令だ》
「帰リタイ……アノ、場所ニ」
それは、昔と全く同じ願いだった。
昔は断った。彼の地は化け物で溢れており、今のお前では生きていくことすら困難である、と。
しかし、今はもう化け物はいない。けれど、きっとリランなりに許可が欲しかったのだろう。
《あの小さい小娘が大きくなったものよ》
リランは静かに、少女を見ている。
《迎えが時期に来るだろう。しばし待たれよ》
少女は本を読む気になれず、窓の外を見た。
最後に下界に降りたのは、十年ほど前だったか。
贔屓にしていた花鳥家の長女が教会に売られた。そして、その少女は命をかけて逃げ出したのだ。
しかし、体は衰弱しており死ぬのを待つだけだった。
さすがに目覚めが悪いと、死神を連れて行った。死神の依代に近くで死にかけていたドーベルマンを使った。
そして、花鳥の長女は少女が責任を持って連れて行くことにした。“世界図書館”とは知らずに、花鳥の長女……風月は司書のようなことをするようになった。
「館長。これは?」
《北の地図ね。古いから、捨てていいわよ》
「古代文献じゃないですか。もったいない」
少女は全て暗記していたが、風月はそうではなかった。何度も同じ本を読んでは理解を深めていく。
そうして、“知識の加護”を持つに相応しい人間となった。
時折、ドーベルマンと館内を駆け回っては叱られていた。彼女は薄々、少女の正体に気づいているようだった。
しかし、同時に恐れていたのだろう。もし、秘密を明かしたら、行く宛が無くなるから。
仕方なく、少女は助言を与えることにした。
彼女の神らしく、知的に。
《北にシャンカラという街がある。そこに行って仲間を集めなさい。そうすれば、きっと貴女は幸せになる》
しかし、風月は感情的だった。
泣き喚いて、何度も首を横に振った。
だから、仕方なく追い出した。“神域”に長くいると、碌なことにならないから。
「館長!」
少女は振り返る。
ほら、現にまたやって来た。本来なら、何日もかけてたどり着くべきである最奥の間なのに。
「私、幸せになれましたよ」
《そう》
風月は笑う。後ろには、少女の“神子”と、他の人間が何人かいた。
すぐにリランを見つけて走って行こうとする。しかし、さすがにそれは許さない。
《私の名前は“知識の神子”テオトール。ここを自由に歩いていいのは、私に挨拶した者のみです》
本当に面倒だ。
空から、また誰かやって来る。
○○○
風月はその建物を見て息を呑んだ。諷詠が不思議そうに風月を見る。
「どうかしたか?」
「はい。ここ……いえ、そうですよね。だって、あの人は」
風月は走り出した。
他の者達も慌てて後を追った。
「風月さん、どうしたんでしょう」
「知るか。知ってる場所だったんだろ」
葉月の呟きに諷詠が答える。風月を見失ったら一生迷子になる気がする。
“世界図書館”は壁も廊下も本棚で、司書と思わしきモンスターがいた。人間の姿は不気味なほどにない。そして、通路は迷路のように入り組んでいる。
突然開けた場所に出た。
しかし、そこにも無数の本棚がいる。
「繚乱様!」
千里が叫んだ。
鎖に繋がれて、檻に入れられている。暴れている様子はなく、静かに目を瞑っていた。
急いで駆け寄ろとすると、風月が走って行った方にいた少女が立ち上がる。
《私の名前は“知識の神子”テオトール。ここを自由に歩いていいのは、私に挨拶した者のみです》
少女はそう高らかに宣言すると再び座った。
北斗の顔が赤くなるが、恋々がペシッと北斗の背中を叩いた。
「僕は花鳥諷詠。貴女様の“神子”です」
諷詠は代表して、皆の紹介をした。
テオトールは黙って本を読んでいる。
「以上です。どうか、繚乱様を救うことをお許しください」
《空の者達は紹介しないの?》
「そら?」
《“知識の神子”にしては力不足ね》
「申し訳ありません」
テオトールは本を閉じた。
《“浄化の神子”と我が“神子”のみ、許します》
葉月は恐る恐る手を挙げた。
「ここの本を眺めてもよろしいでしょうか?」
《知識への探究は喜ばしいこと。時間が許す限り、このフロアの書物の閲覧を許します》
葉月は嬉しそうに立ち上がった。
一方、ロネシェと諷詠は繚乱の入った檻の前にやって来た。繚乱は目を開けると諷詠を睨む。
「ほら、早くしろ」
「待ってください」
ロネシェは繚乱に向かって手をかざす。魔力が流れ出て繚乱の中で暴れる魔力を鎮めていく。
「よし」
諷詠も同じことをし始めた。〈能力複製〉を持っているから、諷詠も繚乱のところへ寄越したのか。
ロネシェはそんなことを考えながら、繚乱を癒やしていく。
しばらくすると、繚乱は目を閉じてされるがままになった。
「そろそろです」
「みたいだな」
繚乱が元の姿に戻った時、二人の魔力は空っぽになっていた。
「貴方がいてよかった。私一人では無理でしたね」
「こちらこそ、さ」
すると、テオトールが歩いて来た。
「さあ、送ってあげなさい」
「どこへ」
テオトールは一番大きな窓を見た。
「パラライドの飛行船です!」
《ここには入れませんから》
「はい! おい、お前ら! 行くぞ!」
諷詠はテオトールに一礼すると、風月達を呼び戻した。
《諷詠。風月を頼みますよ》
「もちろんです!」
《いつも見ています。私の“神子”》
テオトールは光の粒になって消えた。
諷詠は別れが苦手なのだろうなと、考えた。きっと、何度もそれを繰り返してきたのだろう。
「神様も人間っぽいとこあるんだな」
「え?」
「何でもない。早く行こう」
諷詠はロネシェにそう言うと、風月に帰りの道案内を任せた。
本番はここからだ。




