“神木”へ
レウスはため息をついた。
『俺がこの国を守る!』的なことを言っていた黒イタチが今度は『呼んでいる!』と叫んで走り去ろうとした。
仕方なく、イタチについて行くことにしたレウスは北側の誰も使わない港にて船を出す用意をしていた。
「国王を顎で使うとは」
『早くしろ!』
どうやら、このイタチは北大陸出身だったらしい。
「お前は黒い化け物の仲間か?」
『あんなのと一緒にするな……と言いたいところだが、似たようなものだな。俺はたまたま“感情の神子”に加護をもらい、理性を得ることで敵意を無くしたが』
黒い化け物は“魔族”の中でも、理性もなく、ただ暴れることに特化した戦闘種族なのだと教えてくれた。
そうではない魔族もいるが、戦闘は基本的に好んで行うらしい。
「それで、お前を呼んでいるというのは?」
『クルルカだ』
「それって帝国の妃の名前じゃ……」
“天空の神子”は別にいるはずだ。
そもそも、リティアがパラライドを訪ねた時、この黒イタチは出て来なかった。
『ほら、早くしろ』
黒イタチはそれには答えず船に飛び乗って鼻を鳴らした。
○○○
俺達は北大陸シャンカラの西側にある今は使われていない古代の街道を使って丘を目指していた。
西大陸側にある道の方がしっかり残っているそうだが、そこまで回り込むのは時間の無駄だ。
「どれくらいかかるんだ?」
「大体一週間だな」
ラクルスはもどかしそうに言った。
獣道にも似た道なき道のため馬車も出せない。徒歩ならそれくらいかかるか。
「にしても、“神木”とやらで本当に自分の神と話せるの?」
ウラウネの呟きに、ミーウがすぐに反応した。
「大丈夫だ。“感情の神子”は“天空の神子”の派閥だし、俺とも仲良い。それに、ニューズも」
そして、ミーウは口を閉じた。
ニューズという人が、何者なのかはわからないが、“感情の神”の加護をもらった人でミーウの知り合いなのだろう。
「そのニューズって誰?」
ローリエが口を開いた。ローリエも知らないとなると、帝国時代の人物か。
「しいて言うなら、“御付き”だな」
「“感情の神子”が“御付き”?」
神楽が眉をひそめた。
確かに、“感情の加護”は強いが、戦闘向きではない。クルルカを守るのには相応しいとは言えない。
だが、ニューズという人物本人が強ければ別の話だ。
「アイツは………“神子”なのだろうか」
ミーウが首を傾げた。おっと、そこからなのか?
どうやら、ニューズという人物は“感情の加護”をもらった最初の人物ではあるが、ウラウネの持つ〈読心〉よりも弱い力らしい。
〈念話〉という似た名前の力だが、強さだけなら圧倒的にウラウネが上だという。
口を開かずとも話せるってだけの能力だもんな。
一週間かけて“神木”へ到着した。
丘の上には、リティア………いや、クルルカが寝息をたてて眠っていた。その隣には、ルーセルのものと思われる遺体が横たわっている。
《来たのね》
ルーセルがハッと顔をあげた。
「母さん」
《お母様って呼ばないと、怒られるわよ?》
そう言ってミーウをチラリと見るとクスクスと笑った。
ミーウは嬉しそうに笑って、首を振った。
「久しぶりだな、ライザ」
《はい。お父様のお元気そうで何よりです》
クルルカを置き去りにした皇帝ミーウに怒ってはいないようだな。もしかしたら、真実を知っているのかもしれない。
《では、ラクルス。お返しするわ》
ラクルスは頷いた。俺達を振り返ると一言「ちょっと離れてろ」とだけ言った。
俺達は丘の麓に寝そべった。
かつては、ここに北大陸最大の国があった。今では、見る影もない。全て、時の流れに食い尽くされたんだ。
「おや、“捨て猫”ではないか。それに、“運び屋”も」
「何でお前がここに?」
パラライド国王レウスだ。一番恐ろしいのは、ラクルスが一番安全だと言った西側の道から来たということ。
そんなレウスの足元には、三つ目の黒いイタチがいた。
「ニューズ」
『久しぶりだな、陛下。あの時は、見捨ててすまなかった』
「いいんだ。お前にとって、俺の命より光天教の教えが大切だったんだろう」
この黒いイタチが、クルルカの“御付き”?
しかし、なるほど。確かに〈念話〉を使っているな。
『我が主は?』
「まだ行くなよ」
ニューズは尻尾を軽く振ると思い出したようにレウスを見た。
『もう帰っていいぞ』
「誰が!」
「いや、待てニューズ。ちょうどいい。帰りは西側から行こう。確か、パラライドは飛行船の開発に成功したんだろう?」
『なるほど。アレなら東までひとっ飛びだな』
「誰が!」
レウスが可哀想だった。
「おーい、いいぞー!」
ラクルスの声がした。ニューズが真っ先に駆け出した。
○○○
リティアは目を開けた。
隣にはラクルスが座っていた。
「わざわざここまで?」
「帰りが遅いと、お祖父様が心配するぞ」
リティアは目を伏せた。“神木”にはライザがもたれかかっている。懐かしい風景だ。しかし、あの頃とは違い繁栄を極めた帝国はない。
「ここが懐かしくて。ずっと、こうしていたくて」
だけど、とても寂しかったんだ。
『クルルカ!』
ニューズによく似た生き物が飛び付いて来た。
後から見慣れた仲間達と、何故かパラライド国王もいた。何やら不貞腐れており、ちょっと面白かった。
「早く帰るわよ」
「飛行船に乗って東まで行くんです!」
アリスは冷静にそう言い、ローリエは少し興奮したように言った。
リティアはローリエを真っ直ぐに見据えた。
「ローリエ」
「はい」
「今更謝ったって許してもらえないと思うけど、私はあなたの仲間を皆んな殺して………オーリィも、殺したわ」
ローリエの目が見開かれる。
「あなたは“生命の神子”だった。けれど、同時にあの男と同じダークエルフでもあった。だから、殺そうと思った。けれど、オーリィは貴女を封印して、教会の最奥の間に閉じ込めた」
その怒りから、殺した。
教会とは完全に敵対し、光天教はクルルカの死と同時に潰された。
「仕方なく、その次の人生で死ぬ気の特攻を仕掛けたの」
「え?」
“神の涙”を奪い、知り合いの“神子”であったリランに託した。その時は、クルルカは体が弱く長くは生きられなかった。
しかし、それでよかった。教会は“神の涙”を見失ったのだから。
“大天災”と呼ばれたローリエだが、本当の天災は全ての悲劇を巻き起こした“天空の神子”である。
リティアは、そう言いたいのだ。
「………もう、いいの」
ローリエはリティアの手を握った。
「皆んなを助けてくれた。私を、助けてくれた。貴女は、優しい人なんだと思う」
「私は、優しくなんかない。いつだって、人の命を軽く見て、自分を優先して」
ローリエは首を振る。
「優しくない人は、神を生み出すことなんてできないわ」
リティアはライザを振り返った。
ライザはふっと笑って頷いた。
《お母様は、優しい。私も、リランも、助けてくれた。死にかけのルーセルをここまで連れて来てくれた。酷いことを言われたのに、ずっとお父様を待っていた》
リティアはローリエに向かって言う。
「許せなんて言わない。でも、今度は貴女の味方になる」
「ありがとう」
ルシェルは、ライザに進み出た。
「なぁ、俺達はこれからどうすればいい? 敵は最高神官でいいのか?」
《やっと来たか》
別の声が聞こえた。
現れたのは、二柱の神。“死神”と“生命神”だ。
《お前、今まで散々、人の忠告を無視して神の宝を壊して回っていたよなぁ?》
「は、誰」
《お前の神だ! 貴様が泣いて喚くから、また転生させてやっただろう? 恩を仇で返すとは、まさにお前のことを》
《はいはい、そこら辺にしておきましょうねー》
ローリエは嬉しそうにその声の主を見た。
「生命神様! お久しぶりです!」
《そっちも元気そうで。花は咲きそう?》
ローリエは顔を赤くして首を横に振った。死神がジト目でルシェルを睨んだが、ルシェルはキョトンとした顔をしている。
《いつまで遊んでんダ?》
《こらこらあまり怒らないの》
新たに現れたのは、“感情の神”と最高神クリオネだ。
《この先のことなんて決まってンだろ》
ウラウネとニューズを順番に見ると、愛おしそうに微笑んだ。
《あのクソ野郎をぶっ殺して、裏大陸を封鎖する》
「そんなことができるのか?」
レウスが冷静につぶやいた。
《お前ならできるよなァ、リティア》
「はい。それから、“水源の神子”とリランもいれば」
「つまり、最高神官を倒す前に“水源の神子”を味方にするってことか?」
「あのクソババァが言うこと聞くと思えないんだけど」
ウラウネの発言に一同が頷く。
《あー、その必要はないわ!》
「ないの!?」
アリスがクリオネを見つめる。
《元々、リティアの能力だもの。取り返せば問題ない! そうよね、“水源の神”》
《………そうですね、そうかもしれません。多分、おそらく、きっと、まぁ、大丈夫でしょう》
「安心できねぇ」
ルシェルがボソッと呟く。内気な性格なのかもしれない。神なら堂々としていればいいものを。
「まあ、今後の方針は決まったな」
ルシェルは皆んなを見回した。
「繚乱様を迎えに行って、南大陸へ向かう。そこで、リティアが“水源”の力を取り返す」




