光天教祖 其の零-4
ライザが子供を産んだ。相手は王朝の上級貴族で、帝国の皇帝になろうという野心家だった。
その男は、ミーウの暗殺を目論みライザによって処刑された。ライザの忠誠はそんな男よりも拾ってくれた恩人である皇帝夫妻にあると証明された。
しかし、それを機に王朝との戦争が激化した。しかし、“神子”を有する帝国が圧倒的な勝利を収め、王朝は帝国の支配下になった。
そして、皇帝夫妻の直属奴隷であった、“大地の神子”リランを王朝の新王とし、戦争で活躍し“剣神”となったライザの息子ルーセルがその“御付き”として王朝に向かった。
ミーウは相変わらず、クルルカには手を出さず、クルルカは一人になった。
否。裏大陸からやって来たペットのニューズはいつもクルルカの側にいた。
いつも、丘の上で街を見ていた。
ニューズは黙ってそんなクルルカの隣にいた。
『我が神もこの国にいれば安泰よ』
「ええ、そうね」
『感謝するぞ、クルルカ』
クルルカは無言でニューズの頭を撫でる。
ここ数年で、魔術師の数は爆発的に増加した。
王家や貴族以外は、年老いて死んでいたエルフやドワーフも魔力があると永遠に生きることができた。
故に、国家安泰。病が流行っても、魔術師だけは健康だった。
「もう、私のすることはないのかも」
『むむ、まだまだあるぞ』
ニューズは立ち上がった。
『やはりミーウを嵌めてやるのだ!』
「?」
『子供が欲しいのだろう? ミーウに首輪でもつけて無理矢理にでもすればいいのさ』
「陛下には勝てないの」
ニューズは鼻を鳴らして寝そべった。
『あの“魔神の神子”はいづれ攻めて来るぞ、クルルカ』
「…………」
『世界とは移ろい行くものさ。永遠の安寧など、ありはしない』
ニューズの言った通り、黒い化け物は襲って来た。
クルルカはミーウに従った。しかし、あの丘と“神木”が気がかりだった。
あそこを離れると、もうライザには会えない気がした。
あの道がなくなれば、ルーセルやリランにも会えない気がしたのだ。
ミーウがチラリとクルルカを見て、何かを悟ったような顔をした。
「クルルカ?」
「何でもありません」
しかし、ここに残ることはできない。国の長であるミーウは当然ここに残ることはできない。
ミーウはクルルカの全てだ。あの丘よりも大切で、最期まで一緒にいたのだから。
「クルルカ。お前は殿を務めろ。俺のために死ね」
ゾッとするほど冷たい声でミーウは言い放った。
クルルカはミーウの腕を掴む。
「…………や。置いていかなでください」
ミーウは悲しい顔をした。
わかってる。わざとではない。きっと、クルルカのことをわかってて。
「ダメだ!」
ミーウはクルルカを突き飛ばした。
その顔は今にも泣き出しそうになっていた。
…………嘘つき。貴方だって、私の隣がいいくせに。
「別に俺はお前を愛してなどいない! ついてこられても迷惑だ!」
「陛下………。陛下の目の届かないところでも構いません。どうか、どうか」
「使えない“神子”め! どうせ、貴様がこいつらを連れて来たのだろう!? 責任を持って最後まで闘え!!」
全部嘘なのに、どうしてこんなにも胸が痛むのだろう。
今までこんな風に怒鳴られたことはあっただろうか。
せめて、最期のお別れくらい笑顔で………。
気づけば、クルルカの視界は歪んでいた。
もう、ダメだ。
『俺は……』
「ニューズ、貴方はいきなさい」
クルルカは涙を拭った。
続々と、光天教の教徒たちが自分も残ると言い始めた。
「戦える者は残って。後の者は生き残り、後世に光天教を伝えること。貴方もよ、ニューズ」
『俺は戦える!』
「西の大地で、皆が全滅する可能性だってある。貴方は、光天教最後の砦なの」
ニューズは口を開きかけて、閉じた。
ミーウの肩に飛び乗ると、小声で何かを言った。ミーウは小さく頷いてそのまま歩き出した。
ニューズが振り返った。「ごめんよ」そう言っているように見えた。
黒い化け物は全て倒した。
残ったのは、ルーセルとクルルカだけだ。
「ねえ、やることないし何かしないか?」
そんなルーセルの一言で始めたのは王朝の地下街に帝国と王朝の魔道具を運び保管するというもの。
数百年もかけて、運んだ。
しかし、ついにその時は来た。
《あなたたちの遺体は我々が責任を持って守り続ける。安らかに眠れ。再びこの地に来れば、その身体、お返しする》
クリオネのその一言で、二人は眠りについた。
こうして、ドワーフは絶滅した。
○○○
『猿共がドワーフみたく進化している』
影から新たな人類を眺めるものが一匹。
イタチらしきそれには、目が三つ。
『おい、お前ら!』
猿は驚いたように逃げて行く。
呆れた。馬鹿かもしれない。裏大陸で見た部族に近い何かを感じる。仕方ない、教えてやろう。
武器の作り方、料理の仕方、物の作り方。
知ってるぞ、だってあの人が教えてくれた。
今、光天教の信者は自分だけ。
だが、きっと、どこかにいるのだろう?
『教えてやろう! 光天教祖クルルカの素晴らしさを!』
何年もかかって、猿に言語を与えてやった。
しかし、ニューズの教えた言語は北大陸の発音に似てはいたが、微妙に違うものだった。
後の考古学者達は西大陸の言語と北大陸の言語が似たものであると発見するが、理由は明らかにはなっていない。
偶然と考える者がほとんどだが、たった一人だけその真実を知る者がいた。
パラライド国王、レウス・パラライドは自室の隠し穴からするりと出て来た一匹のイタチを一瞥した。
パラライド建国の獣、三つ目の黒イタチ。
彼は自分の本名を教えない。それどころか、何者なのかも話さない。
昔の文献にはお喋りであったと記述があるが、全ての者が話せるようになった今、この獣は一言も話さない。
「飯ならそこにあるぞ」
国王の部屋には黒イタチへの供物が置かれる祭壇がある。そこに毎朝、お供えと祈りを捧げるのが国王の仕事だ。
「あの! レウス国王ー!」
東からやって来ている双子が許可なく部屋に乗り込んで来た。
黒イタチは小さく唸った。
「あれ、これ黒イタチ!?」
「ホントにいたんだ!」
「黙れ。あまり無礼な態度を取るな」
双子は目をキラキラさせながら頷いた。
黒イタチは双子の臭いを嗅ぐと目を細めて、足元に座った。
「あの、“神子”をお貸しください!」
「繚乱様がピンチです!」
「東のことは東で対処しろ」
レウスは相手にしない。
しかし、黒イタチはそうではなかった。
『おい、小僧』
「な」
「え」
「は?」
三人ともイタチを凝視する。
『いと尊き“天空の神”の加護を持つ者が頼み事をしているのだぞ』
「その加護を持っているも贔屓したらトンデモないことに」
レウスは説得しようとするが、イタチは牙を剥き出しにした。
『我が愛しきあの御方が困っているのだ。助けてやれ、レウスの小僧』
「愛しき?」
イタチには主はいない。
突然現れて、西の新人類に知識を授けた。
『知っているぞ、繚乱とは“大地の神子”なのだろう?』
「そうですそうです!」
双子はすぐに状況を察してイタチの味方になった。
『リランを救うのも、俺の役目。俺の役目はお前の役目。ほれ、早く“神子”を出さんか』
「好き勝手に言うな。この国の守りはどうなる」
『“浄化の神子”だけでよい。他にも二人いるだろう。俺も残るから問題ない』
「ありがとうイタチ様!」
レウスはため息をつく。
「好きにしろ」
これが、東に“浄化の神子”ロネシェが派遣された経緯である。
ニューズ生存報告でした。




