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怪盗は盗んだ宝と恋をする  作者: 野良猫氏
“神の涙”奪還編
31/42

光天教祖 其の零-3

「陛下。お願いがあります」

「どうした?」


 クルルカはエルフの赤子を見せた。

 ミーウの表情が険しくなった。


「それをどうした?」

「丘の上で拾いました」

「キャベツ畑ではなく?」

「はい。捨てられてたみたいです」


 ミーウはホッとしたように胸を撫で下ろした。久しぶりにみる穏やかな表情でクルルカを見つめた。


「それをどうしたいんだ?」

「養子にしませんか?」

「エルフを?」

「ドワーフの血も混ざってます。おそらく」

「混血児か………」


 帝国と王朝の繋がりが強まるにつれて、混血児も増えていた。しかし、さすがに帝国の長は純血のドワーフでなくては。


「私、陛下との子供が欲しいです。でも、それがダメなら、せめて養子だけでも」

「変な噂がたつぞ」


 クルルカはミーウを見つめた。


「ライザ」

「?」

「その子の名前だ。お前が育てろ。どうせ暇だろ?」

「はい!」




 ライザが成長するにつれて、周りのクルルカを見る目が厳しくなっていった。


「母様?」

「どうしたの、ライザ?」

「また、いるよ?」


 ライザは時折変なものを見た。

 “武神ナーベ”という神様らしい。しかし、光天教にはそのような神はいない。

 世界中で、新たな宗教が生まれ、神が現れたのだろう。

 光天教の勢力もいつまで保つかわからない。


「ライザ」

「父様!」


 ライザが嬉しそうにミーウに駆け寄る。ライザは、自分が実子ではないと知っている。それでも、本当の親のようにクルルカとミーウを慕っていた。


「今日も剣術を教えて?」

「もちろん」


 ライザは剣が好きだった。だから、武神に愛されているのかもしれない。

 クルルカは剣の稽古をする二人を見るのが好きだった。その時だけは、普通でいられた。




「ねえ、母様」


 いつもの丘の上で、またエルフの子供を見つけた。正確には、親もいた。死んでいたが。


「夜のうちに狼に襲われたのかな……」

「いいえ。餓死でしょう」


 王朝は新国王になってから治安が悪くなったと聞く。帝国へ逃げてくるエルフも少なくはない。

 ライザがいるおかげで、エルフにも住みやすい土地になった。


「純血はさすがに……」

「母様も、そういうの気にするの?」

「私じゃなくて、陛下がね」

「大丈夫よ。持って帰ろう」


 その頃、ライザは新たな流派としてライザ流を確立していた。この“神木のある丘”にて、武神ナーベから正式な加護をもらい“武の神子”として名を馳せた。

 また、クルルカも光天教の巫女の一人に“遊戯”の力を、光天教最高神官に“水源”の力を譲渡していた。


 光天教は勢いを増し、ライザ流も合わさってミーウの権力は歴代皇帝を遥かに凌駕するほとまでに成長していた。



「どうした、クルルカ」

「また拾いました」

「キャベツばた」

「違います」

「そうか」


 ライザはおかしそうに目を細めた。それを見てミーウも恥ずかしそうに笑う。


「別に構わないが、そいつは養子にはできない。それは我々の子供ではなく下女として扱え」

「どうして?」

「それを子供にすると、この国のエルフが調子に乗るからな。それは避けたい。混血児ならまだしも、さすがに純血はまずいんだ。奴隷にしないだけありがたく思え」

「陛下はそんなことしませんよね?」


 ミーウは鼻を鳴らしただけでクルルカの質問には答えなかった。


「母様は先に行きなよ」


 ライザが呟いた。


「私はもうちょっと父様と話してる」

「ええ」



 ライザはミーウに向き直った。


「どうした、ライザ」

「どうして、子供を作らないの?」

「クルルカを俺で穢さないためだ」

「でも、最近の母様は愛されてないって感じてるみたいだけど?」


 ミーウは困ったように顔を顰めた。


「“例の案件”に行かない? 家族三人でさ」

「さっきのガキはどうする気だ?」

「大きくなったらだよ。別に、急がなくても私達は長命種なんだから」


 ミーウは頷いた。


「準備はしておけよ」

「もちろんですよ、陛下」


 ライザはからかうように言った。ミーウはため息をついて、書類の束を渡す。


「せっかくだ。公務についても教えてやろう」

「剣だけでいいのに……」

「次期皇帝になるかもしれないだろ」

「私は混血児だし、そんなつもりないけど。大体、ずっと父様がやればいいじゃん。どうして一人の皇帝じゃダメなの?」


 ミーウは書類に目を落としつつ言う。


「長命種は長い時を生きすぎると、腐ってしまうらしい」

御伽噺(おとぎばなし)でしょ」

「つまらない人生、つまらない時の中で、自ら命を落とすのだ」

「……………神様も?」

「さあな」


 ライザは新しい作物の栽培許可の申請書を眺めながらミーウに向かって言う。


「父様も、母様も?」

「つまらない、と言ったろう。常に新鮮で、楽しい人生を送ればいい。それから、願いだな」

「願い?」

「誰かに会いたい。何かを成し遂げたい。そう思う者はずっと生き続ける」

「誰かと、一緒にいたい」


 ミーウは手を止めた。


「父様と母様が離れ離れになったら、寂しくて死んじゃうかもね」


 冗談めかして言ったつもりだったが、ミーウが難しい顔をしているのを見てライザは焦った。


「冗談だよ! 二人とも強いし死なない死なない!」

「お前もな、ライザ。お前は、俺たちの大切な娘だ」

「きゅ、急に恥ずかしいこと言うな、ウチの父親は」


 二人はそれからプッと吹き出して笑った。

 平和な日々が続けば良かった。


   ○○○


 例の案件とは、裏大陸の調査であった。

 何度も送り出した調査団は帰らず、仕方なく国で最も強い皇帝夫妻とその娘、ライザが向かうことになった。


 船に乗り、到着したのは、見たことのない赤や紫や青緑の草木。

 そして、不気味な生き物と濃く満たされた魔力。


「おかしくなりそう」


 ライザの呟きに、二人は頷くしかなかった。


「とりあえず、行くぞ」




 裏大陸には、道らしい道も、街らしい街もなかった。

 言葉を話せる者もおらず、ただそこには秩序のない世界が広がっていた。

 だから、人を見たときは驚いた。


 王朝の長耳族(エルフ)とよく似たそれは裏大陸でもっとも知能の高い生き物らしかった。

 クルルカはそれを黒長耳族(ダークエルフ)と呼んだ。


 最初に出会ったダークエルフは、一人の男だった。中年はとうに過ぎたくらいの顔立ちで、おじさんというよりお爺さんだった。

 何やら口をモゴモゴと動かしてクルルカ達の言葉を真似ようとしていた。

 ずっとついて来る様子だったので、そのまま放っておいた。

 不思議なことに、その男がいるだけで裏大陸の魔物は襲って来なくなった。



 数ヶ月もすると、男も片言ながら大陸の言葉を話せるようになった。

 どうやら、裏大陸には国らしい国はなく、各地に“部族”と呼ばれる集団が住んでおり、近場の部族同士では多少の交流もあるらしいが、全体の数はわからないらしい。


「文明のレベルも低そうですね」


 クルルカの発言にミーウも頷いた。

 武器も石を削って作ったようなものだし、大陸資源を有効に活用しているわけではない。


「そちらの国ハ、発展しているノデスカ」

「ええ。国があって、人々は暖かい家で夜を過ごします。といっても、ここは雪が降らないのか」

「雪?」

「えっと、とっても冷たくて水でできてます!」


 ライザが一生懸命説明しようとしている。

 その様子を、クルルカは黙って見ていた。


「そこに行けますカ」


 どうやら、部族の仲間達に技術を継承したいらしい。

 しかし、さすがのミーウもその発言には警戒した。エルフによく似た生き物をあまりよく思っていないらしい。


「お前は旅人なんだろう? 技術を部族に継承? それを使ってお前がこちらに何もしないと保証できるか?」


 男はぞっとするほど冷めた瞳をミーウに見せた。


「こちらが下手に出ていれバ、生意気ナ」


 ライザはバッと立ち上がって剣を抜いた。


「許サナイ」

「龍脈!? どうしてこんな僻地に!」


 クルルカはライザとミーウを吹き飛ばした。

 全身が痛い。しかし、理性は残っていた。


「ギュァア!!」


 男を片手で吹き飛ばした。見えないほど遠くへ飛んで行く。同時にクルルカの化け物化が終わった。

 それほど強くない魔術だが、彼は神を信仰しているのだろうか。

 もしそうなら、ミーウの判断は正しい。


「クルルカ! 無事か!?」


 ミーウはクルルカを抱きしめた。


「無茶はするな」

「申し訳ありません」


 ライザもホッとしたように胸を撫で下ろしている。


「裏大陸は危険だな。もう帰ろう」



 初めに到着した浜辺に戻って来ると船の上に何かいた。

 イタチに似ているが、真っ黒な毛並みに目は三つだ。


『お前、誰だ』

「話せるの!?」

『………〈念話(テレパシー)〉を知らないのか? “感情の神”ドレイクス様の素晴らしいお力よ』


 イタチは警戒しているミーウに一礼した。


『どうか連れて行ってくれないか。この地は“魔神”のせいで他の神の力が弱い。外の地で、ドレイクス様の素晴らしさを広めるのだ』

「“魔神”?」

『お前らから、忌まわしき“魔神の神子”の臭いがするぞ。会ったんだろう?』


 ミーウとクルルカは目を合わせる。完全にあの男だろう。逆に、このイタチの言っていることは信憑性がある。

 しかし、光天教が主流である帝国で他の神を広められると厄介だ。


「私のペットにして、光天教に組み込むか」

『どんな形でも構わない。我が神を広めるためだ』

「では、いいですか?」


 クルルカはミーウに確認を取る。


「構わん。だが、変な動きをしたらこの“武神の神子”ライザが相手をする」

『わかった』

「え、私?」


 ライザはため息をつく。「ま、いいけど」と付け足したので、問題はないだろう。




 “魔神の神子”とは、出会ってはいけなかった。

 そのことを、まだ彼らは知らない。

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