再会
リティアは、突然視界に入って来た膝に目を丸くした。最高神官が面白いほど遠くに吹っ飛んで行く。
「リティア、なんか久しぶりに会った気がするな」
「うぁ」
記憶が戻って、初めてミーウを見た。
似ている、どころではない。そっくりそのままだ。
リティアは視界がどんどん歪んでいくのがわかった。ミーウの顔が見たいのに、見えなくなっていく。
教会の歴史書で、皇帝の最後の手記の内容を知っているのに、嫌われているのではと考えてしまう。
「げっ、泣いてんじゃん……」
「アンタが泣かせたんでしょ」
百花繚乱がミーウに言う。
「うわわ、泣くなよこんな時に……」
ミーウが涙を拭ってくれる。リティアはそんなミーウを無視して抱きついた。
「陛下、陛下ぁ」
「その呼び方やめろぉ!」
「陛下、戦闘中ですよ」「陛下、最高神官が怒りますよ」「陛下ぁ、リア充爆発しませんかぁ?」「陛下、ちょっと場をわきまえてください」
「ほらこうなるだろ!」
リティアはお構いなしに、ミーウの胸に顔を埋める。
「もう、どこにも行かないで。もう、一人にしないでください」
「悪かった……。お前が、望んでる気がして」
「私は、ただ陛下と……うっぐ」
「わかったから離れてくれよ。皆んな見てるから」
「早く終わらせなさい」
繚乱はヨロヨロと戻って来た最高神官を見た。
ミーウはリティアの肩越しに、最高神官と目が合った。
「皇帝ミーウ!?」
「お前、裏大陸にいた変な爺さん……」
「「……………………」」
ミーウはリティアを後ろに庇って、最高神官を睨んだ。
「クソッ。ことごとく、私の計画を邪魔してくれるっ」
「おいおい、お前にリア充イベント潰されるの何回目だよ」
「うるさいわ! 独り身の私に見せつけてきよって!」
「やっぱりわざとだったんだ……」
ミーウは遠い目をして言う。
リティアは最高神官を睨みながら、ミーウにそっと囁く。
「殺しましょう」
「そうだが、やつの力は未知数だぞ」
「大丈夫。ちゃんとわかってます」
リティアはラクルスの方を見た。ラクルスはさっと頷く。
「リラン! 魔神の力は生物の魔力を活性化させる! 力が暴走しないように気をつけろ!」
「ふん! 負け犬風情が……」
ミーウは考える。もしかしたら、自分がリティアを置いて行った後、ルーセルと合流して黒い化け物について探ったのだろうか。
あの“神木”が、黒い化け物を遠ざける結界を張っていてもおかしくはない。あそこまで辿り着けたのなら生き残った可能性も高い。
なら、どうして二人は死んだのだろう。
「ラクルス!」
ミーウは叫んだ。
ラクルスはハッとして走り出す。教会の方角だ。ミーウも後を追う。
「ちょっ!?」
繚乱が目を丸くする。追いかけようとする繚乱の手をリティアが掴んだ。
「行かせてあげて」
「でも」
「教会の宝物庫には、アレがある」
「アレ?」
「“ライザの剣”。陛下がかつて西へ持って行った代物の中に含まれてたはず。見つけ出して保管してる可能性が高い」
「それを、どうするつもりなの、あの二人は」
リティアは得意気に笑った。
繚乱はこの顔を知っている。よく、昼寝をしたあの丘で、ライザ相手に稽古をつけていた。
剣と魔力のぶつかり合い。神の御前でなんて野蛮な。
しかし、神様は笑ってその稽古を眺めていた。
ライザを魔術で打ち負かすと、クルルカは決まってこの顔をした。それから、表情を改めて言うのだ。
『私とここまで闘えるのはライザだけよ』
とても誇らしげに。そう言うのだ。ライザは、皇帝ミーウと光天教祖クルルカのたった一人の娘だから。
「“ライザの剣”で、あの無礼者を斬る」
「“神の涙”は、ラクルスが持ってるのよね?」
「いや、僕が持ってるよ」
リチャラがひょこっと顔を出した。オルクリィも後から顔を出す。
「あら、いたの」
「リラン様」
「無視か、長耳」
オルクリィはため息をついて、リティアに一礼すると再び口を開いた。
「最高神官は、“神の涙”に封じます」
「下手したら使用者が吸い込まれるけど?」
「その時はオーリィ………ルシェルのとこに」
リティアは頷いた。確かに、それが一番適切だ。
「私を封印? 面白いことを言うのだな」
「?」
「コイツを見ろ」
水晶玉だ。
何やら物騒なものが映っている。海の中で暴れているが、複数人の魔術師によって動きを止められていた。
その魔力はあまりにも大きくまるで………。
リティアが目を見開いた。
「皆んな下がって!」
最高神官が舌打ちをして、指を鳴らす。
リティアは咄嗟に敵も味方もお構いなしに吹き飛ばした。しかし、繚乱だけは反射的に魔力で飛ぶのを防いだ。
「馬鹿………ッ!」
二人の魔力が活性化する。
龍脈が、二人を包んだ。
直後、二人の身体が肥大化した。
○○○
「おら!」
ルシェルが大蛇を殺すと、遠くに何かが見えた。
美しいようで、禍々しいそれは、北大陸の古代文明の文献にあったとある生き物を彷彿とさせた。
「竜………?」
「キュァァアア!!!」
それは悲鳴のようだった。
二体の竜は空へ舞い上がる。
一体は、ゴツゴツした鱗で覆われており、肩や尻尾などから虹色の水晶の原石のようなものが飛び出していた。
もう一体は小柄で、白い毛に覆われていた。もう一体と違って翼と前足が一体化しており、飛ぶことに特化しているようだった。
「リティア!」
ミーウの声が聞こえた。
ラクルスと二人で走って来る。
「嘘だろ? 繚乱?」
ルシェル達は目を見開いた。
葉月が震えた声で言う。
「龍脈が、“神子”を魔族にしたんだ………!」
二体の竜は別々の方向へ飛び去った。
リティアは北へ、繚乱は東へ。そして、ラクルスとミーウは。
「ルシェル、皆んなと合流しよう。一旦、北へ帰るぞ!」
○○○
リティアは空を飛んでいた。
我をほとんど失いかけていたが、微かな記憶を頼りに飛んでいた。
「キュァァアア!!」
口を開けば、そんな醜い声が聞こえてくる。
滅びた帝国の後はなく、ただそこには森があった。しかし、その場所だけは妙に静かだった。
そこには、今まで見たことのないくらい大きな木があった。
リティアは空の上で旋回した。
神は醜い自分を受け入れてくれるだろうか。
《来て》
懐かしい声がした。
ライザ。
リティアはその木の下にいる神に顔を綻ばせた。
ゆっくりと舞い降りた。
ライザはリティアの頬に両手を添えると、額をリティアの眉間へと重ねた。
《母様。おかえりなさい》
リティアは後ろを見た。
そこには、二人の人が横たわっている。眠っているのか、はたまた、死んでいるのか。
神の魔力によって腐敗を免れ、眠るようにそこにいた。
帝国最後の正妃にして、光天教祖クルルカ。
帝国生まれのドワーフのクウォーターで、剣神ライザの実の息子、ルーセル。
ライザはリティアから離れた。
《ずっと、守って来ました。お返しします》
リティアはゆっくりと歩き出す。
自我が消えないうちに。
リティアの鼻先が、クルルカに触れた。
瞬間、リティアの体が消滅した。




