光天教祖 其の零-2
最近こっちの調子良くて、他の作品に手がつかない。
ミーウとクルルカが出会って数年の月日が流れた。
クルルカの魔術と彼女が広めた“光天教”の勢力を盾に、ミーウは彼女を正妃として迎え入れた。
貴族はもちろん、皇族も当然のように反対した。しかし、ミーウはゴリ押した。それだけ、クルルカを愛していたから。
「クルルカ」
反対する貴族を無視して、光天教の教会で小さな式をあげた。祝ってくれたのは、新皇帝ミーウを慕う民と光天教徒、そして一部の貴族。
それだけいれば満足だった。
「陛下?」
「愛してる。これからも、ずっと一緒だ。君の力で豊かで平和な国を作ろう」
「………はい」
クルルカは幸せそうに笑った。
ミーウも微笑む。ずっとこうしていたい。綺麗な彼女が、ただ笑っていればいい。
「これからよろしくな」
「はい、陛下」
結婚初日にやることは決まっている。
美しく細い線を月明かりだけが照らしている。
しかし、ミーウの手はふと止まってしまう。
………これでいいのだろうか。このまま、彼女を抱いてしまったら、穢してしまわないだろうか。
自分で満たすのは良いことのはずなのに、それ以上に純粋な彼女がいなくなるのが怖くなってしまった。
「陛下?」
「ごめんな……」
「ミーウ?」
クルルカが自分の名前を呼んだ。それがたまらなく愛おしくて、ミーウの心は更に苦しくなった。
「本当に、すまない」
子を残さなければ、正妃として失格だ。でも、一番失格なのは、皇帝である自分だ。
ミーウは黙ってクルルカを抱きしめる。
「大丈夫。ほら、今日はもう寝ましょう」
次の日も、その次の日も、何もしないままベッドの上で話をして眠った。
さすがに数年間そんなことをしていたら、不審に思われても仕方がなかった。
○○○
クルルカは王城をすたすたと歩きながら、図書館までやって来た。
いつもなら、この時間帯はミーウがいるはずだ。
最近では今日の天気くらいしか話すことがないけれど、それでもクルルカはミーウの隣にいたかった。
「ミーウ陛下。このままではいけませんぞ! あの娘は子供が産めないのかもしれません! 貧民は卑しいですからね、そのことを黙っているのでしょう」
確か、ミーウの腹心のはずだ。今までは優しくクルルカの面倒も見てくれていた。
クルルカはチラリと図書館の中を見る。
本を読むのを邪魔されて少しイラついているミーウの後ろ姿が見えた。
「彼女は悪くない。私が……」
「後宮にも美しい女はたくさんいます。陛下のせいではないとご自分で証明されてはいかがですか?」
クルルカは目を丸くした。
ミーウが何かを恐れているのは知っている。結婚初日以来、ミーウの前で服すら脱いだことはない。
男とは三大欲の中でも性欲に特化していると聞いたことはあるが、確かにここ数年、何もしないで大丈夫なのだろうかとはそろそろ思っていた頃だった。
「うるさい。私はクルルカ以外とは寝る気はない」
「では、一生ミーウ陛下がこの国の皇帝でいると? 一生、この国の正妃はあの貧民ですか?」
「彼女を馬鹿にすることは俺が許さない」
クルルカは微かに頬を赤くする。
しかし、腹心はその言葉にさらに言い返した。
「子供を産むのが正妃の務め。それができないなら、暗殺される恐れもあります」
「クルルカを暗殺? お前でも不可能だな」
「あの不可思議な能力のことですか? あんな化け物、この国におくなんて、有り得ませんな。追放したいくらいだ」
「話にならない。出て行け」
クルルカは慌てて扉の影に隠れた。
腹心は余程イライラしていたのか、扉を閉めずに出て行った。
「ほら、クルルカ。出て来い」
クルルカは更に慌てて、ミーウのところまで走って行った。
「盗み聞きをするつもりじゃ……」
「わかっている」
ミーウはクルルカを自分の膝の上に乗せた。
「陛下は子供が欲しくないのですか?」
「…………」
何故だろう。ミーウの顔が直視できない。
「私は欲しいですよ。陛下との子供」
「すまない」
クルルカは視線を下に落とす。ミーウはそれしか言わない。
「私の体にご不満が?」
「違う」
「では、どうして?」
「お前を、俺で汚したくないんだ」
クルルカは、ようやくミーウを見る。綺麗な金色の瞳は、時折見かけるフクロウのようにも見える。
鋭くて、逞しい瞳だ。
「その理論だと、他の女性と子供が作れますけど」
「そうだな」
「一度行ってみてはどうでしょう?」
「お前まで馬鹿を言う気か」
ミーウはクルルカの頬を優しく撫でると、キスをしてきた。
「心配するな。子供なんて、養子でもなんでも取ればいいのだ」
「え?」
クルルカはポカンと口を開けた。
○○○
「ミーウ陛下」
ミーウの実の姉であるマウリが声をかけてきた。
最近はエルフの王朝との国境付近の村を視察しに行っていたはずだが。
「どうした?」
「聞きましたよ。未だに子供ができないそうで」
「姉上には関係ないだろう」
「このままでは、国民の支持率も下がりますよ」
「光天教祖を馬鹿にするな」
「だからです。あの娘が子を産まないのは、皇帝のせいなんて言われたらどうするのです?」
「構わない。事実、俺のせいだからな」
マウリは目を見開いた。
「まさか、貴方達は未だにまぐわいの一つも行っていないというのですか!?」
ミーウは呆れた顔でマウリを見つめた。
その瞬間、ミーウはマウリに首根っこを掴まれて無理矢理後宮に連行された。
汚らしい娘だ。
ミーウは後宮で一番美しいという女を見た時にそう思った。
甘ったるい香水が鼻を異様に刺激し、嫌らしい笑みは視界を不快にさせる。
正直、今すぐにでも帰ってクルルカの匂いに包まれながら眠りたかった。
「いいですか、ミーウ。この者と朝まで過ごすのです」
まさか、マウリが扉に鍵をかけて見張りまで置いていくとは思わなかった。
「クルルカ、許してくれ」
続いて、ミーウは光天教の神々に祈りを捧げる。夢に数度出てきて話したことがある。
「クリオネ様。俺が不甲斐ないばかりに……許せなんて言わない。俺はクルルカ一筋だと伝えてください」
《遺言かよ》
そんな言葉が聞こえた気がするが、ミーウは気のせいだと思い直す。
「陛下?」
光天教ですらない娘に興味などわかない。
「ほら、こちらにおいでになって」
不快だ。
「早く」
露骨に胸やら腰やらを見せつけてくる。
やめろ、気分が悪くなる。
「陛下」
我慢できなかった。
娘を押し倒して、馬乗りになる。娘は嬉しそうな獣の声を上げた。
穢す。この無礼な女を穢す。許さない。俺はクルルカしか愛さない。汚してやる。俺の汚いもので汚してやる!
しかし、娘を汚せば汚すほど、女は馬鹿みたいに嬉しそうな悲鳴をあげた。
苛立ったミーウは夜明けと共に、その娘の首筋に噛み付いた。
○○○
クルルカの部屋には義理の姉であるマウリがいた。
「ミーウはもう来ませんよ」
「え?」
「後宮で一番綺麗な女の部屋に閉じ込めて来ました。ミーウの理論でいうなら、今頃彼女は“穢されて”いるでしょう」
クルルカは目を見開いた。
嫌だ。自分以外と、ミーウが? それがミーウにとって最大の女性に対する侮辱だとしても、相手にとってはそうではない。
ましてや、もし子供ができてしまったら……。
「………いや」
クルルカは立ち上がった。
しかし、マウリがそれを許さない。
「厄介な弟だわ。こんな得体の知れない化け物を嫁にして」
クルルカは、目を閉じる。
神様、神様、どうか助けて。
「離してください!」
クルルカはマウリを部屋の外へ押しやると扉を閉めて、内側から鍵をかけた。
ベッドの上で横になると、ミーウの香りを嗅ぎながら眠りに落ちた。
《どうか悲しまないで。ミーウは、いつだって貴女を思っているから》
「クリオネ様………」
夜が明けていた。
何やら外が騒がしい。
「おい! ミーウ様がリータ様を傷つけたそうだぞ!」
クルルカは急いで着替えて飛び出した。
正妃は後宮へは入れないが、下女のふりをして潜り込んだ。
その部屋は血まみれだった。
部屋から一人の女性が運び出される。首筋と腹の下を必要以上に痛めつけられいるのに、その女は幸せそうな表情をしていた。
「もう、子供は産めないだろう」
医者がそう呟いているのを聞いて、クルルカの体には震えが走った。
『私は欲しいですよ、陛下との子供』
クルルカのかけた呪いかもしれない。
ミーウは女を穢して、子供ができぬように腹を痛めつける。
全ては、クルルカが傷つかないために。
「狂った皇帝だ。余計なことをしなければよかった」
腹心がそう呟いているのを見て、何故だか気分がよかった。
けれど、問題はそこからだった。
ミーウは時折気に入らない女を見つけては後宮で、夜を過ごした。
イラついていることが多くなり、クルルカは話しかける機会を失った。
その頃、帝都の外れにある丘の上で昼寝をするようになった。
エルフの王朝からの街道がある場所の近くで、訪問者をよく眺めた。時々、旅人から面白い話も聞いた。
ミーウにもしてあげたかった。
けれど、できなかった。
丘に木を植えた頃、丘の上にエルフの赤子が捨てられているのに気がついた。
『子供なら養子でも』
ミーウの言葉がよぎった。
帝国最後の皇女にして、世界初の下界から神へとなる人物。
後に彼女はこう呼ばれる。剣神ライザ、と。




