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怪盗は盗んだ宝と恋をする  作者: 野良猫氏
“神の涙”奪還編
28/42

美しいあの子へ

 “獣の神子”レディの後を追い、風月(ふうげつ)神楽(かぐら)、ミーウ、鈴音(すずね)の四人は街中を疾走していた。

 どうやら、“時の神子”オルクリィという人物がルシェルの仲間らしく、その人物とラクルス、リチャラは一緒にいるとのことだった。


「鼻が良いと便利ですね」

「そうだな」


 レディの体からは絶えず血が流れている。動けなくなるのも時間の問題だろう。


「ミーウ」

「何だよ」

「どうして、皇帝の名前を偽名にしたんだ。死ぬ前に本当の名前を教えてくれないか」

「………長くなるぞ」

「どうせまだ距離はある」




 ミーウが生まれたのは南大陸の更に南にあるリーナンシィという小さな村だった。

 ジャングルの奥深くの、人がほとんど立ち寄らない村で、ミーウは魔術師も教会も知らない環境で育った。


 しかし、時折夢を見ることがあった。

 どこか、大きな街の貧民街で幼い少女と二人で一日中遊ぶ夢だ。その夢の中で、ミーウは少女に恋をしていた。愛おしくて、愛おしくて。その感情でどうにかなってしまいそうだった。


 ミーウはその国の次の皇帝で、貧民の少女とは仲良くはなれなかった。しかし、ミーウは見てしまった。

 少女は魔術が使えた。ミーウは魔術というものをよくは知らなかったが、凄いことで、簡単にできることではないとわかった。


 夢の中のミーウは、それを理由に強引に少女と結婚した。少女は嬉しそうに笑って、いつもミーウのそばにいた。

 心は満たされて、ようやく安心できた。


 けれど、国の重鎮は貧民の少女を許さない。

 たとえ、どんなに少女が強くても、新しい宗教の教祖になろうと、どれだけ神に愛されようと、身分は身分だと。

 ミーウは少女を愛していた。愛するあまり、己の穢らわしいものを彼女の中に入れたくなかった。


「陛下?」


 ベッドの上で不思議そうにミーウを見つめる瞳に、ミーウは謝って抱きしめた。


 しかし、皇帝として子供を残さなくてはいけない。

 夢なら覚めろ。どうしてこんなひどい夢を見るんだ。


 ミーウは後宮と呼ばれる場所に連れていかれた。

 少女よりも美しくないものを、どんどん汚していった。気分がよかった。けれど、少女はわかってくれなかった。


 最近は街外れの丘の上でよく昼寝をするらしい。ミーウは隣に誰もいない寂しさを抱えながら仕事をしていた。


「陛下、丘に木を植えたいんです」


「陛下、エルフの子供を拾いました。ライザとかいうらしいです」


「陛下、また拾いました。今度はリランとかいうそうで」


 彼女がお願いをするたびに、ミーウは全てを許可した。頼ってくれることが嬉しくて、話せることが嬉しくて。けれど、少女の笑顔はどこか歪で、ミーウを見てはいなかった。

 それがたまらなく辛かった。


 そして、決して短くはない時間が過ぎた。

 少女の力は多くの者に譲渡され、“天空”の力だけが残っていた。それでも、彼女は最強だった。


 運命の日。

 帝都は戦火に包まれた。得体の知れない黒い化け物がやって来た。

 ミーウは生き残った民を連れて西へ逃げることにした。海を渡れば、追いかけてはこれないはずだと考えた。


「クルルカ?」


 ミーウは少女の名前を読んだ。

 少女は泣きそうな顔で首を振った。


「なんでもありません、陛下」


 ミーウは少女の視線が向いていた方を見た。

 魔力に満ちた、丘の上の木が見える。“神木”なんて、呼ばれていた。


「クルルカ。お前は殿(しんがり)を務めろ。俺のために死ね」


 ゾッとするほど冷たい声が出た。


「………や。置いていかないでください」


 弱々しい声がミーウの心を刺激する。やめろ、俺だってお前と死にたい。


「ダメだ! 別に俺はお前を愛してなどいない! ついてこられても迷惑だ!」

「陛下………。陛下の目の届かないところでも構いません。どうか、どうか」

「使えない“神子”め! どうせ、貴様がこいつらを連れて来たのだろう!? 責任を持って最後まで闘え!!」


 ミーウは涙で濡れた少女の瞳を見た。その瞳が蒼く輝いているのは、元々なのか、涙のせいなのか。

 クルルカを慕う者たちが、一緒に死のうとしていた。

 羨ましい。本当は、俺がそこにいるのに。



「せめて、あの丘の上で、眠るように」



 ミーウは海を越えて、西の大陸へ辿り着いた。

 しかし、突然“神子”が暴れ出した。生き残りのドワーフを全て殺したのだ。

 最後の一人であったミーウを見て、“神子”は言った。


「貴方を殺して、私も自害する。そうすれば、長命種はいなくなる。神はそう望んでいる」


 ミーウは逃げ出した。

 せめて、残さなくては。自分の想いを、愛しいあの子へ。ああ。こんなことなら、残れば良かった。あの丘の上で、あの子と二人で、死にたかった。


 次は、全部全部守れる能力(ちから)を。

 国も、民も、クルルカも。全部守れるくらい、大きくて、強い能力を。どうか、神様。



 夢は、こうして覚めた。

 目覚めた時、ミーウは母親に抱きしめられた。熱にうなされ、一週間も眠っていたらしい。

 けれど、ミーウはもう本名を名乗る気は起きなかった。


 北に行けば、あの子に会えるだろうか。


 世界中旅をすれば、もしかしたらあの子に会えるだろうか。


 こうして、放浪癖のある変わり者、ミーウが生まれた。

 彼の魔術は〈防御障壁(ディフェンド)〉。誰かを守る能力である。




「ん?」


 レディが首を傾げた。


「それって、君が皇帝みたいに聞こえるんだけど……」

「北の魔術師から転生の話を聞いた時は驚いたな」

「ええぇ?」


 ミーウは前方を見る。

 リティアが無駄に綺麗な服を着た男と戦っている。ラクルスとリチャラもいる。それに、謎の“神子”もいた。


「これから集まってくるぞ」

「構わない。俺が全部守る」


 黙って話を聞いていた他の三人を代表して、風月が口を開いた。


「奇襲を仕掛けます。神楽は魔術を」

「了解」


 瞬間、気配も音も、全て消えた。

 〈暗殺者(アサシン)〉。これが“静寂の神子”の能力である。

 ミーウは、最高神官の真横までくると、顔面に思いっきり膝蹴りを喰らわせた。


   ○○○


 俺は、爆音の方を見た。


「なあ、あっちに行かないか?」

「え?」


 アリスがため息をついた。理由はわかる。教会を目指していたが、俺が指差したのは反対方向だ。


「ラクルスのことだ。捕まってるなんて有り得ないだろ」


 それに、オルクリィもいるしな。


「そうですね。入れ違いになった可能性はあるかと」


 ラビットが頷く。葉月(はつき)も頷いた。


「あちらから、高い魔力を検知。最高神官のものと推測。交戦中ですよ、おそらく」

「ラクルスとリチャラは魔術師じゃないわ」

「とりあえず、行ってみよう。どっちにしろ、俺らじゃ教会には入れない」


 アリスを無理矢理説得して、俺たちは逆方向へ走り出した。



「ねえ」


 アリスが青ざめた顔で話しかけて来た。


「なんか、グルグル回ってない? あの店、さっきも見たわよ」

「何で………」


 俺は言葉を失った。俺の魔術があれば、問題ないはずなのに。


『馬鹿め! 俺にかかりやがったぞ!』

「!」


 そこにいたのは、大蛇だ。


「魔族?」

「最高神官のペットでしょうか」


 ラビットがマスケットを構える。アリスも魔力を込め始めた。葉月は冷静に辺りを分析している。


「やるぞ!」


 俺は大蛇に向かって走り出す。

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