美しいあの子へ
“獣の神子”レディの後を追い、風月、神楽、ミーウ、鈴音の四人は街中を疾走していた。
どうやら、“時の神子”オルクリィという人物がルシェルの仲間らしく、その人物とラクルス、リチャラは一緒にいるとのことだった。
「鼻が良いと便利ですね」
「そうだな」
レディの体からは絶えず血が流れている。動けなくなるのも時間の問題だろう。
「ミーウ」
「何だよ」
「どうして、皇帝の名前を偽名にしたんだ。死ぬ前に本当の名前を教えてくれないか」
「………長くなるぞ」
「どうせまだ距離はある」
ミーウが生まれたのは南大陸の更に南にあるリーナンシィという小さな村だった。
ジャングルの奥深くの、人がほとんど立ち寄らない村で、ミーウは魔術師も教会も知らない環境で育った。
しかし、時折夢を見ることがあった。
どこか、大きな街の貧民街で幼い少女と二人で一日中遊ぶ夢だ。その夢の中で、ミーウは少女に恋をしていた。愛おしくて、愛おしくて。その感情でどうにかなってしまいそうだった。
ミーウはその国の次の皇帝で、貧民の少女とは仲良くはなれなかった。しかし、ミーウは見てしまった。
少女は魔術が使えた。ミーウは魔術というものをよくは知らなかったが、凄いことで、簡単にできることではないとわかった。
夢の中のミーウは、それを理由に強引に少女と結婚した。少女は嬉しそうに笑って、いつもミーウのそばにいた。
心は満たされて、ようやく安心できた。
けれど、国の重鎮は貧民の少女を許さない。
たとえ、どんなに少女が強くても、新しい宗教の教祖になろうと、どれだけ神に愛されようと、身分は身分だと。
ミーウは少女を愛していた。愛するあまり、己の穢らわしいものを彼女の中に入れたくなかった。
「陛下?」
ベッドの上で不思議そうにミーウを見つめる瞳に、ミーウは謝って抱きしめた。
しかし、皇帝として子供を残さなくてはいけない。
夢なら覚めろ。どうしてこんなひどい夢を見るんだ。
ミーウは後宮と呼ばれる場所に連れていかれた。
少女よりも美しくないものを、どんどん汚していった。気分がよかった。けれど、少女はわかってくれなかった。
最近は街外れの丘の上でよく昼寝をするらしい。ミーウは隣に誰もいない寂しさを抱えながら仕事をしていた。
「陛下、丘に木を植えたいんです」
「陛下、エルフの子供を拾いました。ライザとかいうらしいです」
「陛下、また拾いました。今度はリランとかいうそうで」
彼女がお願いをするたびに、ミーウは全てを許可した。頼ってくれることが嬉しくて、話せることが嬉しくて。けれど、少女の笑顔はどこか歪で、ミーウを見てはいなかった。
それがたまらなく辛かった。
そして、決して短くはない時間が過ぎた。
少女の力は多くの者に譲渡され、“天空”の力だけが残っていた。それでも、彼女は最強だった。
運命の日。
帝都は戦火に包まれた。得体の知れない黒い化け物がやって来た。
ミーウは生き残った民を連れて西へ逃げることにした。海を渡れば、追いかけてはこれないはずだと考えた。
「クルルカ?」
ミーウは少女の名前を読んだ。
少女は泣きそうな顔で首を振った。
「なんでもありません、陛下」
ミーウは少女の視線が向いていた方を見た。
魔力に満ちた、丘の上の木が見える。“神木”なんて、呼ばれていた。
「クルルカ。お前は殿を務めろ。俺のために死ね」
ゾッとするほど冷たい声が出た。
「………や。置いていかないでください」
弱々しい声がミーウの心を刺激する。やめろ、俺だってお前と死にたい。
「ダメだ! 別に俺はお前を愛してなどいない! ついてこられても迷惑だ!」
「陛下………。陛下の目の届かないところでも構いません。どうか、どうか」
「使えない“神子”め! どうせ、貴様がこいつらを連れて来たのだろう!? 責任を持って最後まで闘え!!」
ミーウは涙で濡れた少女の瞳を見た。その瞳が蒼く輝いているのは、元々なのか、涙のせいなのか。
クルルカを慕う者たちが、一緒に死のうとしていた。
羨ましい。本当は、俺がそこにいるのに。
「せめて、あの丘の上で、眠るように」
ミーウは海を越えて、西の大陸へ辿り着いた。
しかし、突然“神子”が暴れ出した。生き残りのドワーフを全て殺したのだ。
最後の一人であったミーウを見て、“神子”は言った。
「貴方を殺して、私も自害する。そうすれば、長命種はいなくなる。神はそう望んでいる」
ミーウは逃げ出した。
せめて、残さなくては。自分の想いを、愛しいあの子へ。ああ。こんなことなら、残れば良かった。あの丘の上で、あの子と二人で、死にたかった。
次は、全部全部守れる能力を。
国も、民も、クルルカも。全部守れるくらい、大きくて、強い能力を。どうか、神様。
夢は、こうして覚めた。
目覚めた時、ミーウは母親に抱きしめられた。熱にうなされ、一週間も眠っていたらしい。
けれど、ミーウはもう本名を名乗る気は起きなかった。
北に行けば、あの子に会えるだろうか。
世界中旅をすれば、もしかしたらあの子に会えるだろうか。
こうして、放浪癖のある変わり者、ミーウが生まれた。
彼の魔術は〈防御障壁〉。誰かを守る能力である。
「ん?」
レディが首を傾げた。
「それって、君が皇帝みたいに聞こえるんだけど……」
「北の魔術師から転生の話を聞いた時は驚いたな」
「ええぇ?」
ミーウは前方を見る。
リティアが無駄に綺麗な服を着た男と戦っている。ラクルスとリチャラもいる。それに、謎の“神子”もいた。
「これから集まってくるぞ」
「構わない。俺が全部守る」
黙って話を聞いていた他の三人を代表して、風月が口を開いた。
「奇襲を仕掛けます。神楽は魔術を」
「了解」
瞬間、気配も音も、全て消えた。
〈暗殺者〉。これが“静寂の神子”の能力である。
ミーウは、最高神官の真横までくると、顔面に思いっきり膝蹴りを喰らわせた。
○○○
俺は、爆音の方を見た。
「なあ、あっちに行かないか?」
「え?」
アリスがため息をついた。理由はわかる。教会を目指していたが、俺が指差したのは反対方向だ。
「ラクルスのことだ。捕まってるなんて有り得ないだろ」
それに、オルクリィもいるしな。
「そうですね。入れ違いになった可能性はあるかと」
ラビットが頷く。葉月も頷いた。
「あちらから、高い魔力を検知。最高神官のものと推測。交戦中ですよ、おそらく」
「ラクルスとリチャラは魔術師じゃないわ」
「とりあえず、行ってみよう。どっちにしろ、俺らじゃ教会には入れない」
アリスを無理矢理説得して、俺たちは逆方向へ走り出した。
「ねえ」
アリスが青ざめた顔で話しかけて来た。
「なんか、グルグル回ってない? あの店、さっきも見たわよ」
「何で………」
俺は言葉を失った。俺の魔術があれば、問題ないはずなのに。
『馬鹿め! 俺にかかりやがったぞ!』
「!」
そこにいたのは、大蛇だ。
「魔族?」
「最高神官のペットでしょうか」
ラビットがマスケットを構える。アリスも魔力を込め始めた。葉月は冷静に辺りを分析している。
「やるぞ!」
俺は大蛇に向かって走り出す。




