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怪盗は盗んだ宝と恋をする  作者: 野良猫氏
“神の涙”奪還編
27/42

光天教祖 其の零-1

 その少女は、北大陸の山人族(ドワーフ)の帝国の貧民街で生まれ育った。


 幼い頃から人の者を盗み、搾取される側として生きて来た。美しい容姿だけは貧民街で飛び抜けていて、時には物好きな金持ちが彼女を見つけ出そうとした。


 しかし、少女は勘が優れており誰も見つけることができない。そこでとある貴族が作戦を立てた。

 わざと大金を持って少女を誘き出そうとしたのである。しかし、作戦は失敗した。

 ゴロツキに襲われた貴族は無惨な姿で見つかったという。


 それから美しい貧民街の姫は、帝国の幻となり彼女にお金を盗まれると幸運になるという噂まで広がった。

 しかし、少女は姿を現さない。

 そんな中、当時の皇太子が物珍しさに立ち上がった。



「かみさま、かみさま、今日はどこがいいですか?」


 少女………クルルカは小さな石ころを笑顔で見つめてクルクルと周りながら言う。


 貧民街の奥にあるドブ川の橋の下の、小さな荒屋の前だ。ドブ川からは腐った食べ物と借金で自殺した男たちの死体、それから体を売り感染症になった貧民街の女の死体の臭いがしてきていた。

 しかし、クルルカにはそれが日常なので気になっている様子はない。

 それに、荒屋の隣には皮袋が置かれており変な臭いもしていた。他でもない、クルルカの母親である。


《今日ハ、南ノ大通リ。一番綺麗ナ服ノ男》


「はぁい」


 クルルカは“かみさま”の言う通りに生きていた。

 間違いはなく、必ず上手くいった。


 “かみさま”というのは、クルルカが作った空想の存在であった。しかし、幼いクルルカは自分自身を『かみは存在し、自分を助けてくれる』と洗脳してしまった。

 そして、後の“遊戯の神”、最高神クリオネが生まれる。


 それから、クルルカは『かみは複数いる』という考えを取り入れた。更に、『かみは全てのものをつかさどる』と考えた。


 彼女だけしか信者はいなかった。

 難しいことを考えているくせに、話す相手が誰もいなかったのである。

 その当時存在したかみは“遊戯”、“天空”、“水源”、“大地”の四柱だけだったが、光天教の誕生により数を増やしていくこととなる。


 魔力だけは世界を漂い、存在していた。稀に、魔力を宿す人間もいたが誰も気づかなかった。

 しかし、クルルカはその魔力を無意識のうちに使用し、神を創り出した。


 そして、四柱の加護を独り占めしていたのである。

 故に、最強。そして、最凶であった。


 後に、その加護は別の人物に継承され、最高神となった“遊戯の神の加護”は無くなってしまうのだが、それは別の話である。



 そんなわけで、クルルカは南大通りで一番綺麗な服の男を探していた。


「あ、いた!」


 クルルカは笑いながら、走り出す。きっと間抜けな貴族に違いない。貴族はいつも自分達から金を奪う。自由を奪う。だから、今回は自分が金を奪う。


 クルルカは金貨の入った皮袋を掠め取る。


 そして。


「待て」

「きゃっ」


 手首を掴まれた。

 恐ろしさに身体が震える。こうやって貴族に捕まったドワーフがどうなるのかはよく知っていた。


「や、かみさまのうそつき! はなせぇ!」

「お前が、貧民街の姫?」

「うぅ! かみさまぁ、かみさまたすけてぇ」

「カミサマ? どんな生き物だそれは?」


 クルルカは涙と鼻水でぐしょぐしょの顔をその男に向けた。男は嫌そうな顔をしてクルルカの顔を白いシルクのハンカチで拭く。


「ほら、泣くな。ハンカチやるから」

「たべられない……」

「食うな」

「はむっ」

「食うなって言ったよな!?」

「ミーウ様!」


 騎士がやって来た。どうやら、ここまでのようだ。


「その不届き者が? では、王城に」


 クルルカはため息をついた。どうやら、ここまでか。


《ダメ。ホラ、力使エ》

《早ク使エ》


 クルルカは地面の石ころを見た。

 地面に突き刺さってとれそうもない。けれど、動かせる気がした。


「えい!」


 騎士が股間から頭まで真っ二つになる。

 武器は地面から隆起した細い塔だ。まるで剣のように鋭く尖っている。


「は?」

「ミーウ様をお守りしろ!」

「! 待て!」


 今度は騎士が爆発した。

 滴った血が紐のように動き出して、更に他の騎士を縛り上げた。血の紐はどんどん騎士を締め付けて、最終的にバラバラにした。


「お前……」

「見て見て! すごいでしょ、かみさまのおかげなの!」


 クルルカは無邪気に笑う。


「なまえは?」

「名前? 私は、ミーウだが」

「あたしクルルカ! 今おなかすいてる!」


 ミーウは鳥肌が立つのを感じた。人を殺すことに何の躊躇いもなかった。こうして死体の山ができても何も思っていない。

 皇帝が貧民街の人間が危険だと言う意味が、わかった気がした。

 貧民街はいつも、誰かが殺し、殺される。王城の中で守られて生きてきたミーウとは違う。でも、それが美しいと思ってしまった。


「クルルカ。その金はお前にやる。早く行け」

「ミーウ?」

「早く。騎士がまた来ないうちに」


 クルルカは名残惜しそうにしばらくミーウの顔を眺めていたが、にっこりと笑って頷いた。


「またね、ミーウ!」


   ○○○


 ミーウは夜空を見上げてため息をついた。

 クルルカのことが忘れられない。自分もまだ子供で、好奇心で街まで行った。思いのほか、大量の犠牲者が出たせいもあって、父親である皇帝から外出禁止が言い渡された。

 おそらく、息子の安全を願ってだろうが。


 それでも。


「また会いたい」


 そうか。これが。


「一目惚れしちまった………。次期皇帝が、貧民なんかに」


 ミーウは立ち上がった。

 臨時の護衛はまだミーウに慣れていない。外出するなら今しかない。


「よし」


 ミーウは窓から逃げ出した。


   ○○○


 クルルカはいつも通り、家の前でくるくると回っていた。


「かみさま、かみさま、今日はなにしたの?」


《家ノ上ヲ、ヨク見ナサイ》


「うえ?」



 クルルカは橋の上にやって来た。

 黒いフードの男がキョロキョロと辺りを見回している。よく見ると昨日会った貴族の青年だった。


「なにしてるの?」

「うわっ」


 ミーウはふうとため息をつくとクルルカの頬に手を添えた。


「良かった。実は君に会いに来たんだ」

「こんな星のきれいな夜に?」

「ああ。今日しかなかった。君の家はどこだ?」

「この下」

「え?」



 ミーウは不安そうに家の入り口を見た。扉などはなく、ドブ川の臭いが辺りに漂っている。


「なあ、まさかこの水で体を洗うんじゃないよな?」

「だいじょうぶ!」


 クルルカはくるくると回り始めた。ミーウは不気味なものを見る目でクルルカを見つめる。


「かみさま、かみさま、お水をください。体をきれいにします」


《自分デ出シナサイ》


 クルルカは目を丸くする。

 いつもは出してくれるのに!


「うー?」

「大丈夫か?」

「だいじょーぶじゃなかった! この前みたいに」


 クルルカは「うーん、うーん」と唸り始めた。ミーウは無言で家を除く。

 皮袋が無造作に床に置かれており、中の金貨が飛び出ていた。ミーウはぞっとした声を上げてクルルカを見た。

 そして、さらに悲鳴を上げた。クルルカが無駄に綺麗な木のたらいに水を入れていた。

 水は手のひらから出ているように見える。


「お、お、お前?」

「ほら、どうぞ。お水」


 ミーウは中を覗き込む。どの水よりも綺麗だ。


「これは?」

「せいすい!」

「セイスイ?」

「うん! きれいできよらかな水!」


 ミーウはそっと掬って飲む。体の疲れが取れる気がした。そして、王城の占い師や錬金術師が言っていたことを思い出す。


「この世界には奇妙な力があるらしいからな」

「まりょく?」

「何だ、それは?」

「かみさまが言ってたよ。この世界はまりょくであふれているんだって!」


 ミーウはそっと服を脱ぐ。


「お父さんの服があったはず! 持ってくるね!」

「この服があるが?」

「そんなんじゃ、すぐにみつかっちゃうよ? かくれんぼするんでしょ?」


 当たらずとも遠からずな返答に、ミーウは頷くしかなかった。



 クルルカの父親は家の端に袋でまとめられており、見かねたミーウはセイスイをそれにかけた。

 不思議と臭いがなくなり、骨まで消えた。


 まさかと思って残りのセイスイを川に流した。

 流したあたりのドブ水が透き通った色になる。しかし、すぐに上流のドブ水に押し流されて行ってしまった。


「すげぇな」

「ミーウ」

「ん?」

「じつはベッドないの」



 雑魚寝というものがあるのは知っていた。

 下級騎士は皆んな雑魚寝だと聞いたことがある。まさか、皇族たる自分がすることになるとは思わなかった。

 ドブ川の臭いで眠れない。


「クルルカはすごいとこに住んでるんだな」

「へへ。ミーウほどじゃないよ」


 ミーウは天井を見つめた。

 雨が降ったら壊れてしまいそうなほどに脆い。


「明日は何しようか?」

「いつもはかみさまにきくけど………」


 クルルカの美しい空色の瞳がこちらを見た。

 ミーウは息を呑んで、その瞳に吸い込まれる。


「二人で考えてみる?」

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