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怪盗は盗んだ宝と恋をする  作者: 野良猫氏
“神の涙”奪還編
26/42

狼少年

 アリスは走っていた。

 魔力で息が詰まりそうだ。一体、どんな戦いをすればこうなるのだろう。


「待ちな」


 鈴音(すずね)が険しい顔で立ち止まる。


「“水源の神子の御付き”よ」

「やあ。俺はレディ。男だけど、ね」

「嘘吐きみたいな名前ね」

「狼少年と呼んでくれないか? 俺は、強いんだよ」


 アリスはすぐに反応した。

 瞬間、レディが加速する。


「ミーウ、防御!」

「〈防御障壁(ディフェンド)〉!」


 全ての人間を出す。この男は、ヤバい。他にも沢山の気配がある。この街は魔術師だらけに違いない。


「あれ?」


 レディは間抜けな声を上げた。その姿に、ミーウが息を呑む。

 鋭い牙、四つ脚、ふさふさの尾。


「“獣の神子”かよ……!」

「ご名答。弱いなんて言わせないぜ? てか、オシャレな名前じゃないか」

「あ?」

「太古の昔の古代文明最後の皇帝の名前だろ?」


 ミーウの表情が固まる。

 北では珍しい名前ではない。ミーウ、クルルカ、ライザなど北生まれの偉人の名前を我が子にも付けようとする親はたくさんいる。

 しかし、ミーウの場合は事情が違った。


「俺んは偽名だっつーの」

「…………どうして、わざわざ偽名を?」

「さあてね」

「というか、〈防御障壁(ディフェンド)〉って何の属性だい? ()()()()()()()んだけど」

「おしゃべりはここまでだ」


 今まで黙っていた風月(ふうげつ)が皆んなに指示を飛ばした。


「ルシェル、、アリス、ラビット、葉月(はつき)は教会へ向かい、ラクルスとリチャラを回収してください。残りは(わたくし)とこの獣の足止めを」

「へえ、君と得体の知れない防御役と“空間の神子”と元御付きで、俺の足止め? 舐めてもらうと困るんだけど?」


   ○○○


 リティアと百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の二人は、微かに漂う“水源の神子”の魔力を辿って街中を疾走していた。


「ふふふ、楽しいわね。こんなヤンチャ、今までしたことなかったから」

「こんな非常事態に非常識な」


 繚乱は呆れた顔でリティアを見つめる。


「でも、“神子”の本体はいなさそうね」

「それなら、あまり意味はないのでは?」

「ええ。目的はあくまでも“神の涙”。では、そちらに行くとしましょうか」


 二人は方向を変える。

 その瞬間、足元から水が噴き出した。


「ちっ、やはり追われていたか」


 水が人の形へと変化する。間違いなく、“水源の神子”だ。


「逃がしませんよ」

「面倒な」

「ここは一つ、力を合わせませんか?」

「?」


 リティアはクスクスと嫌らしい笑みを浮かべながら、“水源の神子”を見た。


「トラウマを与えてやりましょう。一瞬で水が消える魔法のような技があるのです」

「いや、私達が使うのは魔法だから」


 リティアは作戦を伝える。


「でも、それって街が……」

「問題ありません。後片付けは、神楽に任せます!」


 二人の魔力が高まる。

 強風が地面の砂を巻き上げた。


「「【砂嵐(サンドストーム)】!」」


 街は一瞬にして、砂と暴風に包まれた。


   ○○○


「! 入れ!」


 ミーウは咄嗟に仲間を結界に招き寄せた。


「ぐぁあああ!!!」


 レディの悲鳴が聞こえる。砂嵐だ。


「一体、誰がこんな」

「“神子”だ。昔、み……聞いたことがある。古代文明でドラゴンの群れが王朝と帝国を襲った時、クルルカの発案でリランと共に【砂嵐】を起こしたと」

「へえ」

「博識なクルルカを王朝も帝国も褒め称え、褒美を与えるように各国の長に頼んだそうだ」

「クルルカさんは何を求めたんですか?」


 鈴音が尋ねる。

 ミーウは遠い目をして呟いた。


「皇帝陛下の手料理」

「文献にありましたね。確か『傲慢な“神子”』というタイトルでしたっけ。その出来事より遥か後に書かれた話らしいですけど」

「帝国滅亡前は、妃だったクルルカの評判は地に落ちていたそうてますからね」


 ミーウは首を横に振った。


「皇帝が馬鹿だったんだよ。クルルカを大切にし過ぎて、勘違いされたんだ」

「へ?」

「西で見つかった“最期の手記”ですよ。パラライドに保管されてますけど、あまり有名ではないですからね」



『あの子は きっと あの地で死にたかっただろう。 あの丘の上で 滅びゆく帝国を 眺めながら死にたかったろう。

 愚かな私を 許しておくれ。 もし 私が皇帝などではなければ 愛しいあの子と 死にたかった』



 鈴音は目を見開く。

 古代文明で有名なのは、皇帝陛下の後宮通いと妃に対する冷たさである。その証拠に、クルルカと皇帝の間に子供は生まれておらず、クルルカは処女のまま死んだという噂まである。


「北では有名な話ですよ。愛するあまり、己で穢すのを躊躇ったのです」

「クルルカさんは、そのことを?」

「さあ。聞けるものなら聞いてみたいですよね。彼女が何を考えていたのか」


 ミーウは無言で空を見つめた。

 しかし、砂嵐で、何も見えない。


   ○○○


「やった………」


 繚乱はポツリと呟いた。

 先程まであった水溜まりも噴水の水もなくなっている。全て、土に帰ったのだ。そして、その土は風が遠くへ運んで行った。


「急ぎましょう」

「ええ」


 再び走り出す。

 街中には逃げ遅れた市民の憐れな死体が幾つか転がっていた。かつての作戦は、あらかじめ予告をしていたため、ドラゴンしか死ななかったが、今回は違う。


「“神の涙”ついでに神楽の力も取り戻したいのだけど」

「どこにあるの?」

「再契約するのよ」


 邪神によって引き裂かれた絆を取り戻すには、最高神の許可が必要である。その為には一度教会へ行かなくてはいけない。


「危険じゃないの?」

「行ける」


 リティアは断言する。


「神だって馬鹿じゃないのよ」


 邪神を嫌い、いつだって最高神を思っている。


   ○○○


「な、なんかヤバかった!」

「よく知ってたな、こんな通路」

「世界中の地下通路は熟知してるつもりですから」


 ラクルスとリチャラを急いで地下通路の入り口に押し込んだオルクリィはバクバク鳴る心臓を落ち着かせながら言う。


「あのドワーフ姫が復活するなんて……。世も末ね」

「ん?」

「ほら、急いでルシェル達と合流しましょう」

「どうしてルシェルの名前を?」


 オルクリィはそれには答えずに地下通路を出る。


「あ、いた!」

葉月(はつき)!」


 リチャラが目を細める。

 オルクリィがハッと目を見開く。


「止まって!」

「リチャラ!!」


 リチャラは反射的に後ろへ下がった。


「いひひひひ、まさか見破られるとはね」

「“幻影の神子”です」

「ヤバいヤバいヤバい」


 ラクルスは無言で剣を抜く。オルクリィの魔力は使えない。こんな雑魚相手に使える能力ではないのだ。


「逃さんぞ!」

「最高神官………」

「それはこっちのセリフです!」


 爆風が最高神官を襲う。


「クルルカか。よくもまあ、“大天災”の味方になったな!」

「そうですね。ですが、少なくとも貴方の味方にはなれません」

「だろうな。“天空の神子”がいない間に光天教を潰したしな」


 ニヤリと笑う最高神官に表情を変えないリティア。それが気に入らないのか、最高神官も無表情になる。


「さて、茶番は」

「我が“天空の神”よ。我が願いを聞き届けたまえ」

「!?」


 これは祝詞である。そして、この祝詞が神に届けば戦況がひっくり返るどころの話ではなくなる。


「くそっ! “伝播の神子”! 教会の魔術師に命じろ! 敵を殲滅せよと!」

「我が“御付き”神楽の能力(ちから)は悪しき魔神に奪われました。慈悲深き神よ、どうか我が(しもべ)にもう一度戦う力を与えて下さい」


 最高神官はリティアを睨む。

 完全に油断していた。今回の“天空の神子”は、記憶も戻らず言いなりにしかならないと思っていた。

 何が彼女を変えた? 誰が彼女を変えたのだ?


 いつだって、“天空の神子”を目覚めさせるのは……。


「皇帝ミーウ! 己、探し出して血祭りに上げてくれるっ」

「馬鹿言わないで」


 リティアは悲しそうに目を伏せた。


「陛下はどこにもいない。血祭りになんてできないわよ」


 最高神官はそんな彼女を鼻で笑った。

 皇帝のいない“天空の神子”など、光天教祖など、聖教会の敵ではない。


   ○○○


 【砂嵐】がおさまった。

 ミーウは〈防御障壁〉を解除して“獣の神子”を見つめた。確か言い伝えでは千年前の“天空の神子”の御付きだったはずだ。

 “獣の神子”レディは身体中から血を流してはいるものの生きていた。


「どうする?」

「もう死にかけ……」


 ミーウが言いかけたその時、レディが立ち上がった。


「許さないぞ、神楽ぁ!」

「な、何が……」

「本当なら俺が“あの方”の御付きになるはずだったんだ! 俺は、ただ恩返しがしたかっただけなのに! 昔できなかった恩返しが…」

「お前、何で記憶が……?」


 ミーウは一歩下がった。


 その時、神楽の体が淡く光った。目の前に小さな男の子が現れた。


「“静寂の神”」

「え?」


 神楽が驚いたように少年を見る。


《はじめまして、僕の“神子”》


 全ての者の時が止まる。


《クルルカにお願いされたら仕方ない。一肌脱ごうと思ってね。君に力を返そうと思って》


 “静寂の神”が光球を差し出す。それは、神楽の中に入っていった。


《嵐の前のように静かに。狩りをする鳥のように冷静に》


「はい」


 神楽は我に返って頷く。



「“獣の神子”どうして記憶が」


 ミーウの呟きに“獣の神子”はふんと鼻を鳴らした。


「神の魔力で保護されていた記憶が、何者かに破壊されたのさ。まあ、たまに夢には見てたからそれも原因なんだろうがな」

「何者かに、破壊?」


 ミーウは息を呑んだ。

 魔力に干渉できる能力者は一人だけだ。


「ルシェル? でも、どうして“獣の神子”に接触している?」

「………オルクリィだよ。アイツに接触してるとこを目撃して口封じされた時だ」


 レディは空を見た。


「俺はどうせ死ぬ。だから、せめて神楽をと思っていたが」


 ミーウはハッとレディを見つめ返した。


「記憶が戻ったのも何かの縁だ。あの方の役に立ってみせよう」

狼少年は誰だ?

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