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怪盗は盗んだ宝と恋をする  作者: 野良猫氏
“神の涙”奪還編
25/42

光天教祖 其の三

「クルルカ、本気?」


 合流したリランとナーシィはクルルカとオーリィから事情を聞き、顔を顰めた。


「嫌なら、帰ればいい」

「いや。確かに、表世界に長命種がいるのは見過ごせないよ」


 ナーシィは一人で納得した。おそらく、自分の行動を正当化したいのだろう。

 そして、リランは静かにクルルカを見つめた。


「安寧を求めて来た者を、皆殺しにするの?」

「貴女にはわからないでしょう。死んだことがないから」


 クルルカは空の向こうを見た。


「死んだ瞬間、痛みが消えた瞬間、私の中にあったのは、怒りでした。でも、神様はおっしゃった」



《よく頑張りましたね。私の可愛い“神子”。どうかしばらくの間、幸せになりなさい》



「死ねば楽になる。恐怖も怒りも痛みも全部神様が消し去って下さる。与えてあげましょう。真の安寧を」


 オーリィが体を震わせた。ナーシィもかすかに怯えた色が見える。

 そして、リランはため息をついた。


 確かに、彼女とは仲が悪いかもしれない。けれど、彼女は悪いドワーフではなかった。いつも昼寝ばかりして、教祖の威厳など無く、静かに国を眺めていた。


 いつだったか、そんな彼女に尋ねたことがある。『眺めるだけの世界に、何の意味があるのか』と。

 彼女は歌うように呟いた。『意味などないから、素晴らしいのだ』と。


 あの時のリランは幼く、結局理解できなかったが、今ではわかる。ただ眺めるだけでいい、平和な世界が素晴らしいのだと。

 今のクルルカは、世界を眺めてはいない。それは、つまり。


「私、もう一度、貴女と丘の上で昼寝をしながらあの国を眺めたいわ」

「急にどうしたの」


 クルルカはリランから目を逸らした。照れているらしい。


「貴女の世界に、地獄はいらないのね」

「………ええ。地獄を排除するには、まずは地獄に行かなくちゃね」


   ○○○


 生命旅団の里は西大陸のジャングルの奥地にあった。“生命の神子”、ローリエはそんな里の一番奥にある一番大きな建物の中にいた。

 文明はさほど進んでいないのか、中央大陸に比べてやや劣る構造の建物が目立つ。


「“神子”さま、お食事です」

「外が騒がしいわ」

「安心を。虫が入っただけでございます」

「そうなの?」


 ローリエが食べ物を口に運ぼうとしたその時、建物の天井から人が落ちて来た。男だか、女だかわからない格好をしている。


「貴様、“神子”さまに!」

「いててて、ヤベェよ、あの人ヤバい。人間砲台だ!とか言いながら俺を本陣に投げ捨てたよ? 骨折れた、マジ、死ぬ」

「大丈夫ですか?」


 ローリエは男?の言っていることが理解できなかった。ただ、怪我をしているのなら治さなくてはと思った。

 魔力を込めて傷を癒す。


「あ、ありがとう。君の名前は? ここは危ないから、子供は逃げなよ」

「私はローリエ。里の長である私が逃げることはありません」


 男?はゾッとした小さな悲鳴をあげた。


「あの、女、マジかよ………。尚更、逃げろ! アイツが来る前に」

「誰が来る前に誰を逃そうとしているのですか、オーリィ」


 オーリィと呼ばれた人物は、ローリエを後ろに庇った。


「まだ子供みたいだぞ!」

「そうですね。なら、大人になってからにしましょう」

「「え?」」


 ローリエの体に衝撃が走った。脇腹から血が流れている。さっきまで立っていた従者が倒れている。

 ローリエは急いで傷を治し、従者の傷も癒した。しかし、意識が戻らない。死んでいるのだ。

 手加減された。死なないように、傷つけられた。


「あ、あ」

「ほら早く逃げないと」


 女は薄ら笑いを浮かべてそう言った。


「“神子”様! 早く逃げてください!」

「耳障りね」


 入って来た男の頭が消し飛ぶ。性格には、口が爆発した。空気を操っているのか。


「クルルカ! どうして、こんなにも無垢な少女を痛めつけられる!? お前は、どうして、こんな、酷いことができるんだ!?」

「邪教徒には、鉄槌を」


 直後、里から悲鳴が上がった。

 ローリエは走り出す。


   ○○○


「オーリィ」


 怒りに燃えたオーリィの瞳がこちらを向く。


「大人になったら、捕まえましょう?」

「痛めつけたのは、恐怖を植え付けるためか」

「大人になった時、絶滅する邪教。死ねば幸せになる。間違いないと思わない?」

「性格悪いわよ」


 後ろからやって来たのは、里の男を殺し尽くした二人の“神子”である。


「ま、人のこと言えないよ」


 “水源の神子”は欠伸混じりに言う。


「敵さんに魔術師いなくて助かった。あとは全部任せるよ、クルルカ、オーリィ」

「わかった」

「私は最後までいるからね」


 リランはそう言う。オーリィは顔を顰めた。生命旅団は、もう逃げられない。



《クルルカ!》


「どうしたの、そんなに声を荒げて」


《自分が何をしたのか理解してる!? あんなにも、無害な者達を》


「邪神の配下に慈悲は必要ないわ。私は、自分の目的を果たすためなら何だってする。もう一度、あの丘から世界を眺めてみたい」


《邪神が憎い?》


「ええ。必ず、殺す」



 クルルカは目を開いた。どうやら、今日は自分で去って行ったようだ。神と喧嘩をしたのは初めてだった。少し凹んだのは、内緒である。



 光天教の聖地、プロパムへ帰って来た。しばらくは、のんびりできそうだ。


「クルルカさまぁ〜!」


 ネズミのように小柄な影がクルルカを取り囲んだ。

 光天教孤児院の子供達だ。


「ダジャさま怒ってたよー」「何したのー」「どこ行ってたのー?」

「ダジャね」


 ダジャはクルルカの御付きである。

 “獣の神子”で、光天教に拾われた孤児の一人。そして、そんな孤児院の院長も務めている忙しい人物だ。


「大丈夫、私のことは黙っておいてね」

「そうはいきませんから!」


 クルルカは声の主を見た。

 眼鏡をかけた鋭い瞳は間違いなくクルルカを捉えている。


「ダジャ、これには深い訳が」

「聞きましたよ! どうやら、教会に手を貸していたようですが、中央の新王の犬ですよ! そう都合良く利用されては光天教祖の格が落ちます!」

「はいはい、そうね」


 クルルカはふと立ち止まる。

 良いことを思いついた。


「ねえ、ダジャ。見張って欲しい一団がいるの」

「はあ」

「生命旅団というのだけど」

「まさか、それを追い詰めて来たなんて言いませんよね」


 どうやら、ダジャは生命旅団を知っているらしい。口うるさいが、ちゃんと連れて行くべきだったか。


「そうよ。それを」

「嫌ですよ。私は彼らに命を救われた。この御付きに免じて、彼らに慈悲を」

「駄目。協力しろとはもう言わないし、慈悲だって与えるわ」

「お願いです、やめて下さい!」


 ダジャは理解していた。クルルカの言う慈悲が死を意味すると。

 そして、クルルカは頑固で一度決めると考えを曲げない。ダジャは立ち尽くすしかなかった。



 クルルカはプロパムを一望できる丘の上で、寝そべった。ここに来たのは初めてかもしれない。


「おや、先客かい?」


 クルルカはしわがれた声の方を見た。想像通り、枯れ枝のような老婆がいた。


「はじめまして」

「うんうん。この丘は初めてかい?」

「ええ。あまり美しくないわね」

「お嬢さんは都会から来たんだね」


 クルルカは老婆の隣に座った。


「お婆さんはどうしてここに?」

「こっからなら、町の人が見えるだろう? 家出した息子を探していてねぇ」

「息子さん?」

「もう五十年も前に、出て行ったっきりさ」

「五十年間、毎日ここに?」


 老婆は静かに頷いた。


 かつてのクルルカも、飽きることなく毎日のようにあの丘の上に通っていた。ずっと、そうしていたかった。

 誰かを探していたわけでも、誰かと通っていたわけでもない。あの豊かな国が毎日のように変わっていくのが面白かった。


「息子さん、見つかるといいわね」



「お嬢ちゃん」


 商店街で、果物屋に呼び止められた。


「さっき、丘の上でお婆さんに会わなかったか?」

「ええ」

「じゃ、伝えて欲しいんだけどさ」



「おや、また来たのかい?」

「お婆さん。息子さんに会ったの」

「本当かい!?」

「でも、すぐに旅立つからと手紙だけ」


 老婆はクルルカから手紙を奪うように受け取った。


「あの子の字だよ」

「そうでしょうね」



 果物屋は言った。

 五十年前、老婆の息子は家出をして、新しく建国する予定の王国予定地へ拉致された。あの頃は、そういう現象が各地で起こっていた。

 その果物屋は、同じく拉致され脱走に成功した者達からの噂で息子が“死んだ”ということを知った。

 

 しかし、老婆はおそらく信じないだろう。息子が生きていることを信じて疑わず、ずっと丘の上に行くような人物だ。

 面倒事が嫌いな果物屋は、どうやら、歳若いクルルカを使うことにしたらしい。



 では、この手紙は?



 その日の夜。


「感謝します、神様」


《いいのよ、たまには良いことするじゃない》


「神様が息子の霊を知っていたからです」


《死神に頼めば楽勝よ。それよりも、優しいのね。意外だったわ》


「優しくないですよ、私は。優しくされたこともない」


 いつだって、光天教祖として扱われどこか無機的な会話ばかりをする毎日。

 前世でだって、丘の上に一人でいた。皇帝には愛されず、子供もできなかった。


 それに、世界最初の“神子”と言っても、クルルカは所詮、スラム街の骨と皮だけの貧しい女だ。

 金を稼ぐために、人のものを盗み、それが見つかるたびに無慈悲な制裁を受けた。それでも、生きていくには。


《きっと、忘れているだけよ。優しさを知らない者が誰かに優しくすることはできないでしょう?》


 やはり無理だ。

 こんなの柄じゃない。クルルカはただ無慈悲に生きていればいい。ただ、眺めていればいいのに。


「優しさを知らなければ、良かったのに」


 あの日、若い青年に助けられた。

 次期皇帝と名乗ったその男は、クルルカに言った。


『その力で国を豊かにしよう。平和な国を作ろう』


 本当はわかっている。


 皇帝陛下はクルルカを置き去りにした。クルルカの本心を見抜いていたのだろう。しかし、彼女の立場は揺るがない。ならば、自分が悪者になればいい。


「もう一度会いたいなんて、ワガママよね」


《クルルカ、貴女は優しい子よ。大丈夫、きっとまた、恋をするから》



 よく覚えている。


 皇帝陛下の名は、ミーウと言った。

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