光天教祖 其の三
「クルルカ、本気?」
合流したリランとナーシィはクルルカとオーリィから事情を聞き、顔を顰めた。
「嫌なら、帰ればいい」
「いや。確かに、表世界に長命種がいるのは見過ごせないよ」
ナーシィは一人で納得した。おそらく、自分の行動を正当化したいのだろう。
そして、リランは静かにクルルカを見つめた。
「安寧を求めて来た者を、皆殺しにするの?」
「貴女にはわからないでしょう。死んだことがないから」
クルルカは空の向こうを見た。
「死んだ瞬間、痛みが消えた瞬間、私の中にあったのは、怒りでした。でも、神様はおっしゃった」
《よく頑張りましたね。私の可愛い“神子”。どうかしばらくの間、幸せになりなさい》
「死ねば楽になる。恐怖も怒りも痛みも全部神様が消し去って下さる。与えてあげましょう。真の安寧を」
オーリィが体を震わせた。ナーシィもかすかに怯えた色が見える。
そして、リランはため息をついた。
確かに、彼女とは仲が悪いかもしれない。けれど、彼女は悪いドワーフではなかった。いつも昼寝ばかりして、教祖の威厳など無く、静かに国を眺めていた。
いつだったか、そんな彼女に尋ねたことがある。『眺めるだけの世界に、何の意味があるのか』と。
彼女は歌うように呟いた。『意味などないから、素晴らしいのだ』と。
あの時のリランは幼く、結局理解できなかったが、今ではわかる。ただ眺めるだけでいい、平和な世界が素晴らしいのだと。
今のクルルカは、世界を眺めてはいない。それは、つまり。
「私、もう一度、貴女と丘の上で昼寝をしながらあの国を眺めたいわ」
「急にどうしたの」
クルルカはリランから目を逸らした。照れているらしい。
「貴女の世界に、地獄はいらないのね」
「………ええ。地獄を排除するには、まずは地獄に行かなくちゃね」
○○○
生命旅団の里は西大陸のジャングルの奥地にあった。“生命の神子”、ローリエはそんな里の一番奥にある一番大きな建物の中にいた。
文明はさほど進んでいないのか、中央大陸に比べてやや劣る構造の建物が目立つ。
「“神子”さま、お食事です」
「外が騒がしいわ」
「安心を。虫が入っただけでございます」
「そうなの?」
ローリエが食べ物を口に運ぼうとしたその時、建物の天井から人が落ちて来た。男だか、女だかわからない格好をしている。
「貴様、“神子”さまに!」
「いててて、ヤベェよ、あの人ヤバい。人間砲台だ!とか言いながら俺を本陣に投げ捨てたよ? 骨折れた、マジ、死ぬ」
「大丈夫ですか?」
ローリエは男?の言っていることが理解できなかった。ただ、怪我をしているのなら治さなくてはと思った。
魔力を込めて傷を癒す。
「あ、ありがとう。君の名前は? ここは危ないから、子供は逃げなよ」
「私はローリエ。里の長である私が逃げることはありません」
男?はゾッとした小さな悲鳴をあげた。
「あの、女、マジかよ………。尚更、逃げろ! アイツが来る前に」
「誰が来る前に誰を逃そうとしているのですか、オーリィ」
オーリィと呼ばれた人物は、ローリエを後ろに庇った。
「まだ子供みたいだぞ!」
「そうですね。なら、大人になってからにしましょう」
「「え?」」
ローリエの体に衝撃が走った。脇腹から血が流れている。さっきまで立っていた従者が倒れている。
ローリエは急いで傷を治し、従者の傷も癒した。しかし、意識が戻らない。死んでいるのだ。
手加減された。死なないように、傷つけられた。
「あ、あ」
「ほら早く逃げないと」
女は薄ら笑いを浮かべてそう言った。
「“神子”様! 早く逃げてください!」
「耳障りね」
入って来た男の頭が消し飛ぶ。性格には、口が爆発した。空気を操っているのか。
「クルルカ! どうして、こんなにも無垢な少女を痛めつけられる!? お前は、どうして、こんな、酷いことができるんだ!?」
「邪教徒には、鉄槌を」
直後、里から悲鳴が上がった。
ローリエは走り出す。
○○○
「オーリィ」
怒りに燃えたオーリィの瞳がこちらを向く。
「大人になったら、捕まえましょう?」
「痛めつけたのは、恐怖を植え付けるためか」
「大人になった時、絶滅する邪教。死ねば幸せになる。間違いないと思わない?」
「性格悪いわよ」
後ろからやって来たのは、里の男を殺し尽くした二人の“神子”である。
「ま、人のこと言えないよ」
“水源の神子”は欠伸混じりに言う。
「敵さんに魔術師いなくて助かった。あとは全部任せるよ、クルルカ、オーリィ」
「わかった」
「私は最後までいるからね」
リランはそう言う。オーリィは顔を顰めた。生命旅団は、もう逃げられない。
《クルルカ!》
「どうしたの、そんなに声を荒げて」
《自分が何をしたのか理解してる!? あんなにも、無害な者達を》
「邪神の配下に慈悲は必要ないわ。私は、自分の目的を果たすためなら何だってする。もう一度、あの丘から世界を眺めてみたい」
《邪神が憎い?》
「ええ。必ず、殺す」
クルルカは目を開いた。どうやら、今日は自分で去って行ったようだ。神と喧嘩をしたのは初めてだった。少し凹んだのは、内緒である。
光天教の聖地、プロパムへ帰って来た。しばらくは、のんびりできそうだ。
「クルルカさまぁ〜!」
ネズミのように小柄な影がクルルカを取り囲んだ。
光天教孤児院の子供達だ。
「ダジャさま怒ってたよー」「何したのー」「どこ行ってたのー?」
「ダジャね」
ダジャはクルルカの御付きである。
“獣の神子”で、光天教に拾われた孤児の一人。そして、そんな孤児院の院長も務めている忙しい人物だ。
「大丈夫、私のことは黙っておいてね」
「そうはいきませんから!」
クルルカは声の主を見た。
眼鏡をかけた鋭い瞳は間違いなくクルルカを捉えている。
「ダジャ、これには深い訳が」
「聞きましたよ! どうやら、教会に手を貸していたようですが、中央の新王の犬ですよ! そう都合良く利用されては光天教祖の格が落ちます!」
「はいはい、そうね」
クルルカはふと立ち止まる。
良いことを思いついた。
「ねえ、ダジャ。見張って欲しい一団がいるの」
「はあ」
「生命旅団というのだけど」
「まさか、それを追い詰めて来たなんて言いませんよね」
どうやら、ダジャは生命旅団を知っているらしい。口うるさいが、ちゃんと連れて行くべきだったか。
「そうよ。それを」
「嫌ですよ。私は彼らに命を救われた。この御付きに免じて、彼らに慈悲を」
「駄目。協力しろとはもう言わないし、慈悲だって与えるわ」
「お願いです、やめて下さい!」
ダジャは理解していた。クルルカの言う慈悲が死を意味すると。
そして、クルルカは頑固で一度決めると考えを曲げない。ダジャは立ち尽くすしかなかった。
クルルカはプロパムを一望できる丘の上で、寝そべった。ここに来たのは初めてかもしれない。
「おや、先客かい?」
クルルカはしわがれた声の方を見た。想像通り、枯れ枝のような老婆がいた。
「はじめまして」
「うんうん。この丘は初めてかい?」
「ええ。あまり美しくないわね」
「お嬢さんは都会から来たんだね」
クルルカは老婆の隣に座った。
「お婆さんはどうしてここに?」
「こっからなら、町の人が見えるだろう? 家出した息子を探していてねぇ」
「息子さん?」
「もう五十年も前に、出て行ったっきりさ」
「五十年間、毎日ここに?」
老婆は静かに頷いた。
かつてのクルルカも、飽きることなく毎日のようにあの丘の上に通っていた。ずっと、そうしていたかった。
誰かを探していたわけでも、誰かと通っていたわけでもない。あの豊かな国が毎日のように変わっていくのが面白かった。
「息子さん、見つかるといいわね」
「お嬢ちゃん」
商店街で、果物屋に呼び止められた。
「さっき、丘の上でお婆さんに会わなかったか?」
「ええ」
「じゃ、伝えて欲しいんだけどさ」
「おや、また来たのかい?」
「お婆さん。息子さんに会ったの」
「本当かい!?」
「でも、すぐに旅立つからと手紙だけ」
老婆はクルルカから手紙を奪うように受け取った。
「あの子の字だよ」
「そうでしょうね」
果物屋は言った。
五十年前、老婆の息子は家出をして、新しく建国する予定の王国予定地へ拉致された。あの頃は、そういう現象が各地で起こっていた。
その果物屋は、同じく拉致され脱走に成功した者達からの噂で息子が“死んだ”ということを知った。
しかし、老婆はおそらく信じないだろう。息子が生きていることを信じて疑わず、ずっと丘の上に行くような人物だ。
面倒事が嫌いな果物屋は、どうやら、歳若いクルルカを使うことにしたらしい。
では、この手紙は?
その日の夜。
「感謝します、神様」
《いいのよ、たまには良いことするじゃない》
「神様が息子の霊を知っていたからです」
《死神に頼めば楽勝よ。それよりも、優しいのね。意外だったわ》
「優しくないですよ、私は。優しくされたこともない」
いつだって、光天教祖として扱われどこか無機的な会話ばかりをする毎日。
前世でだって、丘の上に一人でいた。皇帝には愛されず、子供もできなかった。
それに、世界最初の“神子”と言っても、クルルカは所詮、スラム街の骨と皮だけの貧しい女だ。
金を稼ぐために、人のものを盗み、それが見つかるたびに無慈悲な制裁を受けた。それでも、生きていくには。
《きっと、忘れているだけよ。優しさを知らない者が誰かに優しくすることはできないでしょう?》
やはり無理だ。
こんなの柄じゃない。クルルカはただ無慈悲に生きていればいい。ただ、眺めていればいいのに。
「優しさを知らなければ、良かったのに」
あの日、若い青年に助けられた。
次期皇帝と名乗ったその男は、クルルカに言った。
『その力で国を豊かにしよう。平和な国を作ろう』
本当はわかっている。
皇帝陛下はクルルカを置き去りにした。クルルカの本心を見抜いていたのだろう。しかし、彼女の立場は揺るがない。ならば、自分が悪者になればいい。
「もう一度会いたいなんて、ワガママよね」
《クルルカ、貴女は優しい子よ。大丈夫、きっとまた、恋をするから》
よく覚えている。
皇帝陛下の名は、ミーウと言った。




