光天教祖 其の一
「クルルカ様」
“天空の神子”。
魂の名をクルルカという。
時折、記憶を取り戻しては光天教教祖として最高神官の位置についていた。
「どうしたの」
「教会の者です」
クルルカは顔を顰めた。
光天教には、それ以外の宗教は邪教であるという教えがある。かなり過激な宗教だ。
故に、宗教戦争には必ず名前が入っている。
「何の用?」
明らかに不機嫌なクルルカに対して、教会の使者はいやらしい笑みを浮かべてクルルカを見つめた。
(邪教徒が……。やはり醜いわね)
「とある者を捕まえて欲しいのです。生命旅団の長です」
クルルカはふうっと息を吐いた。
「戦地に赴き、神の加護を使い負傷者を手当てする一団ですね。残念ながら、必要性を感じません」
使者が明らかに機嫌を悪くした。クルルカを睨み、鼻息を荒くして叫んだ。
「邪神の加護を持つ邪教徒だぞ!」
「神は神。邪神は魔神ただ一柱です」
「貴様ッ」
クルルカはおかしそうにクスクスと笑った。
使者はコホンと咳払いして、表情を改めた。
「ならば、そんな“魔神の神子”の場所をお教えしましょう。もし、私に協力してくれるなら、の話ですが」
「どうして、自分で退治しないのかしら? 邪神の相手をしないなんて神の使いとして失格ね」
教会の使者はクルルカを睨んだ。
クルルカは目を細める。
(この者がおそらく、“魔神の神子”なのでしょうね)
「いいでしょう。ですが、利用しているなんて考えないことです」
「ふっそれでいいのだ。“天空の神子”」
悲しそうな瞳で、クルルカを見つめる瞳がある。
《どうして?》
「どうして、とは?」
クルルカの神はしらばっくれる彼女に再び問うた。
《どうして、邪神に力を貸すの?》
「なぜ、それ以外を助けなくてはならないのでしょう」
《私は貴女に力を与えました。誰かを、幸せにする力です》
でも、と神は続けた。
《私は我儘だから、誰よりも貴女に幸せになって欲しい。ねぇ、馬鹿なことはやめて幸せになりませんか》
「幸せですよ。光天教祖として周りがチヤホヤしてくれて、何もしなくていいのだから」
《それは、貴女の本心なのですか?》
「…………もういいでしょう。早く出て行って」
クルルカは目を開ける。
あれは信託ではない。あれは。
「ただのお人好し」
クルルカは集合場所に集まった人物を見てため息をついた。
“大地の神子”、“水源の神子”、そして、教会の忠犬として名高い“大賢者”オーリィ・マクスウェル。
「何でここに」
「それはこっちのセリフよ、クルルカ」
「長耳族風情が口を開くな」
「山人族は本当に口が悪い」
古代文明があった北には、帝国と王朝の二つが存在していた。
帝国はドワーフが、王朝はエルフが治めており、戦争は絶えなかった。
そして、ドワーフが絶滅し、エルフの純血がリランだけとなった現在では記憶を定期的に取り戻す“天空の神子”と“大地の神子”の不仲だけが目立っている。
「本当に仲が悪いな」
「まあ、女はそういうもんだろう」
“水源の神子”とオーリィは呑気にそんな会話をしている。
「というか、オーリィ。アンタ男だったの」
「酷いな。誰だよ、俺を女だって言ったのは」
確かに、オーリィは中性的な見た目をしているが、男だとわからないわけではない。
「風の噂で」
「酷い風だね、きっと北から流れてきたんだろうさ」
クルルカとリランは顔を顰める。
北大陸は文明が滅び、悪霊が跋扈する不浄の大地と呼ばれている。しかし、そんな北でかつて過ごしたことがある彼女達にはいつか帰りたい故郷である。
「あー、ごめんよ。中央は猿の集まりだからさ」
「そうね、猿は嫌い」
「やっと意見があったじゃない」
「猿に転生したアンタも同列よ」
「は? その耳ちょん切って猿耳つけたげるわよ」
「もーいーかげんにしろよー」
“水源の神子”はため息をついた。
「仕方ないな。俺はクルルカ様と、ナーシィ様はリラン様と組んで生命旅団を探そう」
「でも、連携が取れないぞー?」
「どうしようもないだろ。“御付き”を連れて来ないお前らが悪い」
三人は一斉に黙る。
“御付き”は過保護でうるさいので、外出の際は基本留守番させているのだ。
「そういうわけだ。俺たちは中央と西を探すから、そっちは東と南を」
「おっけー」
「オーリィ・マクスウェル」
「オーリィでいいよ」
中央の安宿にて、クルルカは日記を書いているらしいオーリィに声をかけた。
「生命旅団を襲うことを、どう思ってる?」
「そんなことかい? 教会の命令なら」
「それは答えじゃないわ」
オーリィは手を止めてクルルカを見た。
「そうだな。正直、俺は反対だよ。でも、逆らえるわけないだろう。俺は自分の神とも対話できない愚か者なんだから」
「貴方のような人を、見た事があるわ」
太古の昔、帝国に一人の男がいた。
その男は世界で唯一、魔術に干渉できる魔術師であった。その特異な能力から死神の加護をもらったに違いないと噂された。
しかし、その男は笑って言う。『自分は神の声が聞こえない異端魔術師だ』と。
「それは」
「“死神の神子”。貴方もそうなんでしょうね」
「でも、俺は他の神子と違って神の声は」
「死神は神子を作らない。なんて、迷信があるの」
クルルカはベッドで横になる。
生命旅団を見つけ出して殲滅し、長を生捕りにする。そんなことをして何になるというのだろう。
「ここはスラム街だな。早く抜けよう」
その時、小さな女の子がぶつかって来た。
「………ごめんなさい」
「いいよ、別に」
オーリィはそう言って再び歩き出そうとした。しかし、クルルカはその女の子の手首を捻り上げる。
「痛い!」
「その財布から、手を離しなさい」
オーリィはギョッとしたように女の子を見る。決して、怒っているのではない。
“天空の神子”は冷酷無慈悲として名高い。彼女を怒らせること、それは死を意味する。
「ま、待て! 相手はまだ子供だぞ!?」
「いやだ! 離して!」
クルルカは女の子から手を離さない。そのまま、引きずるように歩き出した。
女の子の目は恐怖で見開かれている。死を待つ子猫のようにクルルカを見上げる事しかできない。
「あ、ぁ、ままぁ」
クルルカは大通りまで来ると串焼き屋の前で足を止める。
「ま、まさか、この子を串焼きにして何て言わないよな?」
「人をどれだけ無慈悲だと考えているの?」
「えっと……?」
クルルカは串焼き屋に手のひらを見せる。
「五本」
「は?」
オーリィは間抜けな声をあげた。
「ありがとう。でも、どうして?」
「ホントそれな。一体どうした? 頭打った? 腕の良い医者ならいくらでも紹介するからな」
「オーリィ、アンタ後で覚えておきなさいよ」
女の子は一心不乱に串焼きを食べ終えると満面の笑みでクルルカを見つめた。
「ありがとう、優しいのね」
「いいのよ、別に。それに、優しくなんてないわ。ただ、昔、困っている人がいたら助けなさいって誰かに言われたような気がして」
「へえ? 誰がそんな無意味なことを君に?」
クルルカはそっと目を閉じる。
あれは、ライザの息子のエルフが言っていた。あの忌々しいリランの“御付き”だった魔術師でもない青年だ。
『ドワーフの口が悪いのは、全部君のせいじゃないのか?』
『皇帝陛下に言いなさいよ』
『君の婚約者だろう? というか、お妃様がこんな丘の上でお昼寝か? 無用心だな』
『私は陛下を愛してはいない。ただ、一番強い“神子”で、勢力の強い光天教祖を取り込みたい帝国の思惑に乗ってあげただけよ』
『本当は困ってるだろ』
クルルカはようやくその青年、ルーセルを見た。
『いいぜ、助けてやる』
『ドワーフに手を貸したら、あの忌まわしい“大地の神子”に怒られるわよ』
『困っている人がいたら当然だろ? クルルカ様も、困っている人がいたら助けることだ。“情けは人のためならず”ってね』
「へえ、そんな勇ましい人が古代にいたんだな。今もいればクルルカ様も少しは」
「文句があるなら聞くわよ」
「ところで、君の悩みって何だったの?」
「はい! 気になるー!」
女の子は手を挙げてクルルカを見つめる。
「旅をしたかったの。私のこと、普通に扱ってくれる人と普通のくだらない旅を」
「悩みなの、それ?」
「皇帝陛下の寵愛は長くは続かなかった。後宮にばかり通って、私はとうとう子供を産まずに死んだ」
「急に暗い話に」
「こうきゅう?って何?」
「子供は知らんくていい」
「皇帝陛下が種まきをするところよ」
「種まき?」
「余計なこと言うな! 間違っちゃいないけど!」
クルルカはため息をついた。
『使えない“神子”め! 貴様がこいつらを連れて来たのだろう!? 責任を持って最後まで闘え!!』
愚かな皇帝はそう叫んだ。
『クルルカ様』『教祖様』『ついて行きます』『最期まで共にいます』『一人にはさせませぬ』
『くだらない。健康な男と魔術師だけ残りなさい』
ドワーフは最大戦力を捨てて西へ逃げた。
もし、“天空の神子”を最後まで連れていたのなら、あるいは西にも東のような大国が生まれていたかもしれないのに。
リティア=クルルカという認識で構いません。
ちなみに、リラン=繚乱、オーリィ=ルシェルです。




