“水源の神子”
「あれです」
オルクリィは聖教会本部を指差した。
ラクルスの手には案内状が握られている。
「アソコでそれを見せれば、中に入れるはずです」
「感謝しよう」
オルクリィは頭を下げる。リチャラはそんな二人をよそに本部を見つめた。
「本部の魔術師の数は?」
「詳しくは、存じ上げませんが。五百は軽く」
「…………ラクルスー?」
「大丈夫だ。オルクリィ、お前の能力を借りていいか?」
「構いません。ですが、魔力も相当必要ですから、止められるのは十五分だけです」
リチャラは首を傾げた。
「君の能力は?」
「〈時計塔〉です」
時間の属性は珍しい。というか、存在そのものを知られていない。
オルクリィのようなポンコツにばかり加護を与えるので、生存率が著しく低いためだ。
そんなポンコツ代表オルクリィの能力〈時計塔〉は時間を操るの能力である。
千年も前から生きる彼女の魔力は相当高い。しかし、時間の操作にはかなりの魔力を必要とする。
かつてのオルクリィならば、三十秒が限界であった。
そして、〈時計塔〉の真の能力はそれだけではない。
「ねぇ、この子使えるの?」
「使える」
ラクルスは断言した。
「でなければ、長い間教会に潜伏できないだろ。“時間の神”の加護があってもな」
「でも、“神子”のくせにたった十五分だよ?」
「“神子”だから、十五分なんだよ」
ラクルスはオルクリィに向かって頷いた。
「いけるな?」
「はい」
○○○
「凄いわね、こんなに都会なんだ」
「田舎者だとバレると碌なことには……」
「おや、鈴音の嬢ちゃんじゃないか」
アリスは声の主の方を向いた。
一人の老婆である。その魔力は禍々しく、鈴音は目を見開いて震えている。
「“水源の、神子”さま」
「ふふ、そっちの子は?」
「アリス」
老婆の目は笑っていない。まるで、獲物を見つけた猛禽類のように鋭い瞳である。
「にしても、嬉しいよ」
アリスは構える。
「まさか、」
“水源の神子”は水筒の水を地面にばら撒いた。
「こんなとこで、敵に会えるなんてねっ!」
「〈不思議之国〉」
爆発音が轟いた。
「おやまあ」
現れたのは、二人の神子。
百花繚乱とリティアである。
「ど、どういう………」
「鈴音はアリスを」
「かしこまりました」
リティアはいまいち状況を掴みきれていない。
しかし、足元の床を見ると顔をしかめた。
「なるほど。【暴風雨】は使えないわね」
「面倒ね、地面を隆起させるのはいいけど、水分もそれなりだから」
「ふふふ。さあ、老人を楽しませてくださいな」
「なら、繚乱さんも楽しませてあげましょう」
「誰が老人ですって?」
「賛成です」
「仲良くなるなっ!」
三人は同時にため息をつくと、気を引き締めた。
直後、魔力が空間を支配した。
○○○
ラクルスとリチャラは止まった世界を走っていた。
どうやら、教会の最深部にあるらしい“神の涙”は、宝物庫と呼ばれる場所で厳重に保管されているとか。
そこまで行って帰るという作業を十五分で完了しなければならないのだ。
「よし、この真下だ」
ラクルスは剣を抜いた。
「はっ!」
地面に穴が開いた。もちろん、時は止まっているので誰も集まってこない。好き放題できるのだ。
「じゃ、行ってきて」
「ああ」
リチャラはラクルスが降りていくのを見届けると、ロープを下ろした。お帰り用のものである。
「さーてと、大丈夫かなー?」
○○○
ラクルスは宝物庫に侵入した。
司祭と思わしき人が“神の涙”を持ってほくそ笑んでいた。ラクルスは顔を顰めながら司祭に近づいて手を伸ばす。
「何をしている」
ラクルスは舌打ちをした。
今、この世界で時が止まっていないのはオルクリィ、ラクルス、リチャラ、ルシェルの四人だけのはずなのに。
「お前が最高神官か?」
「いかにも」
現在五分経過している。
早く帰らねば、オルクリィの立場も危うい。
ラクルスは“神の涙”を乱暴に奪うとポケットに突っ込んだ。
「それを渡しなさい」
「それはできない。これは、“大天災”のものだ」
「我々が“大賢者”オーリィに作らせたものだ」
ラクルスはすっと、宝物庫の中央に立つ像を見た。
幼い少女にも見えるそれは、チェスのキングを持っている。
「最高神クリオネか」
「様をつけろ、邪教の犬めが」
ラクルスはため息をついてそっと像に触れる。
ここが神域に近いのなら、どうか助けてくれないか。
「母さん……」
「は?」
最高神官は口を開けた。
ラクルスは剣を握りしめた。
《一人で、大丈夫よ》
《安心して、ずっと見てるから》
母の声と、武神ナーベの声が聞こえた。
そうか、ならば大丈夫だ。
ラクルスは一気に加速して最高神官を飛び越えた。
聖教会の外に出れば、なんとかなるはずだ。
「ちっ」
ラクルスはロープを掴んで叫んだ。
「早くしろ」
ロープがとてつもない速さで引き上げられる。
最高神官は苛立った声を上げただけで追ってはこなかった。
ラクルスとリチャラはすぐに外に向かって走り出す。
“神の涙”を誰に使うかは、しっかりと上司に相談しなければならない。
「早かったですね」
オルクリィが呑気につぶやいた。
しかし、二人はそんな彼女の両脇を走り抜ける。同時に、時が動き出した。
○○○
「「「っ!!??」」」
三人の“神子”は動きを止めた。
魔力の動きが明らかにおかしくなった。まるで、ネジを一瞬だけ止められたカラクリ人形のような………。
「あらあら、“時間の神子”がいるのねぇ」
「時間…!? そんな属性聞いたことも」
「空間があるのだから、当然、時間もあるわよ」
無知なリティアを嗜めるように、繚乱が言った。
“水源の神子”は目を細めてそんな二人を見つめた。
「何したか知らないけど、生きては帰さないわよ」
「【真空】」
“水源の神子”の周りから酸素が消える。
しかし、そんなことでは動揺しない。
「っ!?」
リティアの口から赤い液体が溢れる。
「ほんと、弱いのねぇ」
「な、んで」
「人間の半分は水でできているのよ? 少し弄ればあっという間に」
「!」
リティアは咄嗟に魔力で防御した。
しかし、完全に相手の方が上だ。
「それにしても、ねぇ。“天空の神子”は代々冷徹ではなくて?」
「確かに、あまりらしくはないけど」
リティアは顔を顰める。
心当たりがないわけではない。確かに、かつてのリティアは全てどうでもよく、自分勝手だった。
「………ミーウ……」
今までの“天空の神子”は、知らなかったのだろうか。この世界にはあんなにも温かいものがあることを。
“大天災”が羨ましかったのだろうか。オーリィと、あんなにも仲良く、悲しい、恋。
『どうして叶わない願いに手を合わせるの? どうして、かないもしない相手に牙を剥くの?』
《優しさを知らない者が誰かに優しくなんてできないでしょう?》
『優しくなんてないわ。ただ、昔、困っている人がいたら助けなさいって誰かに言われたような気がして』
『“天空の神子”。貴女はどうして、あんなにも無垢な少女をこんなにも痛めつけられるのか』
『オーリィ、何言ってるの? そいつは“大天災”なのよ』
《私の愛しい神子。どうして私が貴女に寵愛を授けるのだと思いますか?》
これは、“天空の神”の記憶だろうか。
滝のように流れてくる。
「そうよね。らしくないと思う」
リティアは“水源の神子”を見つめる。
「っ!?」
“水源の神子”の腹が弾け飛んだ。
内臓が溢れ出てくる。血が止まらず、身体が激しく震えたかと思うと動かなくなった。
「アンタ………」
「繚乱。かなり不味いと思う」
「……………!」
“水源の神子”の遺体が消え、水溜まりになった。
本体が、いない。
「そりゃ、あの根暗が縄張りから出て来るわけないわよね」
「他にもいるわ」
「え」
索敵を行えた“天空の神子”は、“大天災”を捕まえた者と、古代文明時代に、黒い怪物から西へと逃げた者だけだ。
つまり。
「記憶」
「記憶?」
「とぼけないでちょうだい!」
「もしかして、寝返るとか思ってます?」
「…………」
リティアはため息をついた。
「安心してください。今更、邪教徒に寝返るとかしないんで」
「邪教徒って………」
“天空の神子”は“天空の神”を崇める光天教の教祖である。世界で最初に生まれた宗教であり、“天空の神子”は世界最初の“神子”でもある。
そんな一面から、かなり過激な思考の持ち主だったが。
「んー、変わってないようで変わってる。リティアを返して欲しいわね」
「さて、行きましょう。共闘なんて千年ぶりですね」
「あー、“神子”の精神年齢がどんどん老けていく」
「肉体年齢オバさんの繚乱と違って、私はピチピチのツルスベなんで」
「アンタ、あとで覚えておきなさい」
軽口を叩きながら、覚醒した“神子”は動き出す。
ピチピチのツルスベなんで




