龍脈説
百花繚乱は、机の上のメモを見る。
『今日中にこの部屋に行って欲しい。わからなかったら、そこら辺の奴に聞け』
部屋にラクルスはいなかった。
繚乱はため息をついた。
部屋は好きにしていいと言われたが、まさか、自分に何も言わずに仕事に行ったのではなかろうか?
ルーセル時代はそんなことはなかった。
「やはり、別人なのね………」
繚乱は再びため息をついて、冷蔵庫の中を漁る。
「何もない………」
繚乱は飲料水と果物だけの冷蔵庫に絶句する。
仕方なく、果物を取り出してナイフで切る。
「繚乱様、いらっしゃいますか?」
「!」
鈴音だ。これはマズイ。今の繚乱は下着姿である。
一国の長が同盟を結んだだけの組織の一構成員の部屋でそんな格好をしていたらどうなるだろう?
特に、鈴音は頭が硬い系女子だ。
しかし、すぐに扉が開いた。
このシャンカラ地下街において、鍵がついている部屋はごく少数らしい。
「繚乱様!?」
「だ、大丈夫よ。ほら、あなたも果物どう? あと、牛乳とか牛乳とか牛乳とか」
「カルシウムとらせて怒りを鎮めようとしないでくださいよ!」
鈴音は今にもラクルスを探しに行きそうだ。
「平気よ。私が望んだの。それより、ついて来てくれない?」
そこに住む少女は葉月というらしい。
東大陸の出身者であるのは間違いない。
途中で会ったシャンカラ構成員の話によると、考古学者らしいが、特に龍脈について調べているらしい。
「何の用でしょうか? 繚乱様に会ったこともないのに」
「龍脈について、でしょうね」
「?」
繚乱はかつて滅びたこの地の文明について考えていた。
龍脈を測量し、活用する学問があった気がする。
葉月が似たような研究をしているのなら、昨日直した大地を測量していてもおかしくない。
魔力でできた大地に研究者が興味を持たない方がおかしいのだ。
「ここですね」
鈴音は緊張した面持ちで、扉をノックする。
「勝手にどうぞ。シャンカラは不法侵入を推奨しています」
「推奨しないでください」
鈴音はため息をついて、扉を開けた。
例に漏れず散らかっている。
鈴音は顔を顰めた。
「片付けでくださいよ。繚乱様をお招きしたのでしょう?」
「シャンカラ地下街は部屋の片付けを推奨していないので」
「そうやって言い訳しないでください」
そもそも片付けを推奨する国なんてないでしょう、と鈴音はため息をついた。
葉月は嬉しそうに繚乱を見て一礼した。
「こんにちは。私は葉月。龍脈説について研究しています」
「やっぱり?」
「話が早そうで助かります」
葉月は目を細めて、世界地図を広げた。
シャンカラ構成員は世界地図を一人一つは所持している。
北大陸は印刷技術を最も早く獲得した地であり、地形の測量の技術は古代文明から発掘された。
世界では貴重な地図も、シャンカラは無尽蔵に生み出せる。
しかし、手にできるのは、ごく一部だけだ。
「龍脈の位置と流れを示しています」
「見てわかるわ」
葉月は地図に新しく龍脈を付け足した。
昨日、繚乱が作ったものである。
「龍脈の上では、魔力は活性化し魔力の回復が促進されたり、魔術の効果が上昇したりします」
鈴音は頷いた。
魔術師ならそれくらいは誰でも知っている。
「では、龍脈はどこから生まれたのか? そのヒントがやっと手に入りました」
繚乱は地図を見る。
古代の人間は長寿であった。
魔力を持つ限りは寿命で死ぬことはなかった。
“大地の神子”は、一番強い“神子”の一人だった。
では、なぜ生き残ったのが繚乱だけだったのか?
「そもそも、神が龍脈を創ったという説がありますよね」
鈴音はそんな繚乱の思考を無視して、葉月に問う。
「神が世界に干渉するのは世界を創造した時のみだと、私は考えています。しかし、その際に龍脈は創っていない」
葉月はとある本を差し出す。
『魔界目録』。死んだ悪い魂は魔界で魔族となる、という有名なお伽噺である。
「魔力を大量に取り込んだ生物は魔族となります。龍脈の周りには強い魔力が漂っており、普段は人間がそれを吸収しています」
葉月は近くにあった、籠を取り出す。
その中には、額に宝石のついたネズミがいた。
「もし、それを人以外の生物が吸収すれば、それは魔族となります」
「嘘……………」
人間は魔族にはならない。
神が“神子”を作るために、魔力に耐性を持ったからだとされている。
逆に、他の生物には耐性はない。
もし取り込めば、魔族となる。
しかし、試した者は誰一人としていなかった。
「本物の研究者なのね」
「繚乱様、龍脈を創ったのはあなたですよね? 古代の魔術師達を殺したのも」
繚乱はシャンカラの街を歩いていた。
隣に鈴音はいない。
古代文明が滅びる際に、多くの“神子”が黒い化け物に殺されて命を落とした。
生き残った“神子”は、東大陸を治める王を誰にするかで争っていた。
そして、起こったのが殺し合いだった。
生き残った最も強い“神子”が治めるという、原始的な方法を選んだ。
そして、繚乱…………いや、リランの元に信託が降りた。
《龍脈を使って魔力を暴走させ、全ての魔術師を殺せ》
大地の神はそう言った。
《世界を見守る語り部は一人でいい。“神子”も他の魔術師も殺せ》
リランはルーセルを失った悲しみで、正常な判断は下せなかった。
新たな御付きも、他の魔術師も処刑した。
永遠の寿命を持つという法則を、最高神クリオネは書き換えた。
魔術師がいないうちに、こっそりと。
生き残った“神子”はリランと。
もし、生きているのなら………。
○○○
俺は葉月からの報告書を受け取った。
龍脈説は完成した。
百花繚乱が龍脈を生み出し、人間の魔力を強化していた。
繚乱が魔術を使ったところに龍脈はでき、魔力が濃くなる。
東大陸や北大陸に龍脈が多いのはそのためだし、海に龍脈がない理由も明らかだ。
「なるほどね」
繚乱が葉月の持つ情報に加えて更に詳細な龍脈の位置を教えてくれた。
これを、パラライドにも持って行きたいところだ。
ミーウの出番だな。
この龍脈を使えば、魔力を暴走させて魔術師を内側から壊すことができる。
自分もそうなる可能性があるので、かなりリスキーだが、奥の手としては申し分ない。
「それを知ると、どうなるんですか?」
「馬鹿だな」
俺はローリエを見つめる。
例えば、リチャラとかいう男がいる。
奴は、魔道具を使うスナイパーだ。
龍脈の上では魔力が活性化し、それに伴って魔術の威力も上がる。
もちろん、魔道具もしかりなのだ。
「狙撃系の構成員は龍脈の上にいれば、確実に敵を殺せるし、リティアや繚乱、あとはアリスみたいなのは、龍脈の上で魔術を発動させるとそれだけで危険度は上がる」
リティアや繚乱の能力なら、敵は近づくことさえ困難だ。
つまり、敵は龍脈に近づけない。
「ルシェルは意味ないですよね」
「まあな」
ローリエは、地図を覗き込む。
「世界は広いんですね」
「世界は広いが、人間の視野は狭い。だから、戦争が起きるんだ」
俺達は、世界規模の戦争をしようとしている。
教会が気に入らないから、嫌いだから、それだけの理由で。
いや、それだけじゃない。
俺はローリエの頬に手を添える。
その手をそっと、額まで持っていき、前髪をかき上げた。
その額にそっとキスをする。
「え?」
俺は、ローリエを守りたい。
教会は“大天災”を狙っている。シャンカラの目的は、教会の壊滅とあと一つ。
仲間を幸せにすることだ。




