特殊な人
オルクリィは特殊な人間である、という自覚がある。
魔術師でありながらそのことを隠し、教会と敵対しながらも、教会にいる。
今日も今日とて、修道服を着て神に祈りを捧げる。
『オルクリィ! お前、何やってんだよっ』
オルクリィは昔からポンコツだった。
長い間、一人で生きてきたくせに、何もできないで周りの足を引っ張ってきた。
そんな彼女は、当然のように出会いの数だけ見捨てられてきたのだ。
たった一人のお人好しを除いては。
「シスター・オルクリィ。今日の洗濯物は?」
リーダーであるシスター・カレラが、庭で日向ぼっこをしていたオルクリィに声をかけてくる。
「干しましたよ?」
「ちょっと来なさい」
シスター・カレラはオルクリィの首根っこを掴んで引きずり始めた。
向かうは洗濯場だ。
「これ。洗ったのはわかります。ちゃんと絞ったのですか?」
オルクリィは干されたシーツの下にできた巨大な水溜まりを見る。
「これでは乾いても泥だらけになります」
「絞ったのですけど………」
「貧弱な! シスターらしくもない!」
「私は、ただのシスターですよ。非力でも、神は平等に私達を見守ってくださっている。それでいいではありませんか」
シスター・カレラはオルクリィを睨んだ。
「シスター見習いに降格しますか?」
「私はもう三度も見習いを体験しています! そこらの見習いよりもベテランですよ!」
カレラはついにオルクリィに拳骨を落とした。
そして、近くにいたシスターの一人に声をかける。
「シスター・ナッセ。オルクリィを反省室へ」
「わかりました」
オルクリィはナッセを見る。
東の血が混じっているのか、美しい黒髪黒目の美少女。
常に無表情で、完璧な仕事は一定の評価がある。
「シスター・ナッセのように完璧な人間は羨ましいです」
「そうですか。私は、シスター・オルクリィが羨ましいですよ。ここのシスターはほとんどが孤児ですから。自ら志願してきたオルクリィは、その、なんというか……」
オルクリィは首を傾げた。
「もう反省室ですね」
「! そうですね。では、反省してください」
「はぁーい」
鍵が閉められる。
部屋には、足元の格子からくる微かな光だけが残る。
「さぁ。祈りましょう。我が神、オルックル様に」
○○○
シャンカラの街は、“大地の神子”の力によって一晩で修復された。
葉月は、そんな地面を軽く叩いて強度を確かめていた。
「何をしているんだ?」
朝の散歩中らしきルシェルが近づいて来る。
葉月はシャンカラの技術班で、シィーパと同じく地下の遺産を研究している。
「魔術的な強度が知りたいのです。ルシェル、使ってみてくださいよ」
「壊れたらどうすんだよ?」
葉月は真顔で地面を見る。
瓦礫も昨日のうちにシャンカラ構成員が全て片付けている。
「そうですね。どうしましょう」
「おい」
ルシェルのことはお構いなしに、トンカチを取り出して地面を叩く。
「ふむ。通常の地面よりも硬いですね。さすがは“神子”」
「おまっ、いい加減にしろよ。早起きしてやることがそれか?」
葉月は若干呆れ顔を作ってルシェルを見る。
「ルシェルこそ、愛しのローリエと遊ばないのですか? 今頃寂しい想いをして朝ごはんを待っていますよ」
「余計なお世話だ」
ルシェルはイライラしたように歩き去る。
はっとして振り返った。
「お前、絶対に壊すなよ!」
葉月は肩をすくめて、地面に手を置く。
懐からとある機械を取り出した。古代の遺産で、地下の龍脈を探知するものだ。
魔力を含んだ龍脈は世界中を流れており、葉月は魔術師が魔力切れを起こした際に、龍脈の魔力を使えないかという研究をしていた。
「やはり、流れていますか」
“大地の神子”の作った大地に、今までは存在しなかった龍脈が現れている。
これは、参考にも聞きに行った方が良さそうだ。
「“神子”が先か龍脈が先か問題の訪れですね」
○○○
ラクルスは欠伸して、隣で寝息を立てている人物を見つめた。
滑らかな肩のラインを目で追って、ラクルスはゆっくりとベッドから出る。
バスルームに向かってシャワーを素早く浴びる。
シャンカラでは水が貴重である。
雪解け水を地下のタンクに大量に貯めて、常に温めているものを使っているからだ。
海水をどうにかして水にかえる研究をしているが、未だ成功していない。
バスルームを出て服を着ると、家を出ようと扉を開けると………。
「…………葉月か」
「ラクルスのところに、“大地の神子”がいると聞いて。お話を聞きたいのです」
「残念ながら、まだ寝てるぞ」
「昨日の攻防戦が厳しかったのですね」
「…………魔力戦の方だと受け取っておこう」
葉月はラクルスの口調を嫌がらない、シャンカラ構成員でも珍しい部類の人間である。
故に、こんな朝早くからラクルスの部屋にやって来られるのだろうが。
「では、いつならいいですか?」
「起きたらお前の部屋に連れて行くよ」
「いえ、できれば研究室の方へ」
「? 了解した」
葉月は満足そうに頷いて、去って行った。
ラクルスはそんな背中を見送って、風月の部屋に向かおうとしたがやめた。
流石に殺される気がした。誰に、とは言わないが。
仕方なく、リチャラの部屋に向かう。
仕事の話をしなければならない。
遊んでいる時間はないのだ。
「起きているか?」
「はいはーい」
すぐに扉が開く。
「彼女さんは?」
「寝てる」
「置いて来たのかよー?」
「うるさい。仕事人間が一々朝の時間を」
「あーはいはい。これ以上はよくないっす」
リチャラは机の上に置いてあったパンを急いで詰め込むと、近くの世界地図を広げた。
もうすでに多くの書き込みがされており、買い替え時だということが一目でわかる。
「今回の仕事は、聖教会が例のものを手に入れていないかを確かめる。オーリィが作り、ルシェルが盗み、ウラウネが売ったお宝、“神の涙”」
ウラウネが売らなければよかった話なのだが、その“神の涙”がかなり重要だとわかったのは売った後だった。
“神の涙”は魔力さえ注げばオーリィの魔法〈能力捕縛〉を使用可能にできてしまう。
もし、不意をついて誰かを封印し結晶を割れば、中の魔術師は絶命してしまうらしい。
『回収は必ず、無能力の方にして下さい。その上で壊して欲しいのです』
そう繚乱は言っていたが。
「ボクらで回収して、保管する。最終決戦で最高神官をいい感じに閉じ込めて叩き割るんだ」
それが、リチャラの目的である。
リチャラは聖教会を嫌っている。彼の原動力は復讐だけだ。
「協力者はどうする?」
「どっかで見つければいい」
リチャラは中央大陸に示された赤い点を見つめる。
他でもない、教会本部の所在地だ。
「ここに行くよ」
「そうだな」
ラクルスは船の上から北大陸を眺めた。
結局、繚乱には何も言わないで出てきた。
風月は仕事の依頼をした張本人なので知っているが………。また喧嘩をしないか心配である。
「そんな顔すんなよ。いつだって、仕事は成功したじゃないか」
「だが、本部に行くのは初めてだぞ」
「大丈夫。ボクらは魔術師じゃない。警戒なんかされない」
リチャラは自信ありげに言う。
ラクルスは頷く。
「そうだな」
○○○
《我が愛しの“神子”よ。これより、敵がそちらに参るぞ》
○○○
《…………動かぬ時はもう要らぬ。動きなさい。ライザの息子が来ます。あの時の恩は忘れていませんね?》
ゆっくりと目を開ける。
『ポンコツ! 僕の命は絶対に無駄にするなよな!』
最後の逃走通路であった、中央大陸へ繋がる地下洞窟。
“神子”の御付きだった青年は、他の“神子”であった少女が逃げ遅れていることに気づいた。
共に逃げることはしなかった。
彼は、少女がドジでノロマだと知っていたから。
少女が通路を走っていくのを見ると、通路の入り口を破壊して封鎖した。
黒い怪物は、もう追っては来なかったけれど、入り口から青年の悲鳴が微かに聞こえた。
「もちろん。戦闘で足手まといにはなりません」
少女の名はオルクリィ。
“時間の神子”と呼ばれる永遠なる存在である。
葉月のことは忘れてません!
繚乱にはちゃんと書き置きが残されています!




