修羅場
「というわけで、東大陸で“大地の神子”と協力関係を結んだ。かつての敵との協力になるわけだが、構わないな?」
ローリエは険しい顔をして頷く。
ラクルスのことも話して決して裏切らないとは伝えた。
「はい。聖教会と戦うために必要なことなのでしょう?」
今は、“大地の神子”も教会と敵対している。
敵の敵は味方の精神だ。
「“水源の神子”はさすがに味方にはならないでしょうけど」
「というと?」
ローリエはソファに腰掛けていた俺の隣に座る。
なんだろう。東に行く前とは少し違う感じがする。
大人っぽくなった? 神楽が何かしたのか?
「あの“神子”は代々、教会を支持しています。というか、単純に他の“神子”が気に入らないんです」
だから、教会に一括管理してもらって雲行きが怪しくなれば手のひら返しで一斉に叩く。
教会もそれを理解しているから、“水源の神子”には甘い。
「“水源の神子”は水を操ります。強いことは確かですけど、“大地の神子”と“天空の神子”がいますから、怖くはないです」
そして、ローリエは俺を見て微笑む。
「それに、ルシェルは魔術を無効化できますから」
俺は息を呑んで、その笑顔を見つめていたが、すぐに我に返って咳払いした。
「そうだな。こちらも、弱いわけじゃない。武器大国のパラライドとも協力関係にあるわけだし」
「そうですね」
ローリエは嬉しそうに言う。
その時、爆発音が響いた。
○○○
「おかえり、アリス」
「ただいま。ウラウネ」
“詐欺師”のウラウネは、外国旅行者から騙し取ったお金の束をタバコを吸いながら数えていた。
「また荒稼ぎ?」
「詐欺はスポーツだ。負ける奴が悪い」
アリスはため息をついた。
ウラウネは、北を馬鹿にする者たちを選んで詐欺をふっかける。
シャンカラを含めた北にはもう二度と来なくなるので、正しい行いともとれるが、外国ではそうはいかないだろう。
故に、“詐欺師”なのだ。
ルシェルや風月がウラウネを外に出したがらないのもそれが理由である。
「そんで? 東と手を結んだんだって?」
「うん。これで、北と西と東が繋がったわ」
「中央もウチの手中だしな」
アリスは首を傾げた。
ラクルスの教会潜入作戦は失敗したはずだ。
「知らないのか? ルシェル直属の怪盗仲間のこと」
アリスの驚いた顔に気をよくしたのか、ウラウネは得意気に語り出した。
「そいつは、教会にいるらしくてな。ルシェル曰く、かなりのポンコツらしいが、“使える”ことは確かなんだと」
「不安になる評価ね………」
シャンカラにはいないタイプの人間だ。
ポンコツは魔術師界隈にいれば誰よりも早く死ぬ。
生き残っているということは、それなりに強いのか。それとも、他の理由があるのか。
「どちらにせよ、ルシェルは頑なにソイツがシャンカラ所属だと認めない。あくまで、“捨て猫”の直属だと言い張っている」
「それが?」
「使えるのに、使わない理由があるんだよ」
ウラウネは扉の方を見る。
まるで、ルシェルが盗み聞きしていることを恐れているかのように。
「私の予想なんだが。ソイツは………」
その時、爆発音が響いた。
○○○
ラクルスは片付けを終えて、手伝ってくれたリチャラに頭を下げた。
「ありがとう。助かった」
「いいんだよ。ボクも君の幸せを願ってるから」
ラクルスはボリボリと頭の後ろを掻く。
リチャラは良い友達だと思う。
「お前のこと、リラン…………繚乱に紹介したいんだけど」
リチャラは頷く。
「もちろん。君の相棒として、きっちり厳しくテストしますから」
「普通にしてくれよ、頼むから」
リチャラはクスクスと笑って、ドアノブを掴んだ。
「でも、それはまた今度。今はちゃんとかまってあげな」
「そうするよ」
その時、爆発音が響いた。
○○○
風月はシャンカラ地下街から地上へと弾き飛ばされた。
ベルーガが咄嗟に助けてくれなかったら、どこかの骨が折れていたかもしれない。
「感謝します」
「ばう」
地面が揺れている。
これが、“大地の神子”百花繚乱の魔術、〈大地之恵〉。
「何のおつもりですか」
「風月………、ラクルスに何をしたの?」
風月はちらりとベルーガを見た。
ドーベルマンはふすんと鼻を鳴らした。
《自業自得だ。適当にあしらえ》
風月は腰に下げていた魔導銃を取り出した。
体内の魔力を使うため、魔力がなくなるまで無限に弾が撃てるという代物だ。
ある程度の相手には有効だが、“大地の神子”にはほぼ無力だろう。
「私の言い訳、聞く気はありますか?」
「言い訳は許しません」
風月はもう一人の“神子”である鈴音を確認する。
急なことに戸惑っているようだが、その目は確実に風月を捉えている。
敵に回るのも時間の問題だ。
「そうですか」
その時、小柄な少年が走って来るのが見えた。
シャンカラ戦闘員のオルトルである。
「ちょうど良かった」
「良くない! 街が、オレの、街なのにぃ……」
「犯人はそこの女達です。ちょっと乱暴なお客様でして。少しでいいの。注意してくださる?」
オルトルは鈴音と繚乱を確認すると、青褪めた顔で風月を見る。
「アホか? アホだな? アレに喧嘩売ったの? 注意必要なのどっちなの!?」
「さすが、オルトル。敵の実力がわかるのですね!」
オルトルは呆れ顔で風月を眺めた。
彼は風月が聖教会の暗部にいた頃からの部下である。
教会から転職を考えていたら、なぜか釣れた使える少年(見た目ほど若くはない)である。
風月をシャンカラに連れて来たのはオルトルである。
シャンカラは他でもない、オルトルの故郷なのだから。
「アンタに死ぬほど鍛えられたので!」
オルトルはサバイバルナイフを構えて、鈴音の方に走り出す。
「弱い方、貰います!」
「どうぞ」
風月は、オルトルの背中を見送って繚乱を見る。
「ウチの戦闘員の実力、確認する機会をくれたのですよね?」
「そうやって、適当に丸め込んでラクルスも?」
「ふふっ。私の毒牙にかかった男の数なんていちいち憶えていません」
再び、大地が唸り始めた。
「ベルーガ、サポート!」
「ぐるるっ」
○○○
ラクルスとリチャラは、シャンカラの戦闘員の一人ラビットと合流していた。
彼女はウサギのように細い人間で、逃げ足だけは異様に速いことで有名だ。
しかし、今回は戦場にいる戦闘員の顔をしていた。
持っている歩兵銃を握りしめていた。
「ラビット。敵は?」
「二人。風月、オルトルと交戦中。女です」
ラビットの視線を辿って、ラクルスは息を呑む。
「繚乱? 何で?」
「あー。痴情のもつれってやつ?」
「あり得ますね」
「風月だもんね」
「風月さんですものね」
ラクルスはため息をつく。
一応は上司である人物を、それなりに酷い人として認識しているという事実に。
「おい。上司の悪口はいいから、早く助けるぞ」
「………よくないですよ」
「そーだよ、ラクルス。原因は十中八九君なんだから。ラクルスが風月を助けてどーするの」
ラクルスは首を横に振った。
ならば、どうしろと言うのか?
「よし、わかった。リチャラは繚乱を止めてくれ。ラビットは鈴音さんを」
「おっけー」
「了解しました」
ラクルスはオルトルに合図を送った。
あの風月の一番の部下なら、すでにラクルス達に気づいているという確信があったからだ。
予想通り、オルトルから返事がある。
『敵は強い。増援をあと少し』
必要ないと、ラクルスは答える。
数多の増援よりも必要なのは、ことの発端であるラクルス自身だ。
あの頃は、嫌な人達に目をつけられたという絶望感と魔術師よりも弱いという劣等感とで、風月の誘いも断れないほど小心者で、リランのことを憶えていないただの青年だった。
ラクルスの隣にいた二人が飛び出す。
リチャラはスナイパーライフルを捨てて、ラビットと同じ歩兵銃を持っている。
○○○
繚乱は突然戦闘に加わったシャンカラの戦闘員達を睨んだ。
枝のように不健康そうで細い女と、男だか女だかわからないパーカー、それから風月の部下らしき小柄な少年。
皆んな、強い。
魔術師に臆することなく、攻撃を受け流している。
そして、風月。
繚乱が遥か強者だとわかっているだろうに、ドーベルマンと連携して確実に距離をつめている。
「どうだ、繚乱。これが、俺の仲間だ」
「っ!?」
気づかなかった。
「許してやってくれなかいか?」
「………嫌よ」
「一度だけだったろう」
その“一回”がどれだけ大切か、ラクルスにはわかっていないのだ。
そんな繚乱の不満を感じ取ったのか、ラクルスは繚乱の頬に手を添えて、そのまま唇を重ねてきた。
遠くから「ひゅ〜」だとか「リア充爆発しろぉ」だとか「ここ戦場ですよ」だとか無礼な声が聴こえてくるが、それどころではない。
「俺にとっては、過去の一度よりも繚乱が大切だから」
そして、ラクルスはふっと笑った。
昔と同じ口調で、周りには聞こえない声で囁く。
「それに、年寄りが嫉妬してると気持ち悪いからね?」
「馬鹿ラクルス!」
「まぁ、そんなところも愛してる」
「………………」
ラクルスはポンポンと繚乱の頭を軽く叩くと、風月の方へ向かっていった。
一言二言話すと、戦闘員達に言葉をかける。
その横顔は楽しげで、見ていてとても切なくなる。
ルーセルは、リランの前でもそんな顔はしなかったから。
「良かったね、ルーセル」
繚乱は静かに微笑んだ。
長くなったー。




