風月
シャンカラに到着した。
ラクルスは繚乱を俺に押し付けて、リチャラに会いに行った。
おそらく次の仕事の相談をするのだろう。
繚乱が頬を膨らませてラクルスの背中を見送っていた。
俺はアリスと別れて、風月の住むコーヒーハウス【latte】に向かった。
三番通りはいつもと何も変わらない。
しかし、明らかに東の服を着ている繚乱と鈴音は目立っていた。
俺は【latte】のドアを開ける。
「いらっしゃ………おい」
「なんだ、口がきけたのか」
店主は後ろの繚乱と鈴音を見た。
「新しい奴か?」
「違う。客だ」
「上にいるよ。早く行け」
店主とてシャンカラの人間だ。
魔術師についても、シャンカラ地下街という魔術組織についても理解している。
繚乱は不思議そうに店主を見ながら俺の後について来た。
東は一部の人間しか魔術について知らない。
“女帝”百花繚乱が治めているという事実は、広く認知されているが、長過ぎる寿命については古代に降り立った神の使いとして解釈されているらしい。
シャンカラみたいに、一般人と魔術師が完全に連携している組織は無いに等しいのだ。
「風月は?」
繚乱がソワソワしながら言う。
俺は扉をノックした。
「何事ですか? 今寝起きなの、に……」
風月はいつも通りの下着姿で扉を開けてから、目を丸くして繚乱を見た。
そして、扉を閉めた。
五分後、普段はあまり見ないワンピースを着て出てきた。
「繚乱様……何故、このような田舎に?」
「やはり、風月なのですね」
風月の本名は、花鳥風月。
花鳥諷詠の妹であり、“知識の神子”である諷詠を教会から守るために教会に売られた哀れな少女。
その後の詳細はわからないが、繚乱調べでは、教会の暗部で働いていたが逃走したらしいということがわかっていた。
しかし、教会に殺されたのか無事に逃げられたのかはわからず、兄の諷詠は教会に深い憎しみを抱いていたようだ。
そんな風月は、ここシャンカラにいた。
繚乱が会いたがったのは当然だろう。
「すみません、シャンカラの人間は片付けが苦手なのです」
「否定できねぇ」
俺は綺麗な部屋に住んでいるが、風月、ウラウネ、アリス、ラクルス、リチャラ、シィーパ………数え出したらキリが無いレベルで地下街の部屋は散らかっている。
「シャンカラの、人間」
風月はハッとして決まりが悪そうに俯いた。
「私は幼い頃にこの地に来て、ずっとここで暮らしています。東でのことは嫌なことしか憶えていません」
「命令して連れ戻そうなんて思ってないわ」
繚乱は風月が準備したお茶を飲む。
そして、風月の隣で寝ているドーベルマンを見た。
「彼のことは知っていますか?」
「ええ。よく知っています」
風月の言葉に繚乱は目を伏せた。
「詳しいことは教えられません」
「そう…………」
俺は風月を見た。
「俺、帰っていいか?」
「そうですね。ローリエにも会わないと」
「“生命の神子”ですか。まさか、味方になるなんて……」
そういえば、天空、大地、水源の“神子”はローリエを追い回していたんだったっけか?
「お前も会うか?」
「いえ、突然会ったら警戒するでしょう? まずはあなたが説明してあげてください」
繚乱はウィンクして、俺を送り出した。
○○○
「リチャラ!」
「ラクルスー!」
リチャラの部屋の扉を合鍵で開けて無断で入ったラクルスにリチャラは勢いよく抱きついた。
「待ってたよ! 早く行こう!」
リチャラの興味は仕事にしかない。
シャンカラ地下街の魔術師以外の戦闘員は最低二人一組で任務に当たることが義務づけされている。
よって、リチャラは今まで仕事に行けなかったのだ。
「おう。二日プランならいいぞ」
「そんな中身のない依頼はないぞー」
「じゃあ、無理だ。実はだな……」
ラクルスは東大陸でのことを話した。
リチャラはラクルスの前世について面白そうに質問をいくつかした後、ベッドにドサッと腰をおろした。
「風月さん、大丈夫なの?」
「心配だが、大丈夫じゃないか?」
「じゃ、部屋の片付けしたら繚乱さんを呼ぶの?」
「……………………まぁ、な」
リチャラは「ふーん」と言って、前髪をいじった。
「まぁ、ボクには関係ないな。ボク、生殖できないし」
「できなくてもヤれるんじゃないか?」
「ははっ。冗談よして? 大体、抱くなら美女がいい」
「っ。繚乱は渡さないからな」
「いや、狙ってねーよ」
そう。リチャラは“元”男である。
教会の魔術師に捕まり、遊びの一環で大事なモノを切断された。運良く生き延びたが、憎しみを忘れたことはない。
シャンカラに所属し、ラクルスとタッグを組んで誰よりも教会の魔術師を殺している。
「ま、頑張りなよ」
「初めてじゃないとバレるのは……目に見えてるよな」
「言い訳一緒に考えよっか?」
「いいのか?」
「ボクら友達じゃん」
こうして、片付けを忘れて時は過ぎて行く。
○○○
「ただいまー」
俺は久しぶりの我が家の扉を開ける。
その先には………。
「良い? 包丁の持ち方はそうじゃないの。にしても、あの男は手料理なんて嬉しがるのかね………」
「何やってんだよ、アホロジー………」
南大陸出身の料理人、アホロジー。
大柄な体型に似合わず、繊細な料理を作ることで有名だ。シャンカラ地下街でこいつに餌付けされていない者はいない。
「あ、“捨て猫”……。勝手に部屋に入ったことは謝るけど、今回はこの子の料理をとりあえず食べてくれない?」
一秒だけ反省した後、俺の前に湯気ののぼる皿を出してくる。
俺はキッチンでソワソワしているローリエを見た。
確か、東大陸に行く前、リティアと神楽に面倒を見るように頼んだはずだ。
こんな料理人には存在すら教えていなかったのに。
「ローリエちゃん、シャンカラの新しい魔術師なんだろ? 大切にしないとって、下っ端会議で決まったんだよ」
下っ端という名の準幹部階級の連中の集まりである。
ラクルス、リチャラ、シィーパなどのそれぞれの専門家達が日々、酒と共にシャンカラの今後について語り合うのだ。
たまに風月が乗り込んで、ラクルスのような被害者を作るのだが。
「誰だよ、ローリエのこと話したの……」
「神楽が嬉しそうに話してたよ?」
「あいつぅ………」
“大天災”ローリエについては、しばらく黙っておこうと思っていたのに。
余計なことをしてくれた。
「いいじゃない。僕は大歓迎だよ。おめでとう、“捨て猫”」
「何言ってんだ?」
「え? だって、ローリエちゃんって“捨て猫”の大事な人なんでしょ?」
「確かに、妹みたいとは思っていたが」
「「妹!?」」
アホロジーとローリエが同時に叫ぶ。
俺は椅子に座って、料理を眺める。
美味そうなパスタだ。
「冷めない内に食べるぞ」
「…………どうぞ…………」
「いただきます」
俺は一口食べてから複雑な表情のローリエに言う。
「美味いぞ」
「あ、ありがとう」
ローリエは泣きそうな声で言う。
そんなに嬉しかったのか。
アホロジーはローリエの肩をトントンと叩いて、「こういう奴なんだ。責めないでくれ」と言っている。
だから、俺が何したんだよ。
「私、頑張ります!」
「おう、頑張れよ?」
料理のことかな。
帰り際のアホロジーに一発殴られたのは、未だによくわかっていない。
○○○
「というのが、シャンカラ地下街の現状です」
「たった五人の魔術師で、よくも古代文明の遺跡を守れたわね……。感心するわ」
繚乱はため息をつく。
風月はベルーガを撫でながら、首を振った。
「北には魔術師はほとんどいません。教会の人間もほとんど来ない。それに、住人の協力もありますから」
「協力組織は、西の砂漠と東だけですか?」
「はい。それから、今は“天空”と“生命”もいます」
鈴音はあまり関係ないと言いたげに肩をすくめた。
「回復ができるのは嬉しいですが、攻撃魔術師が“天空”だけとは。手加減ができません」
「手加減は武力構成員がします」
「…………ラクルスのような?」
風月は頷く。
「よくわかった。ところで、私はどこに泊まればいいの?」
風月は首を傾げた。
「そこら辺の男をひっかければタダで泊めてくれますよ。ラクルスとかはお勧めです。気が弱くて断れない」
もしその場にアリスやルシェルがいたら。
風月は“死”を味わうことはなかったかもしれない。
風月………。




