怪盗と犬とサイコパス 其のニ
「ふぅ。なんとか逃げ切れたな」
「どっちかっつーと、“大地の神子”が止めてた感じするけどね?」
「仕事は難しいか?」
「ばう」
俺はベルーガを睨みつける。
「お前のせいで東入りがバレたじゃねーか!」
「ぐぅ」
反省の色がない。役に立つと思って連れてきたのに。
俺はアリスとベルーガを順番に見た。
「これからどうやって帰るか、会議する」
「え? 仕事、しないの?」
「“大地の神子”に勝てるわけないだろ!? それとも、やる気か?」
「〈不思議之国〉に閉じ込められるなら、おそらくは」
「駄目だ。そうなる前に逃げられる」
アリスは嫌そうに俺を見た。面倒臭いって思っているな。
俺も同感だよ。東に来ただけでこの仕打ちとは。もう二度と来るか、こんな場所。
「はぁ。氷河海道を渡るしかないか」
氷河海道を通って、北西の港まで行けば、身分提示無しで北大陸のイーストポートに着くはずだ。
そうすれば、ミーウに連絡をとって迎えに来て貰えば。
しかし、移動手段をどうするか。
「何のご相談でしょうか? 私も混ぜてくださいな」
俺達の反応は早かった。
ベルーガが即座に声に向かって飛びかかり、その間に俺は懐から拳銃を取り出して発砲。アリスは、俺の後ろに隠れて相手の出方を伺った。
しかし、無駄であった。
その女は、消えたのである。
「チッ! 〈瞬間移動〉かよ!」
俺は銃を構え直す。当たることは不可能に近い。相手の転移の癖を見つけ出して先を読んでそこに撃ち込むしかない。
そういうことは、ラクルスや神楽、風月が得意とするところで、俺の特技ではない。もちろん、アリスやベルーガにも言えることだ。
「アリス! 中に引きずり込めるか!?」
「無理! 転移だとすぐに逃げられる!」
引きずり込まれる最中に転移してしまえば、意味がない。拘束は言わずもがな。
逃げるという選択肢もない。死ぬか殺すかの選択しかそこにはないのだ。
「クソッ! こんなことなら、神楽でも連れてくるんだった!」
「勘違いしてませんか?」
転移を繰り返していた女の動きが止まる。
「私、鈴音と申します。“大地の神子”様の御付きをしている者です」
「御付きかよ………」
俺はさらに絶望的な気分になった。更に、勝ち目は薄い。しかし、勘違いとはなにか?
「私は主に、生きて連れて来いと言われているのです。争う気はございません。ただ、私に着いて来て欲しいのです」
ベルーガがすっと目を細めた。
アリスも胡散臭そうに鈴音と名乗る御付きを睨んでいる。
「“大地の神子”が攻撃してこないという保証は?」
「…………我等の力にかけて」
俺達は顔を見合わせる。
東大陸の人間は、能力をとても大切にしているため、大事なことを誓う時は己の力にかける。
教会の人間は最高神にかけて誓うように。
信用できるのか?
「いいんじゃない? どうせ勝ち目ないし」
「バウ」
「そうか。お前らがそう言うなら」
俺は鈴音に向かって頷いた。
「東大陸の美味い飯を期待しているぞ」
「はい。是非ご馳走致します」
鈴音は満足そうに、ほっとしたように頷いた。
東大陸の長、“大地の神子”が住むのは、巨大な屋敷。
西ではまず見ない、東独自の城。そして、品があるが、決して華やかというわけでもない整った庭。
池の鯉は美しく、床も“畳”とかいう物だ。廊下は木だが、趣が微妙に違う。
西の石造りの家と違い、殆どが木造であるためだろう。
「すっごい」
「東が観光地になるわけだ」
俺達はそんな場所を歩いていた。
ベルーガは、俺の横をピッタリと着いて来ており、鈴音を睨んで時節、歯を剥き出しにして唸っている。
飯を食った時に機嫌が直ることを祈る。
「“大地の神子”が俺達に何の用だ?」
俺は気になっていたことを聞く。
鈴音は肩をすくめた。御付きも知らないのか。
「連れて来いとだけ、ですからね」
そろそろつきますよ、と鈴音は言った。
ベルーガが更に激しく唸る。俺はベルーガの首輪を掴んで左右に振った。落ち着かない時はこうしろと、風月に言われていたやり方だ。
ベルーガは大人しくなったが、今度は俺を睨んで来た。
「ここです」
鈴音は襖を開ける。
その奥には、仕切りがあり、人影が微かに動いた。“大地の神子”で間違いないだろう。
顔を隠すためというより、奇襲を防ぐためだな。防御の術式が組み込まれている。
「来たのですね」
「俺達に何の用だ? “大地の神子”」
「………あら? 誰かと思えば」
“大地の神子”はおかしそうに笑う。
「まぁいいわ。その犬と二人きりにして」
「かしこまりました」
鈴音は俺に有無を言わさず転移した。
客間だろう。机の上には湯気が立っている東風料理が並んでいた。
アリスが隣で唾を飲む音がした。
「どうぞ」
「お、おう」
「毒とかないわよね!」
「ありません」
「じゃあ、いただきます!」
「いただきます」
天ぷら、刺身、カツ丼…………。東大陸の料理は人類の叡智の結晶と言われているが、あながち嘘ではないのかもしれない。
俺達は、ベルーガのことなど忘れて食事を楽しんだ。
○○○
「ベルーガ様。ルーセルについて、教えてください」
《ふん。自分で捜したらどうだ?》
「貴方に聞けば確実でしょう?」
《そうだな。ヒントをやろう》
ベルーガは面倒くさそうに百花繚乱を見た。
繚乱は、イライラした様子でドーベルマンを見る。
《一つ、ライザ流》
「……もう消えた流派よ。記録だって残ってない……はず」
《二つ、中央大陸騎士団》
「何言ってるの? 敵陣営に、彼がいるっていうの?」
《三つ、シャンカラ地下街》
「何で全く別の組織が出てくるのよ?」
ベルーガは欠伸をして、耳の後ろを掻いた。
もう、ただのドーベルマンでしかない。
「…………中央には、“猛毒の神子”がいましたよね?」
独り言を呟く。
そこで、ライザ流を使う変わった人間を見つければいい。それから、シャンカラ地下街。あそこは用心深く、余所者に厳しい。
しかし、この城にはそのシャンカラの人間がいる。
ルーセルのことを聞き出せるかもしれない。
繚乱は、客間へと向かった。
○○○
俺は“着物”を来て、アリスを見た。かなり似合っている。
それにしても、“和食”なるものは美味かった。
風月や神楽はよくも故郷の味を捨てて辺境の地である北大陸に来たものだ。
いや、神楽も風月も、元は教会所属だから事情が少し違うのか。
「だ、駄目です! いくら、繚乱様でも」
「通しなさい。私が負けるわけない」
アリスと俺は顔を見合わせる。
この声は“大地の神子”?
「話があります」
そう言って、“大地の神子”は俺達の前に座った。
○○○
「ふう! 終わったよー?」
リチャラは、シャンカラ地下街所属の戦闘員である。
西の生まれの格闘家で、あるが、狙撃に関しても天賦の才を持っていた。
あらゆる場面で活躍しており、ラクルスとはよくコンビを組んでいた。
「ありがとう。リチャラさん」
「いいのいいの。それより、リティアとリチャラって名前似てるよね?」
「そうですね。同じ西の地で生まれたからでしょうか?」
「そうかもね!」
ラクルスとは違い、陽気で万人受けする性格だ。
しかし、リチャラは誰よりもラクルスと相性が良かった。
ラクルスは貧民の生まれであるために、素の言葉使いが汚い。
故に、仲良くなるとすぐに品のない言葉を使い、シャンカラ地下街では軽く見ていると勘違いされて孤立しがちだったのだが、リチャラは違った。
西の戦場で生まれ育ったリチャラにとっては言葉使いなどは、一ミリも重要なことではなかった。
“強さが全て”なリチャラは、強いラクルスを気に入っていた。
「あーあ。ボクもラクルスと行きたかったなー。そしたら、教会のクソどもを殺せたのに」
「魔術師と戦って勝てると?」
リチャラは西の人間にしては珍しい黒髪に、青い瞳を輝かせて言った。
肩ほどまで伸びた髪が小さく揺れる。
「逆に、さ。自分の力に慢心してる弱者になんでボクが負けるのさ?」
「……………」
シャンカラの戦闘員は並の騎士よりも強い。
リティアが最近知った真実である。その中でも最強クラスの人物の言葉は重い。
「リチャラ、終わりましたか?」
「神楽! 終わったよー。ご褒美ちょーだい?」
「ふん。あなたには何も用意していませんよ」
「ちぇっ。じゃ、ボクはこれで」
神楽はため息をついて、リティアを見る。
「何かされました?」
「ううん。けど、不思議な人だって思った」
「そうでしょうね。シャンカラは不思議な人が多い」




