騎士研修
「ふわぁ。どうして早起きしてまで研修するんだよ……」
「しょうがないよ。騎士団が一番暇なのが、朝の見回りだけなんだから」
「でもさ。まだ、研修には早いだろ? 俺たち、入学してまだ二ヶ月だぜ?」
「そうだけど」
確かに。今回の研修には参加する者としない者がいた。
教官がその選別をするらしい。
優秀な物を選んでいるというわけでもなさそうだ。
「知らないのか?」
近くの騎士が苦笑しながら教えてくれる。
「この研修は、危険度の低い者が受けるんだ。早めに実践を積ませるっていう作戦なんだな」
危険度が低い………つまり、スパイの可能性が低いということか。
ラクルスは、危険度が低いと認識された。
これで役に立つのではなかのうか?
作戦はまた一歩、成功に近づいた。
「それは。嬉しい、ですね。信用されたってことでしょう?」
「そうだな。まぁ、そこで油断する輩もいるんだけどな」
騎士は楽しそうに言う。
学生との会話は楽しいのかもしれない。先輩風を吹かせられるから。
「きゃあああぁああぁぁ!!!!!」
突然、女性の悲鳴が聞こえた。
騎士達が駆け出す。ラクルスとクレスも後を追った。
そこにいたのは、倒れた女性だった。
まだ、幼さが残っているが、もう成人しているだろう。
騎士達は、女性を見て固まった。
恐怖で目を見開いている。
「大丈夫ですか!?」
騎士が立ち止まって、目を見開くなか、ラクルスは飛び出した。クレスも戸惑いながら女性に近づく。
「え、ええ。虫が………」
死んだ虫が転がっていた。
女性は、ハッとしてラクルスの手を振り解いた。
「ど、どうしよう………」
「?」
我に帰った騎士の一人がラクルスの手を見る。
「ふ、腐食していない、だと?」
「腐食? 何故、そんな」
ラクルスは騎士と女性を見る。
女性は驚いたように、ラクルスを見つめていた。
「あ、あたしは、“猛毒の神子”。私に触れた人間は、神の名の下に腐って死ぬの。害をなす生き物もね」
女性は、転がっている虫を見た。
「でも、あんたは死ななかった。あんたも“神子”なの?」
「ぼ、僕はそんはんじゃないよ。変な力なんてない」
一つ、心当たりがあるとすれば。
「ナーヴェの、夢は見るよ。夢の中で、話」
女性は、急いでラクルスの口を塞いだ。
恐ろしそうに顔を歪めて。
女性は騎士達を安心させるようにはにかんで、言う。
「この人と話しがしたいの。二人きりにしてくれる?」
「はい。“神子”様の言う通りに」
「あんた、教会の定める絶対普遍のルールを知らないの?」
「絶対普遍?」
「そうよ! 神は最高神クリオネ様だけ! それ以外の神を名乗る者は邪教徒なの!」
「ぼ、僕はナーヴェの夢を見るとは言ったけど、神の夢を見るとは言ってない」
ラクルスは焦った。
組織の中枢にすら秘密にしていたラクルスの体質。
ラクルスは夢を見る。
ナーヴェという女性の夢だ。
薄々わかってはいた。彼女は、神様なのではないか?
ラクルスのことを気に入っており、いつも見守っているのではないか?
しかし、神はクリオネだけ。つまり、彼女は邪神。邪神に好かれたなんて知られれば中枢はラクルスを見捨てるかもしれない。
さっきは口が滑ったが、邪神ナーヴェなど知らないだろうし、と油断していた。
“神子”は邪教にも詳しいのだろうか。
「ナーヴェ様は武を司る神よ」
「…………君は教会の“神子”だろう?」
「馬鹿言わないで。教会に派遣された“神子”よ。あたしは、“大地の神子”である百花繚乱様の配下だもの」
「スパイ………?」
「正式な派遣“神子”のあたしにケチ付けようってんの?」
「ごめん……」
ラクルスは顔を顰めた。
“大地の神子”は本当にいたのか。
神話時代から生きている歴史の承認者であり、魔術界の最大派閥である東大陸を掌握している。
幾人もの“神子”を配下にしており、教会とは裏で睨み合っている。
表では大きい派閥同士仲良しごっこをしているらしいが。
ラクルスは現在、上司達が東大陸にて繚乱と接触したことも、組織が“大天災”と“天空の神子”、そして、パラライドを味方につけ、教会や東大陸と並ぶ勢力になっていることも知らない。
下手に喧嘩は売るべきではない。
「へ、へぇ。そうなんだ。じゃあ、僕はこれで」
「本題はまだよ」
ラクルスは内心で舌打ちする。
“神子”は強い。
いくらラクルスに“猛毒の神子”の呪い?が効かなくても、毒を体内に直接生成したり、毒ガスを充満させれば問題ない。
ラクルスは黙ってその場に留まる。
「ナーヴェの夢………つまり、神との接触が可能なのは、あたしが知る限りでは謎多き最高神官殿と繚乱様、そして、神と秘密の契約をした魔術師だけよ」
「神と契約? そんなことしてないからな」
「あたしも知らないわよ。繚乱様がそんな方法もあるって言ってただけだもの」
“猛毒の神子”はため息をつく。
「貴方は、何者? ただ騎士になりたいだけの人間?」
ラクルスは首肯する。
バレる=死。
なんとしてでも誤魔化さねば。
「そうだよ。貧民街の生まれでさ、金が必要なんだ」
「病気の家族がいるとか?」
「いや、生きていくために、だよ」
“猛毒の神子”は目を細めている。疑っているようだ。これでは、信じてもらえそうにない。
しかし、シャンカラ所属など、口が裂けても言えない。
「信じないならそれでいいさ。僕は騎士になって楽がしたいだけだし。結婚とかも………できたらいいなって思っているよ」
ラクルスは今度こそ、と背を向けて歩き出す。
今度は追っては来なかった。
ラクルスは、数日後には“猛毒の神子”のことなんて忘れていた。
《ラクルス》
(また、君か?)
ラクルスは声だけする存在にため息をついた。
邪神ナーヴェ。最高神クリオネに仇なす存在。
(もう来ないでくれないか? 君のことがバレたら、僕は邪教徒として処分されるんだぞ)
《その時はライザや知り合いの“神子”に頼んででも貴方を助けるわ》
そこまでして助けるくらいなら、関わらないで欲しい。
そもそも。
(知り合いの“神子”? 馬鹿言うなよ、そいつも邪教徒だ)
ナーヴェは黙る。
ほら見ろと、ラクルスはいい気になった。
《邪教徒でしょうね、私の知り合いは“大地の神子”だから》
(は?)
ラクルスは開いた口が閉まらなかった。
“大地の神子”の知り合い? この邪神が?
(そうだとしても! 教会とその“神子”は水面下で敵対している! 僕らもそうだ! いいか? 余計なマネをするな)
そう言うとラクルスはナーヴェを意識の外に追い出そうとした。
そうすれば、ナーヴェは自分から去っていく。
今回も、そうだった。
「おい、起きろ!」
「う、うーん」
「起きろってば!」
ラクルスは飛び起きた。
クレスはため息をつく。
急いで着替えて、クレスが準備していた軽食をつまむ。
剣を腰につけて、靴を履く。
「うなされてたけど、大丈夫か?」
「大丈夫。悪い夢を見たんだけ。せっかく教会の騎士学校に通ってるのについてないよ」
「………そうだな」
「この朝練をもって、今回の騎士研修は終了とする。良き騎士になれるよう、頑張ってほしい!」
長かった研修が終わり、騎士候補生達は各々感想戦を行っていた。
どの生徒も目を輝かせて、やる気に満ちている。
「騎士って毎日同じ訓練してるんだろ? 異端魔術師もただじゃ済まないな!」
「魔術師を甘く見ない方がいいよ。僕らじゃまず勝てないだろうね。魔術を斬るくらいできないと」
「無理無理! ライザ流じゃねーんだから!」
ラクルスはドキッとしたが、すぐに頷いた。
ラクルスはそのライザ流なのだが、言わない。
もし、言ってしまえばシャンカラ地下街との繋がりを疑われることになってしまい、せっかく気づいた信頼が消えてしまう。最悪、処分されるだろう。
もちろん、ライザ流であるラクルスは魔力や魔術を斬ることができる。
魔術師には魔力が流れる筋が血管のように身体中にあり、そこを使って魔力を操り魔術を行使しているらしい。
普通は目に見えない不思議なものだが、ライザは違った。
その筋を斬る方法を確立し、戦争に活かしたのである。なぜ、そんなライザ流が消えてしまったのかわからないが、教会の圧力である可能性が高い。
魔術師を集め、唯一神クリオネを信仰している教会にとって、魔術師を脅かすライザ流は邪魔でしかない。
そもそも、剣神とすら言われるライザは邪神の類いだ。
ラクルスはそんなんで、ライザ流を使えることを黙っていたかった。
もしバレたら、故郷の田舎に剣を教えていた老人がいて、見込みがあるからと師範を受けたというつもりだ。
実際にそういう老人がいたのは事実である。
しかし、田舎者に流派もくそもないので、ライザ流など知らなかったといえばそこまでだ。
むしろ、ライザ流がきたことを密かに喜ぶかもしれない。
まあ、バレないにこしたことはないのだが。
「………早く騎士になって、楽に生きたいよ」
「そうだな。お互い頑張ろうぜ!」




