怪盗と犬とサイコパス 其の一
「そろそろ仕事しねーとな」
俺の呟きにローリエはすぐさま反応した。
「仕事! 手伝います!」
「いや、盗みの仕事だから、一人の方が…」
「そうですか……」
ローリエはしょぼんと目を落とす。
しかし、すぐにガバッと顔をあげた。
「では! 何かお手伝いできることは!?」
「無いな」
ローリエは部屋の隅で三角座りをしてしまう。指で床に円を描いてブツブツ何かを呟いている。
どうしたのだろうか?
「おい。飯は冷蔵庫に入ってるから温めて食えよ」
「あい」
俺は部屋から出る。
すると。
「? えっと、風月んとこの、ベルーガだっけ? どうした?」
「ばうっ」
俺の後ろに立つ。
どうやら仕事についてくるつもりらしい。正直、迷惑だな。
「邪魔だぞ」
「ぐるっ」
ベルーガは俺を無視して歩き出す。仕事場の方だ。この犬は割と賢い。何かの役に立つかもしれない。
「俺の邪魔になりそうだと思ったらすぐに逃げろ」
「ふんっ」
鼻息で返事しやがった。無礼な奴だ。
俺と犬の凸凹コンビは、文句?を言い合いながら仕事へ向かった。
今回の獲物は“ライザの肖像画”である。
これは、古代文明よりも後に、中央の肖像画家が想像で描いたライザの肖像画である。
ライザはその人気さと強さで“勇者”、“剣帝”と呼ばれて、剣神にまでなった人物だ。
教会の敵でもある。異教の神だと言われているな。
しかし、魔術文明でもあった古代文明時代に生まれた神が異教なわけがない。教会が上手い具合にはぐらかした可能性が高い。
時代や教会の権力を超えて現代まで語り継がれた神はライザだけだ。
ローリエの言っていた通り、神が複数いてその神の特性にあった祝福があらわれているのなら、もちろんライザの祝福もあるわけで。
ぜひ仲間にしたいところだが、現在、ライザに一番近い人物はラクルスである。
あいつは、神に祝福されてはいないが、神に愛されている節があるからな。もしかしたら、ライザと接触できるかもしれない。
そんなライザにまつわるお宝は、やはりゴミなわけだ。
捨てないとな。
というわけで、俺たちは東に向かっていた。
今は船に乗っている。
のはいいのだが。
「どうしてついて来たんだ? アリス」
「東なんて滅多に行けないじゃーん? こういう時に行かないでいつ行くの?」
「仕事なんだが」
「逃走は手伝ってあげるわよ」
「感謝する」
逃走ルートそのものになるアリスは、街を普通に歩いていれば、俺たちを〈不思議之国〉に回収してそのまま歩き去ればいいのだ。
追手には適当な方向を教えて歩き去る。
たびたび手伝って貰うが、失敗したことは一度もない。
東には“大地の神子”の息がかかった魔術師が多い。
面倒なことにならないといいが。
○○○
「あら?」
東大陸全土を統一する、永遠にして最強の存在である“大地の神子”、百花繚乱は、首を傾げた。
年齢は五千年を有に超え、神話時代に北から移り住んで来たとされる。
「どうかなされましたか?」
そんな彼女の御付きである鈴音は、緊張した面持ちで声をかける。
なにせ、自分から声を発することはほとんどない御方なのだ。
そんな彼女が、鈴音を見て嬉しそうに呟いた。
「面白いのが来た」
「誰、でしょう?」
繚乱は立ち上がって窓を開ける。
向こうには北の海が見える。冷たく、暗い海。そこには、常に氷河があり、ペンギンやシロクマなどの貴重な生き物を見ることができる。
鈴音のお気に入りは、やはりイッカクである。
神聖な生き物とされ、神話では剣神ライザを迎えにに来た神の使いと描かれている。
「オーリィに祝福を与えし神、死神レイス」
「死神? 物騒な………」
繚乱は面白そうに笑ったままだ。
「挨拶に来るかしら? 来ないわよね、彼、あたしのこと嫌いだもの」
『リラン! 僕はいい! しんがりは僕がやる!』
幼馴染だったライザの息子。
彼は、魔術師ですらなかった。
彼は、繚乱の御付きでもなかった。
ただ、正義感のために命を散らし、東大陸に渡ることなく死んだ。
武神に好かれていた彼は、黒い化け物を足止めし、繚乱達を逃した。
彼こそが、真の英雄である。
彼ほどの強者がいなかった西へ向かった別のグループは海を見ることも叶わずに死んだ。
『“大地の神子”を守れ! 絶対に殺せさるな!』
彼の悲鳴に近い声が今でも耳に残っている。
「死神なら、彼の行方も知っているかしら」
繚乱は寂しげに呟いた。
○○○
「やっぱり凄いわね! 東は!」
“和”を中心とする東は、北や中央と比べるた極めて異質で、観光向きな土地である。
商人の集まる商人通りは、異国の文化を全面に押し出し、道行く人々は“着物”なるものを見に纏っている。
「あれ着たい!」
「金無い」
「ばう」
俺はタバコに火をつける。
しかし、その煙を吸うことは叶わなかった。
“侍”………東の騎士がそれを取り上げたのだ。
「何をする? 喫煙ってわけじゃないだろう?」
「今から女帝様が通られるのだ」
「女帝?」
ベルーガの耳がピクピクと動く。何を気にしているんだか。
侍の男は頷く。
「異国の人間は隅で引っ込んでおれ!」
「へいへい」
侍はため息をついて去って行った。忙しいらしいな。
アリスは頬を膨らませて侍を睨む。
「無礼者! 拙者は怒ったで御座るぅ!」
「恥ずかしいから止めろ」
「ばぅ」
俺はタバコを地面に落として足で踏み潰す。
環境汚染だな。我ながら。
「折角だし、見て行きましょうよ! 女帝とやらの実力を」
「勝てないぞ。東の女帝ってことは、相手は」
「女帝様のおなーりーぃ!」
シャランと、鈴の音が鳴る。
美しい着物の女性が御付きの女性達を侍らせて歩いて来た。一人は日傘を差し、一人は扇子で仰いでいる。
人々は跪き、ある者は歓声を上げる。
そして、俺達は。
ベルーガが毛を逆立てて唸っている。俺は首輪を握ってそれを抑えている。
アリスは目を見開いて震えている。
相手は、やはり。
「“大地の神子”。こんなとこにいやがったのかよ!」
「勝てないよ? どうするの?」
「戦ってはいけない。何とかして逃げないと………」
「がうぅ! ぐるるるぅっ!!」
ベルーガが俺の静止を振り切って女帝に向かっていく。
侍達が立ちはだかった。
「この無礼者!」「犬畜生が!」「女帝様に触れさせるな!」
「ぐるるるわあぁぁ!!!」
「待ちなさい」
侍達の動きが止まる。
俺達は遅れて飛び出した。
ベルーガは幸いにも女帝を睨むだけで飛びかかってはいなかった。涎を垂らして低く唸っている。
「よりにもよって犬になるのですか?」
「ぐるるる」
「契約違反では?」
「ばうっ!」
「へぇ。クリオネ様が………」
女帝は他に見向きもしない。誰と話しているんだ?
「そういえば、聞きたいことが」
女帝は一歩前へ進み出る。
“大地の神子”は神話時代の化け物だ。俺達は敵対するわけにはいかない。
「ルーセルは、何か言っていましたか?」
○○○
繚乱は目の前のドーベルマン………おそらく死神に操られている………に声をかけた。
《ふむ……。男の話か。いい加減、諦めたらどうだ? ライザの息子は死んだのだから》
「神に愛された彼が、転生しないわけがない」
《言っていたさ。「もう一度。リランに会いにいく。どこに居ても、何年経っても。だから、来たる時に、もう一度、北の大地に僕を飛ばせ」だったかな?》
「あ………」
繚乱の目から一筋の涙が溢れる。
それが、喧嘩の幕開けだった。
侍が、無礼者に飛びかかった。
○○○
「ちぃ! アリス! ベルーガ!」
「はい!」
「ばぅ!」
俺は侍の刀攻撃をかわす。
アリスは指を鳴らそうとしている。
「アリス! 敵対するな! 軽くいなせ!」
「どうすんのよ!」
「逃げ切るっ!」
俺は懐から銃を取り出す。音が鳴らない銃だ。
ベルーガは女帝に向かって吠えている。
「………! 待ちなさいっ!」
侍が動きを止める。
俺達はその隙に走り去る。危なかった。
「待って! ルーセルは!? どこにいるの!?」
女帝の声がやけにはっきり聞こえてきた。
○○○
繚乱は侍達を睨んだ。
「何をしたの………? 折角の手がかりを!」
「すいません! この命で………」
「ええ。そうしなさい」
繚乱は冷たい声でいう。
もはや、侍達を人間とは思っていないようだった。
鈴音はさっと日傘を差し出す。
「繚乱様。お身体に触りますよ、日の元は……」
「構わないわ」
ベルーガは面白がっていた。
まるで、気づいていないのか? とでも言うように。
ルーセルはもう転生しているのか? もう死んでしまったのか? 会いたい。会って謝りたかった。あの日の続きをしたかった。
そして、願わくば……。
「彼等を追って。手は出さぬように。出来れば穏便に私の元に連れて来なさい」
「…………はい」
鈴音は頷く。
ここで反論しても、侍達と同じ目に遭うだけだった。
「貴方達。繚乱様の護衛は任せましたよ」
「鈴音! 私は一人で十分よ!」
鈴音は一礼して消える。
凸凹三人組に魔の手が襲おうとしていた。
短めです。
次はラクルス視点ですね。




