騎士養成学校
「新入学生諸君の健闘を祈り、良き成績を収めることを期待している! よく励み、よく学び、良き騎士になるように、精進してくれたまえ!」
『はい!』
威勢の良い声があちこちから聞こえる。
ラクルスはため息を飲み込んだ。
何が良き騎士だ。一般市民にすら、時には手をかける教会の騎士達が“良き”騎士なわけがない。
ラクルスもそうだ。どこが騎士だ。そんな柄じゃあない。
わかっている。本当は中枢達に文句が言いたかったのだ。しかし、言えなかった。ラクルスはあまりにも臆病で、頷くことしかできなかった。
「………無力だ」
「どうした、ラクルス君?」
富裕層の商人の生まれで、次男だというクレスが嫌味に言った。
ラクルスにウザ絡みしてくる面倒な奴。ラクルスにとっては、正直邪魔な存在だった。しかし、正義感は強く、陰湿なイジメはしてこない。
ラクルスはその部分だけは評価していた。
困っている人はしっかりと助けるのだ。富裕層にしては、珍しい。
「僕はすぐにお金を稼いで一人で生きていきたいんだ。これじゃ、教会の信者達のお金で食っているだけじゃないか」
「でも、俺らの給料も、その教会の信者サマのお金だぜ? 今更だろ」
ラクルスは頷く。
これは演技である。正直、ラクルスもどうでもいい。
お金なら、新聞配達でもシャンカラの雑用でも何でもすればいいのだ。貯金もそれないりにある。壊滅させた敵組織の財宝の四分の一はラクルスの手元に残るのだ。
ラクルスはそのさらに半分を身寄りのない子供達に寄付したり、シャンカラの公共施設改築に当てていた。
それでも、お金はたくさん余ったのだ。
「そうだね。でも、見返りとしてならまだわかる。僕はただ勉強しているだけだし」
「勉強? 平民が学ぶことなんて大したことじゃないだろ」
「そんなことないよ? ほら、あれ」
教科書を配っている教官がいた。
彼が渡しているのは、貴族だろうが、平民だろうが同じもの。“魔術歴史学”、“世界情勢学”、“対魔術師教本”、“魔術的地理の資料書”など。
平民にはついていけない内容だ。
「平民だって貴族だって、騎士になれば平等だよね」
「そうだな。せいぜい、おいていかれねーように」
「うん。一緒に騎士になりたいもんね、クレス」
「お、おう」
教科書を抱えたまま、ラクルスとクレスは寮へとやってきた。
騎士養成学校の入学者のほとんどは男性である。女性の入学者は、男子寮からさほど遠くない家に住んでいる。
男子寮は二人一部屋で、希望の相手がいれば、ペアとして認められる。
『友情は、連携に最も必要なものである』という教育方針の一つのおかげだろう。
ラクルスはクレスに誘われて、相手もいないのでついてきた。
二段ベッドに机が二つ。窓は一つあって、キッチンやシャワー室もついている。悪くない待遇だ。
貴族達にとっては最悪の環境かもしれないが。
ラクルスはちらりとクレスを見た。
「悪くない」
クレスは満足そうに頷いた。
そして、拳を突き出す。
「何?」
ラクルスは首を傾げた。
本気でわからない。どうしよう。殴られるのか? 何故?
「上か下か。勝ったら上。負けたら下」
クレスは二段ベッドを指差す。
ラクルスは困惑した。そんなに争うほどのことだろうか。喧嘩をしてまで。
「殴り合うくらいなら、譲るよ」
「何言ってんの? ジャンケンだよ!」
「じゃんけん?」
クレスはため息をついて、丁寧に教えてくれた。
そういえば、似たようなことを中枢達がやっていた気がする。中央のゲームだと聞いたことがある。
殴り合いよりも平和で、先攻後攻を決めるのに丁度良いのだと。
「わかった」
「ちぇっ。お前が上かよ。ちぇっ」
「だから、譲るって」
「うるさい! ベッドは勝ったもん勝ちなの!」
クレスはそうは言うものの楽しそうだ。
「改めて、ラクルス。二年間よろしくな」
「…………二年間?」
○○○
「怒るよ、ナーヴェ」
《………と、いうと?》
「どうして僕には魔術が使えないんだよ? 君と会話できているのに!」
《ルーセル。神に祝福を受けることと、神に愛されるのとはまた別のことなのよ》
ナーヴェの言葉に少年は顔を赤くした。
ナーヴェは少年を見つめる。彼には、自分は見えていないだろう。神の姿は“神子”にしか見えない。
魔術師でもない彼が見えることはない。
「僕は、魔術師になりたかった! 母さんみたいな! 立派な!」
《貴方の母上は剣士よ。神になる程立派な》
「違う! 母さんは魔術師だ! 武神ナーヴェの“神子”だ! 僕は、そんな母さんの息子で、それで、ナーヴェに、祝福されるはずなのに」
《違う。何度も………》
「わからないのかよ!? 僕の母さんは“神子”で、神様になってお空に行ったのに、僕は魔術師ですらない。馬鹿にされる僕の気持ち、考えたことあんのかよ!?」
武神ナーヴェは、少年を愛していた。
だから、祝福を与えなかった。
北大陸の魔導科学技術の崩壊を進める北の帝国ルーストとの戦いはいずれ、両者の民を巻き込んで戦争となるだろう。
もし、少年が魔術師なら彼の母親のように酷使され、捨てられ、世界に絶望するだろう。
無力な少年であれば、この子は絶望せずに済む。傷付かずに済む。彼の母親が、ナーヴェの“神子”であったライザが、悲しまなくて済む。
たとえ、嫌われても。
《私はお前を愛しているよ。ずっと、見守っている。いつの時代も、どこの誰だろうと》
「知らない! 僕は、もう二度と君とは話さない!」
少年は優しい剣士だった。
結局、戦火に包まれて、命を、散らした。
○○○
ラクルスはクレスをつつく。
授業中に寝ている相方を起こすのは、ラクルスの役目だった。相方は、教官にバレずに寝るのが特技のようで、バレたことは一度もなかった。
貴族達とは別の教室なので、よかった。
もし一緒だったら、速攻でチクられていたことだろう。
「ありがとう」
「寝るなよ」
クレスとラクルスの会話は、もはや日常の一部だった。
「そういえば、今日は図書館行かね?」
「いいけど?」
図書館は、よく利用する。
“大天災”の詳しい情報、“神子”の能力パターンや、教会にはどんな能力の者がいるのか。
また、教会の悪行などの調べ。
ラクルスはそれ系ばかりの本を借りているわけではない。読書好きと思われるために、司書と仲良くなり、かなりの頻度で図書館を利用する。月に一回、それ系の本を何気なくいつもの小説や参考書に混ぜる。
ラクルスは疑われすらしなかった。
ついこの前、勉強嫌いな貴族がスパイだと気付かれ、捕まったらしい。
もちろん、ラクルスは気づいていた。
壊滅させた組織の残党だったようだ。相手は気づいていなかったが。
それが、ラクルスとその他との圧倒的な差だった。
「よく利用するんだっけ?」
「うん。本なんて、普通じゃ読めないし」
これは本心だ。
最近では、中枢の一人によく本を借りているが、あの人は好みの本が偏っているので、ためになる本はあまり読めない。
その分、騎士養成学校の図書館は楽園のようだった。
任務だということをつい忘れて、好きな本を手にとってしまう。
「全部の本、読めたらいいけど」
「さすがに無理だろ」
「うん。だから、気になる本を片っ端からってね」
「お勧めは?」
「やっぱり、クエロ・ホーエン氏の作品だよ」
ラクルスはごく自然に本棚の間をぬっていく。
そして、その本棚に着いた瞬間。図書館の一角から教官の声が聞こえた。
「何をしている! 貴様は、読書は嫌いなはずだが? さては、スパイだな?」
「またか」
一般兵の中には多くのスパイが紛れている。
ラクルスはほとんどを把握していた。どれも素人で、功を焦っている。ラクルス程落ち着いたスパイはいないだろう。
他の有力な組織は、すでに教会内に幾人もスパイを忍ばせているのだろが。
見ると、男子生徒が教官に引き摺られて行かれるところだった。
「教会に天罰を! 我等こそが正義なり!」
「…………うっわぁ………」
ラクルスは身を引く。クレスは何も言わない。
ラクルスとて、教会と敵対する組織だが、そこまで教会を恨んでいるわけではない。
教会は何も悪ではない、と考えている。
中央孤児院では確かに身寄りのない子供を支援しているし、魔術師を悪魔の子と呼ぶ風潮がある中で確実に保護し、仕事を斡旋している。
教会が無くなればいいとは考えていない。
もう少し自由に生きれるシステム作りと、腐った上層部の排斥こそ、必要なことだと考えていた。
「あーいうの、嫌いだよ、俺」
クレスが呟いた。
ラクルスは、彼がどちらのことを言っているのか、よくわからなかった。
夕食は食堂で食べる決まりだ。
貴族席と、その他大勢の席は分かれている。どうやら、トラブルを避けるためらしい。
今日までに、何人の生徒が退学したのかよくわからない。スパイとして、授業についていけなくて、理由は様々だろう。もはや、平民出身の者はラクルスを含めて数える程になっていた。
「今日はハンバーグか」
クレスが嬉しそうに言う。
ラクルスはそれを聞いて、クレスをつつく。
「ブロッコリーはあるか?」
「入ってるぜ。全く、いつものだな」
「うん」
ブロッコリーが苦手なラクルスと、ニンジンが苦手なクレスは毎回野菜交換を行う。
騎士たる者、食材は残すことなかれ。
しかし、料理を交換するなとは言っていない。
仲の良い者同士は度々、こうして危機を回避していた。
「にしても、今日も疲れたな!」
「そうだね。実技訓練に、座学の小テスト………」
実技訓練は、騎士である教官が直々に指導を行い、騎士としての素質を見定める。
ラクルスもクレスも、教官風に言えば「合格」らしいが、油断はできない。
ラクルスにとっては、この任務は自分の価値を決めるもの。中枢達に無能だと思われれば、新聞配達の生活に逆戻りになってしまう。
座学は楽しいが、平民はついていくので精一杯だ。予習復習が何より大事で、それができない者はすぐに退学していった。
小テストは常に満点である。
どうやら、片っ端から読書している成果のようだ。ラクルスは魔術歴史学の教授であるルート・オーソンのお気に入りだった。
不思議なことに、騎士達は平民だろうが貴族だろうが差別しない。
そのことをルートに聞いた時は、ため息まじりに言われた。
『我々も、この養成学校時代は差別していたさ。しかし、魔術師連中を見れば嫌でも認めざる得ない。大切なのは生まれではなく才能。讃えるべきは家柄ではなく努力だと』
ラクルスはルートを尊敬している。
正直、彼女のような教官をいつか殺すかもしれないとなると心が痛む。
しかし、任務は任務だった。
(いつかは、クレスとも……)
ラクルスはため息をつきそうになった。
絆されてはいけない。
ラクルスは魔術師ではない。それなりに、卑怯に生きていかなくてはいけないのだ。




