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怪盗は盗んだ宝と恋をする  作者: 野良猫氏
地下街の魔術師編
10/42

騎士養成学校

「新入学生諸君の健闘を祈り、良き成績を収めることを期待している! よく励み、よく学び、良き騎士になるように、精進してくれたまえ!」

『はい!』


 威勢の良い声があちこちから聞こえる。

 ラクルスはため息を飲み込んだ。


 何が良き騎士だ。一般市民にすら、時には手をかける教会の騎士達が“良き”騎士なわけがない。

 ラクルスもそうだ。どこが騎士だ。そんな柄じゃあない。

 わかっている。本当は中枢達に文句が言いたかったのだ。しかし、言えなかった。ラクルスはあまりにも臆病で、頷くことしかできなかった。



「………無力だ」

「どうした、ラクルス君?」


 富裕層の商人の生まれで、次男だというクレスが嫌味に言った。

 ラクルスにウザ絡みしてくる面倒な奴。ラクルスにとっては、正直邪魔な存在だった。しかし、正義感は強く、陰湿なイジメはしてこない。

 ラクルスはその部分だけは評価していた。

 困っている人はしっかりと助けるのだ。富裕層にしては、珍しい。


「僕はすぐにお金を稼いで一人で生きていきたいんだ。これじゃ、教会の信者達のお金で食っているだけじゃないか」

「でも、俺らの給料も、その教会の信者サマのお金だぜ? 今更だろ」


 ラクルスは頷く。

 これは演技である。正直、ラクルスもどうでもいい。

 お金なら、新聞配達でもシャンカラの雑用でも何でもすればいいのだ。貯金もそれないりにある。壊滅させた敵組織の財宝の四分の一はラクルスの手元に残るのだ。

 ラクルスはそのさらに半分を身寄りのない子供達に寄付したり、シャンカラの公共施設改築に当てていた。

 それでも、お金はたくさん余ったのだ。


「そうだね。でも、見返りとしてならまだわかる。僕はただ勉強しているだけだし」

「勉強? 平民が学ぶことなんて大したことじゃないだろ」

「そんなことないよ? ほら、あれ」


 教科書を配っている教官がいた。

 彼が渡しているのは、貴族だろうが、平民だろうが同じもの。“魔術歴史学”、“世界情勢学”、“対魔術師教本”、“魔術的地理の資料書”など。

 平民にはついていけない内容だ。


「平民だって貴族だって、騎士になれば平等だよね」

「そうだな。せいぜい、おいていかれねーように」

「うん。一緒に騎士になりたいもんね、クレス」

「お、おう」



 教科書を抱えたまま、ラクルスとクレスは寮へとやってきた。

 騎士養成学校の入学者のほとんどは男性である。女性の入学者は、男子寮からさほど遠くない家に住んでいる。

 男子寮は二人一部屋で、希望の相手がいれば、ペアとして認められる。

 『友情は、連携に最も必要なものである』という教育方針の一つのおかげだろう。

 ラクルスはクレスに誘われて、相手もいないのでついてきた。

 二段ベッドに机が二つ。窓は一つあって、キッチンやシャワー室もついている。悪くない待遇だ。

 貴族達にとっては最悪の環境かもしれないが。

 ラクルスはちらりとクレスを見た。


「悪くない」


 クレスは満足そうに頷いた。

 そして、拳を突き出す。


「何?」


 ラクルスは首を傾げた。

 本気でわからない。どうしよう。殴られるのか? 何故?


「上か下か。勝ったら上。負けたら下」


 クレスは二段ベッドを指差す。

 ラクルスは困惑した。そんなに争うほどのことだろうか。喧嘩をしてまで。


「殴り合うくらいなら、譲るよ」

「何言ってんの? ジャンケンだよ!」

「じゃんけん?」


 クレスはため息をついて、丁寧に教えてくれた。

 そういえば、似たようなことを中枢達がやっていた気がする。中央のゲームだと聞いたことがある。

 殴り合いよりも平和で、先攻後攻を決めるのに丁度良いのだと。


「わかった」



「ちぇっ。お前が上かよ。ちぇっ」

「だから、譲るって」

「うるさい! ベッドは勝ったもん勝ちなの!」


 クレスはそうは言うものの楽しそうだ。


「改めて、ラクルス。二年間よろしくな」

「…………二年間?」


   ○○○


「怒るよ、ナーヴェ」

《………と、いうと?》

「どうして僕には魔術が使えないんだよ? 君と会話できているのに!」

《ルーセル。神に祝福を受けることと、神に愛されるのとはまた別のことなのよ》


 ナーヴェの言葉に少年は顔を赤くした。

 ナーヴェは少年を見つめる。彼には、自分は見えていないだろう。神の姿は“神子”にしか見えない。

 魔術師でもない彼が見えることはない。


「僕は、魔術師になりたかった! 母さんみたいな! 立派な!」

《貴方の母上は剣士よ。神になる程立派な》

「違う! 母さんは魔術師だ! 武神ナーヴェの“神子”だ! 僕は、そんな母さんの息子で、それで、ナーヴェに、祝福されるはずなのに」

《違う。何度も………》

「わからないのかよ!? 僕の母さんは“神子”で、神様になってお空に行ったのに、僕は魔術師ですらない。馬鹿にされる僕の気持ち、考えたことあんのかよ!?」


 武神ナーヴェは、少年を愛していた。

 だから、祝福を与えなかった。


 北大陸の魔導科学技術の崩壊を進める北の帝国ルーストとの戦いはいずれ、両者の民を巻き込んで戦争となるだろう。

 もし、少年が魔術師なら彼の母親のように酷使され、捨てられ、世界に絶望するだろう。

 無力な少年であれば、この子は絶望せずに済む。傷付かずに済む。彼の母親が、ナーヴェの“神子”であったライザが、悲しまなくて済む。

 たとえ、嫌われても。


《私はお前を愛しているよ。ずっと、見守っている。いつの時代も、どこの誰だろうと》

「知らない! 僕は、もう二度と君とは話さない!」


 少年は優しい剣士だった。

 結局、戦火に包まれて、命を、散らした。


   ○○○


 ラクルスはクレスをつつく。

 授業中に寝ている相方を起こすのは、ラクルスの役目だった。相方は、教官にバレずに寝るのが特技のようで、バレたことは一度もなかった。

 貴族達とは別の教室なので、よかった。

 もし一緒だったら、速攻でチクられていたことだろう。


「ありがとう」

「寝るなよ」


 クレスとラクルスの会話は、もはや日常の一部だった。


「そういえば、今日は図書館行かね?」

「いいけど?」



 図書館は、よく利用する。

 “大天災”の詳しい情報、“神子”の能力パターンや、教会にはどんな能力の者がいるのか。

 また、教会の悪行などの調べ。

 ラクルスはそれ系ばかりの本を借りているわけではない。読書好きと思われるために、司書と仲良くなり、かなりの頻度で図書館を利用する。月に一回、それ系の本を何気なくいつもの小説や参考書に混ぜる。

 ラクルスは疑われすらしなかった。

 ついこの前、勉強嫌いな貴族がスパイだと気付かれ、捕まったらしい。

 もちろん、ラクルスは気づいていた。

 壊滅させた組織の残党だったようだ。相手は気づいていなかったが。

 それが、ラクルスとその他との圧倒的な差だった。


「よく利用するんだっけ?」

「うん。本なんて、普通じゃ読めないし」


 これは本心だ。

 最近では、中枢の一人によく本を借りているが、あの人は好みの本が偏っているので、ためになる本はあまり読めない。

 その分、騎士養成学校の図書館は楽園のようだった。

 任務だということをつい忘れて、好きな本を手にとってしまう。


「全部の本、読めたらいいけど」

「さすがに無理だろ」

「うん。だから、気になる本を片っ端からってね」

「お勧めは?」

「やっぱり、クエロ・ホーエン氏の作品だよ」


 ラクルスはごく自然に本棚の間をぬっていく。

 そして、その本棚に着いた瞬間。図書館の一角から教官の声が聞こえた。


「何をしている! 貴様は、読書は嫌いなはずだが? さては、スパイだな?」

「またか」


 一般兵の中には多くのスパイが紛れている。

 ラクルスはほとんどを把握していた。どれも素人で、功を焦っている。ラクルス程落ち着いたスパイはいないだろう。

 他の有力な組織は、すでに教会内に幾人もスパイを忍ばせているのだろが。


 見ると、男子生徒が教官に引き摺られて行かれるところだった。


「教会に天罰を! 我等こそが正義なり!」

「…………うっわぁ………」


 ラクルスは身を引く。クレスは何も言わない。

 ラクルスとて、教会と敵対する組織だが、そこまで教会を恨んでいるわけではない。

 教会は何も悪ではない、と考えている。

 中央孤児院では確かに身寄りのない子供を支援しているし、魔術師を悪魔の子と呼ぶ風潮がある中で確実に保護し、仕事を斡旋している。

 教会が無くなればいいとは考えていない。

 もう少し自由に生きれるシステム作りと、腐った上層部の排斥こそ、必要なことだと考えていた。


「あーいうの、嫌いだよ、俺」


 クレスが呟いた。

 ラクルスは、彼がどちらのことを言っているのか、よくわからなかった。



 夕食は食堂で食べる決まりだ。

 貴族席と、その他大勢の席は分かれている。どうやら、トラブルを避けるためらしい。

 今日までに、何人の生徒が退学したのかよくわからない。スパイとして、授業についていけなくて、理由は様々だろう。もはや、平民出身の者はラクルスを含めて数える程になっていた。


「今日はハンバーグか」


 クレスが嬉しそうに言う。

 ラクルスはそれを聞いて、クレスをつつく。


「ブロッコリーはあるか?」

「入ってるぜ。全く、いつものだな」

「うん」


 ブロッコリーが苦手なラクルスと、ニンジンが苦手なクレスは毎回野菜交換を行う。

 騎士たる者、食材は残すことなかれ。

 しかし、料理を交換するなとは言っていない。

 仲の良い者同士は度々、こうして危機を回避していた。


「にしても、今日も疲れたな!」

「そうだね。実技訓練に、座学の小テスト………」


 実技訓練は、騎士である教官が直々に指導を行い、騎士としての素質を見定める。

 ラクルスもクレスも、教官風に言えば「合格」らしいが、油断はできない。

 ラクルスにとっては、この任務は自分の価値を決めるもの。中枢達に無能だと思われれば、新聞配達の生活に逆戻りになってしまう。


 座学は楽しいが、平民はついていくので精一杯だ。予習復習が何より大事で、それができない者はすぐに退学していった。

 小テストは常に満点である。

 どうやら、片っ端から読書している成果のようだ。ラクルスは魔術歴史学の教授であるルート・オーソンのお気に入りだった。


 不思議なことに、騎士達は平民だろうが貴族だろうが差別しない。

 そのことをルートに聞いた時は、ため息まじりに言われた。


『我々も、この養成学校時代は差別していたさ。しかし、魔術師連中を見れば嫌でも認めざる得ない。大切なのは生まれではなく才能。讃えるべきは家柄ではなく努力だと』


 ラクルスはルートを尊敬している。

 正直、彼女のような教官をいつか殺すかもしれないとなると心が痛む。

 しかし、任務は任務だった。


(いつかは、クレスとも……)


 ラクルスはため息をつきそうになった。

 絆されてはいけない。

 ラクルスは魔術師ではない。それなりに、卑怯に生きていかなくてはいけないのだ。

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