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カテリーナの暗号文字…
「あれは日本語…漢字に平仮名…片仮名まで使われてた。間違いなく彼女は日本人…もしかしたら私と同じ様にこの世界に来た人なのかもしれない」
背後の壁に腕を組んで立つ烏の方に振り向き、興奮する私に彼は、
「…で?」
と少し小バカにしたように返してきた。
彼のその言葉に少しムッとしながら私は続ける。
「…それだけじゃない。彼女のメモには…この世界の今後起こる出来事についてのメモもあった。…アレは凄く興味があったけど…」
ちょっとメモが重なって見えづらかったのが悔やまれる…
(手にとってじっくり読みたかったわ…!)
と私が歯ぎしりしていると、
「……お前が暗号を理解出来ると気づかれては正体がバレる…相手がどう出るか解らん以上…平静を装うのが懸命だな」
そう烏が言う。
「そう!そうなのよ!…もう驚きすぎて声出なくなりそうだったし、顔に出そうだったわ!」
ぷっくりとした柔らかな8歳児の頬をむにむにしながら私が烏の方へと向く。
「口元がヒクついてた」
と薄く部屋の中に射し込んだ月明かりに照らされた烏が冷たい眼で私を見た。
「これからの事を考えたらせめて面の皮厚くしとけ」
「…努力する」
師匠のもっともな言葉に、神妙に私が頷くと、彼は私の方へと何かを投げてきた。
「わわ!」
つい手を出した私は不思議に思いながらも、窓から射し込んだ光でそれを見て…驚いた。
「これ…まさか…カテリーナのメモ!?」
1枚だけだが、間違いなく、日本語で書かれたメモ…
「い、いつの間に…」
そう私が言うと、
「不用心に広げてるからな。お前の変顔が凄かったから1枚拾っておいた」
と事も無げに烏は言った。
(…こンの……!)
こめかみに青筋が立つが、深呼吸して怒りを鎮め、私は机の上のランプを手際よく灯し、メモを読む。
「…………」
私はその内容に驚きが隠せなかった…
「―――何て書いてある?」
烏は私の表情を見て、言葉を急かすが私はその内容を暫く彼に読み上げることは出来なかった…
『ディアナ・アルト・キャンベル』
『悪役令嬢ソフィアの母。全ての元凶。ゲーム開始数年前に死亡』
*** *** ***
「楽しみねぇ、明日のステラのお誕生会」
そう嬉しそうに笑うソフィアは今日も可愛い。
ロクサーヌの来訪から暫くして再び王子妃の教育に忙しくしていた彼女だが、ステラの誕生日だからと少しの休みがもらえたらしく、久しぶりにステラの部屋で姉妹2人、のんびりと午後を過ごしていた。
「私からのプレゼント…喜んでもらえると良いのだけど…」
どうかしら?と私を見つめるソフィアの後ろからキラキラしたエフェクトが見える様な気がするのは気のせいなのか…
「お姉さまからのプレゼントならどんな物でも絶対に大切にします」
と私が笑うと、ソフィアは頬を染め、
「ありがとう、ステラ」
と私を抱き締めた。
最近はふわりと柔らかい彼女の体と体温を抱き締め返すことに幸せを感じる。
―――だがその幸せの中、カテリーナのメモの言葉がちらつき、私は存分にソフィアとの時間を堪能出来ないでいた。
『全ての元凶』
『ゲーム開始数年前に死亡』
…確かに私が読んだ本の中にソフィアの母親の情報は無かった…
(…だとしたら…カテリーナはゲームの方をプレイしている可能性が有る…いや、小説とかまで網羅するファンかもしれない…)
まさか私がこの世界に来た原因の本を貸した同僚であり友人の彼女ではあるまいな?…と私がひとり考えて居ると、
「お母様…何だか痩せられたみたいだけど…ステラ…何か知っている?」
とソフィアが尋ねてきたので私は静かに首を振った。
ソフィアの言うように、ディアナは最近少し線が細くなっていたが、普段はあまり以前と変わり無く過ごしている。
だが、カテリーナのメモの言葉が事実なら見逃せない変化なので、私もそれとなくディアナやディアナの侍女に体調を訊ねたが、誰からも笑顔で「大丈夫」としか返ってはこなかった。
烏にもそれとなく訊ねてみたが、
「知らん」
の一言で会話は終了した。
「そう…」
ソフィアは私の髪を撫でながら、私の頭を自分の胸に引き寄せ、
「ごめんなさいね?ステラ…貴女も心配でしょうに…側にいてあげられなくて…」
と申し訳なさそうに謝る。
「お姉さま…」
私はソフィアの心臓の音を近くで聴きながら、ふにゃりと蕩けそうな自分の顔を引き締め、顔を上げると、
「大丈夫です!私はお姉さまのお顔を見たら直ぐに元気になりますから」
と笑う。
「ステラったら」
ソフィアはくすくすと笑い、私はその笑顔に見惚れる。
(―――明日には…カテリーナに会える…彼女から情報を聞き出せれば…私の…いや、ソフィアの未来は明るいわ!)
そう拳を握ると、明日のパーティーに向けて決意を新たにしたのだった。
*** *** ***
「うちの娘たちは本当に仲良しさんね。なんだか妬けちゃうわ」
ディアナは2人で本を読みながら話す娘たちを扉の隙間から眺め、目を細めて笑う。
「…妹の方はかなり姉に対する熱量が異常だがな」
背後の壁の方から烏の声がしてディアナはまた可笑しそうに笑うと、
「そんなこと無いわ。ソフィアもなかなか妹思いよ」
と言いながら静かに扉を閉めた。
「…体調は平気か」
ぼそりと呟かれた烏の言葉に一瞬ディアナの瞳が見開き、そして嬉しそうに綻ぶ。
「貴方がそんなことを言ってくれるなんて、嬉しいわ」
ステラのお陰かしら?とディアナが言うと、烏は一瞬苦虫を潰したような顔になる。
その顔を見て更にディアナが可笑しそうに微笑む…が、その笑顔に少し陰がかかるのを烏は見逃さなかった。
「……」
「…いやぁね、コールったら。あまり既婚の婦人を熱く見つめるものではないわ」
「誰が熱く見つめるか」
ふいっと横を向いた彼にディアナは、ふふふと可愛らしく笑う。
「貴方がステラの指導を引き受けてくれて良かった」
「…押しつけたんだろうが」
苛立ちを隠さない物言いにもかかわらず、ディアナは楽しそうに、
「これからも…あの子を守ってあげてね?コール…」
と蒼の瞳に彼の姿を写しながらそう告げた。




