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(…成る……程…)


紅茶が溢れなかったのを良い事に、私は何事も無かったようにカップとソーサーを置く。


「ステラ?大丈夫?」


銀の髪を陽の光に輝かせながらソフィアが私の顔を覗き込み、私は彼女ににっこりと微笑むと、


「えぇ。ごめんなさいお姉さま、お話中に…アバン様、失礼致しました」


とロクサーヌ達へ淑女スマイル(愛想笑い)を返した。


「気になさらないでステラさん。お怪我が無くて良かった」


そう言ってロクサーヌは私へと笑顔を向ける。


(…笑うとなかなか可愛いのね、ロクサーヌ…)


こんな笑顔をしている彼女は…本当にあのお茶会でソフィアに葡萄酒ぶっかけようとしたあの時のロクサーヌなのだろうか…


「……」


考え込む私はふと視線を感じ、ちらりとロクサーヌの隣でこちらを見ていたカテリーナが観察するように眼鏡の奥の瞳を真っ直ぐ向けていた。


(……ふむ)


()()はどう捉えるべきか…


単純にライオネルに好意を寄せていての嫉妬の眼差しか…


はたまた私が思いも寄らない()()意味が込められているのか…


(…ま、それよりも、だ…)


カテリーナの言葉で、ディアナがライオネルを呼び捨てにしていた意味がようやく解った。


確かに、甥であれば名前を呼ぶが、相手が目上の者なら敬称を付けるわよね…と納得する。


――ちなみにライオネルの家の事は以前調べたがキャンベル家との繋がりは貴族名鑑には載って無かった……ということは…


(…ディアナとライオネルの父親が兄妹か…ディアナさん、公爵家から嫁いできたのか…クリス…ぼんやりしてるようでやるわね)


と妻や娘にデロデロに甘い美男子を思い出しながらマドレーヌを食べる。


その間もちらちらとしたカテリーナからの探るような視線が向けられていたが…面倒だったので、あえて気づいていないフリをした。


「ライオネル様とは幼い頃から度々交流がありました。3人でピクニックに行ったり、お誕生日を祝いあったり…ライオネル様には失礼かもしれませんが、私はもう1人兄弟がいるようで嬉しかったです」


そう言って微笑むソフィアは天使か…と見惚れていたら、


「それは素敵ですわね。私たちには歳の近い親戚がおりませんの…ソフィアさんたちが羨ましいですわ」


ロクサーヌはそう言うと私の方へと視線を移し、


「幼馴染みの恋…素敵ですわね」


と頬を染める。


「?」


…少し意味が解らず返答に困っていると、ロクサーヌはますます頬を染めて私を見て、


「…実は王妃様のお茶会でノースエッド様とお話する機会があって…そこで私、お2人のご婚約のお話をお聞きしましたの。…ステラさんからの熱い想いに…ノースエッド様は()()()したのだと」


「!!!!!?????」


「まるで恋物語の主人公の様なお話で…私…正直、羨ましかったですわ」


キラキラと瞳を輝かせそう語るロクサーヌと対称的に、私の体は悪寒がして、顔が青ざめているのを感じる。


(だ、誰が…()()()()だと……?)


今すぐに()()は私ではなく、本物のステラがしたことだと全力で否定したい気持ちをどうにか抑え込んだ私は…


「は、………恥ずかしいです……」


そう言って顔を隠し、


(――ライオネルめ~……!次に会うときは覚えときなさいっっ!!)


と心の中でギリギリと歯噛みする。


そんな私をロクサーヌは好ましく思ったのか、


「ステラさんは可愛らしいですわね」


と微笑み、そして、


「私達もステラさんのような素敵な方とご縁があると良いわね?カテリーナ?」


そう妹の方へと話を振った。


「…………」


―――ところが当の本人は、いつの間にか取り出したガラスペンらしきものを手に、こちらに背を向けるように小さな紙に何かを熱心に書き込んでいた。


それを見たロクサーヌの黒髪が逆立っているような…


「……カテリーナ…」


「!はい!お姉様!!」


ジロリとしたロクサーヌの極寒の視線に声色で気づいたカテリーナは背筋を伸ばし、眼鏡を上げて笑顔で振り向く。


そんな彼女の頬に触れながら溜め息を吐いて冷静になったロクサーヌは、


「…今度は何を書いていたの?」


と問いかけた。


「あ、あぁ、いえ、…その…ソフィア様たちのお話を聞いて…その事を書いていました…」


そう言うとドレスの腰に提げられていた小さなポーチの様なものに小さなガラスペンと束ねた紙束をしまう。


「まぁ、素敵な入れ物ですね。初めて見ました」


ソフィアがそう言うとカテリーナが慌てたように、


「こ、これは私が作ったんです。直ぐにこう…書き留められるように…」


布袋だとどうしても収まりが悪くて…とカテリーナはポーチを触りながら言う。


まるで記者か作家のような情熱だ。


先程の私を見る目もその精神から来るものだとしたら彼女にはそういう仕事が向いているのかもしれない…と考えていると、


「この子ったら…ステラさん…書いたものは誰にも見せないと約束させるので許して頂けるかしら?」


とロクサーヌが私に言う。


(…えっと…あの、ステラのアツイオモイにオコタエしたとか何とか…の話?…ちょっと…というか、私としてはかなりの黒歴史なのだが…)


今後の為にもここは慎重にならねば…と、どう返答しようか迷う。


そうしていると、私の態度に一人納得して頷いたロクサーヌは、


「…そうですわよね…ステラさんとノースエッド様の大切なお話ですもの…何時なんどき他人の目に触れてしまってはお二人の素敵な想いに水を差しますわ…カテリーナ、先程のメモは処分なさい」


とカテリーナに言った。


その言葉に、


「え!」


とカテリーナが狼狽え始めると、


「早くなさい、カテリーナ」


公爵令嬢()の有無を言わさぬ物言いに、カテリーナは、


「で、でもお姉さま!()()は私だけの()()で書かれているので他人に見られることはありません!お姉さまも知っているでしょう?」


とはっきりと言い返した。


(暗号で書くとか…カテリーナ…ジャーナリズムに溢れてるわね…速記とかかしら?)


あれ、読めないのよね~…と私は昔見た速記の文字を思い出しながらカテリーナを見て、


「暗号みたいな文字ですか?私も見てみたいです」


見せて頂けますか?と金髪を揺らしながら小首を傾げると、カテリーナは俯いて眼鏡をいじりながら、


「あの…あの、よ、読めなかったら…このままにしてても…良いですか?」


と言ってきた。


私は、本当に他人には理解の出来ないような文字なら、まぁ良いか、と頷いた。


「そ、それなら…」


ゴソゴソとポーチを開け、紙を出すカテリーナの隣で、


「…本当に、読まれることは無いと思いますわ。以前、私もカテリーナの暗号文字を見たとき理解が出来ませんでしたもの」


とロクサーヌが私を安心させるかのようにそう言う。


その間に机の上にカテリーナが紙を広げ、私はロクサーヌから視線を移動させる。


「本当…これだけの文字をご自分でお考えになったのですか?素晴らしいです」


私の隣でソフィアがそうカテリーナを褒めると、


「ね、ステラもそう思うでしょう?」


と私に同意を求めてきた。


「はい、お姉様」


にっこりと頷いて、


「…もっと書いたものがあるんですか?他の文字も見てみたいです」


と私が言うと、渋々…といった体でカテリーナが再び紙を取り出し、並べる。


「…これなら、ステラも大丈夫かしら?カテリーナ様のメモを処分しなくても…」


ソフィアは妹と同じ歳のカテリーナのメモが処分されるのを不憫に思ったのか、そう私に訊いてきた。


「…えぇお姉様。カテリーナ様、文字は読めませんでしたけど、でも、恥ずかしいので誰にも見せないで下さいね?」


と私はカテリーナに笑いかける。


「は、はい、それはもう、絶対に」


カテリーナがそう言うと、ロクサーヌも自分もしっかり監督すると告げ、カテリーナはメモをポーチにしっかりとしまいこんだ。





その後のお茶会は和やかに進み、来月、ステラの誕生日という話題になり、


(あ、そうなんだ)


と他人事のように思う私をよそに、また訪ねても良いか、とロクサーヌに訊かれ、ソフィアと私は快く快諾した。






(まだ…訊きたいことがあるから、ね…)






馬車に乗り去る公爵令嬢たちを見送りながら私はそう呟くと、自室に戻り、


「…ちょっといい?」


と暗いままの室内に話しかける。


「……」


部屋の空気に少しの気配を感じ、背後に立つ無言の烏に私は話始める。








「―――――カテリーナは、恐らく私と同じ…日本人だわ」

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