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数週間後…
白い髭の優し気な年配の講師――オースティン先生が教材を片付け、
「―――ではこれで本日の講義は終了です。ステラくん、また次回」
と私に声を掛ける。
「先生ありがとうございました」
自室の扉の前まで講師を見送ると、すかさず私は準備をし、ワンピースのまま窓から中庭へと飛び降りた。
(……っかぁ~……!)
じんじんと足の裏から脛辺りに衝撃が走る。
日本の家より高い屋敷の2階から飛び降りたのだ…何度か練習したとはいえ令嬢暮らしのステラの体にはだいぶ堪える。
―――けれどその痛みに止まっている時間はない。
髪が一房目の前に舞ったと思ったら…頬にチリッとした痛みを感じた。
(見つかった…!)
私は駆け出すと綺麗に剪定されている庭の木に身を隠す。
まるで追い詰められた犯人な気分だ。
(…今日こそはっ…!)
するりと私専用の武器を取り出すと意識を集中させる。
心地好い風が吹く美しい庭園にピリピリとした気配が漂い、私が背中に殺気を感じ振り向く――――
「いったぁあっっ!!」
脳天に鈍痛がすると同時に視界がぼやける。
「からす……じゃなくて師匠!?脳天は止めて!?せっかく覚えた礼儀作法とか飛んじゃうからっ!」
と私が涙目でそう烏に訴える。
(…これ、頭蓋骨陥没とかしてないわよね…?)
痛む箇所を擦りながら自分の頭の形を確かめる。
(……良かった…コブになってる…)
嫁入り前の侯爵令嬢としては良くないだろうけど、取り敢えず頭の中身の方は大丈夫そうだと安心する私に、
「飛んだらまた詰め込め。どうせ学園入学までまだまだ何年もあるし、況してやお前は自分の世界の知識がこちらのと似ていてある程度は出来ているのだろう?…多少凹んでも問題無いな」
と烏は太めの木の棒を手に、しれっと告げた。
そんな彼に向けて怒りを込めて私は右手からあるものを放つ…が、それを軽々と指先で挟み、
「無駄に使うな」
と無表情で私の足の指先ギリギリに投げつけた。
「―――っ!!」
それが刺さった想像で叫びたい衝撃に駆られる。
キラリと光る銀色のそれは―――――
フォーク…だ。
ふざけているのかと怒られても仕方がない。
だって本当にフォークなのだから…
(でもそれだけじゃないのよ?スプーンもあるし、一応、ナイフもあるわ!)
…ただナイフはまだ投げる許可が下りていない…
フォークの命中率が上がってからだと烏が言ったからだ。
しかし、何故私の武術の練習にカトラリーを使っているのかというと…
「令嬢が一番身近で持ちやすく、扱いやすい物だろう。これならティータイムやディナー、パーティーの時でも対応出来る」
そう彼は言い、私は銀のカトラリー一式を持たされ、武術の時間にこれらで烏を追い詰めれば次の段階へと移ると決められた。
(…納得出来るような、出来ないような…)
私がそう思いながら土に刺さったフォークを抜きとり、そこに付いた汚れを払って顔を上げると、…既に烏の姿は無かった…
(…まだまだこれから…!)
唇を引き締めながら私は再び駆け出すと、烏の気配を捜し中庭を駆け抜けた。
*** *** ***
そんな武術?をこなしながら勉学に馬術、そして令嬢としてのマナー講座等に勤しんでいた私だったが、ある日の朝食時に「来客がある」と両親から告げられた。
「お客様はどなたなんですか?」
そうソフィアが問いかけると、ディアナが優雅に笑いながら、
「アバン公爵家のロクサーヌ嬢よ」
と告げ、サラダを食べていた私は舌を噛みそうになった。
(…ロクサーヌ?…って…あのミラーボール…よね?)
私の可愛いソフィアに葡萄酒ぶちまけようとした黒髪の気の強い令嬢を思い出し、どういうことかと思案する。
王子妃として教育を受けるソフィアへと嫌がらせか牽制か…
どちらにせよ私がソフィアを守ってみせる!と心で拳を突き上げていると、
「少し遅くなってしまったけれど…お茶会での一件を改めてお詫びしたいのですって」
とディアナが食後のお茶を飲みながらソフィアに説明した。
「まぁ…ロクサーヌ様…気に病まれていたのですね…」
なんだか申し訳無い事を…とソフィアはその美しい顔に憂いを滲ませる。
(…肝も根性も据わってそうなロクサーヌが気に病む?…無い無い無い)
そう心で首を千切れんばかりに振っていた私に、
「そういうことだから、ステラ?貴女も同席してね」
ディアナは朝陽にその美貌を輝かせながら言ったので、私は一瞬動きを止めた。
そして、
(何故?)
とディアナの顔を食い入るように見つめる。
すると彼女の隣で微笑みながら、
「実はね…ロクサーヌ嬢の妹君も来られるんだ。ステラと同じ歳のご令嬢でね、カテリーナ嬢…と言ったかな?ステラにも友人を作るいい機会だと思ってお誘いしたんだよ」
とクリスが少し頬を染め、子持ちの男性とは思えないほどの色気で私にそう告げた。
…彼はどうやら予備校生並みに勉学やら武術やらにかまける娘に年相応の経験もさせたいらしい…
(…まぁ…親なら心配するわよね…8歳の娘がいきなり過密スケジュールで色々やり始めたら…)
私はそう考えながらクリスを見つめる。
…ステラの容姿にそっくりな父親は、目に入れても痛くない程娘たちを可愛がっている…
(…少し位、親孝行するか…)
と私は覚悟を決めると、
「――私もカテリーナ様にお会いするのが楽しみです、お父様」
そう言ってにっこりと笑うと、クリスはホッとしたように頷いて、
「大丈夫。ステラならすぐに仲良くなれるよ」
と目を細めた。
――――そんなやり取りから数時間後…
ロクサーヌと彼女の妹、カテリーナがキャンベル家にやって来たのだった。




