13
烏の黒い瞳が静かに私を見つめている。
「…大体こんなところよ…信じられないかも知れないけれど、本当の話なの」
私は今までの経緯を素直に彼に話した。
下手に誤魔化せば、彼からの指南を受けられる折角の機会を逃してしまうかもしれないと危惧したからだ。
――――それに…万一バラされたところで、信じる者はあまりいないとも思ったし、それをネタに彼は私を脅したりだとかはしないと考えた。
――――ライオネルとは違って…
(…何だろう…元とはいえ暗殺者なのにあの子よりも信用出来る気がするわ…)
ニコニコと笑いながら薬を盛るなんて、普通の神経なんてしていないと、天使の様な風貌の婚約者を遠い目をして思い出す。
(あの子との婚約話もどうするか考えなきゃね…前は自白剤で済んだけど、あの調子で毒薬でも盛られたら堪らないわ…)
と私が考えていると、
「…つまり、お前の話が本当なら…8年後にはこのキャンベル家は王子の心変わりによって長女が暴走し、その結果…家族全員が死罪か追放される…と言うんだな?」
そう言われた私は頷くと烏は溜め息を吐いた。
そして口元に手を当て考え込み、
「この世界がお前が言う違う世界の物語というのは信じられないが…」
と言い、
「あのノースエッドの坊主に自白剤を盛られたくらいだ…お前がステラで無い事は事実なんだろうな。それに、ここ最近のお前の行動や言動から見ても只の子どもとも思えん。中身が行き遅れの女と言うのも頷ける」
そう1人で納得した。
「ちょっと?誰が行き遅れよ」
私はそう言って彼を睨むが、
(護身の為、ソフィアの為…)
と心で唱えて息を吐くと、再び手を合わせ、
「…だから貴方にお願いしたいの…8年後にここの家族が被害に遭わないように、私は色々と動かなきゃならない…そこでの危険を回避するため、私に護身術を教えて下さい!」
と頼み込んだ。
そんな私を見て眉間の皺を深くした烏が、
「…色々、と言うのには学園でも一人で様々な事に首を突っ込むつもりか?」
と言う。
「そう…なる事も多くなるんじゃないかと思うわ…王子の心変わりが始まればお姉さま…ソフィアが暴走するから…」
そうしてそれを断罪され、断頭台に連れて行かれ…
――その後は想像するだけで胸が締め付けられる…
…黙り込んだ私を見ていた烏は、
「…その時に俺の様な者に探らせるという考えは?」
と言ったが、その言葉に私は首を振る。
「無理よ。貴方が関わったと万一知れたらソフィアにあらぬ疑いがかかるじゃない…それこそ足下を掬われる。それに協力者を作れば作るだけその確率は上がるわ」
私はそう言い溜め息を吐く。
「……」
すると何故か烏はじっと私の瞳を食い入るように見つめてきて、私はその視線に何やら違和感を感じ、
「…何か?」
と警戒しながら問う。
それに対して烏はすっと視線を逸らし、
「…何でもない」
と頬を染めて答えた。
(――――は?何その乙女反応…何でも無くないじゃい?)
意味不明な彼の行動が気にかかりながらも、私は、
「…話したから…私に武術を教えてくれるわよね?…ね?」
と祈るように彼を見上げながら言うと、烏は真顔に戻り、渋々と言った体で頷く。
その返事を聞いた私は思わず気が緩み、そして…
「本当!?ありがとう、烏!」
と彼に抱きついてしまった…
*** *** ***
(――――…あ)
この世界の美形たちの悪癖(距離感無視の過度な接触)が自分にも影響を及ぼし始めたと気づいた私は、慌てて細身に見える烏の意外と鍛えられた身体から両腕を離した。
(お、こって…ない?…わよ、ね?)
元暗殺者の逆鱗に触れていないかと恐る恐る彼の顔を見上げた私だったが…
―――こちらを見て真顔で赤面している人間を初めて見た。
「…あ、あのぅ…」
そんな彼の姿に色々不安になった私は烏に声を掛けるが反応は無い…反応は無いが視線がこっちに釘付けで居心地が悪過ぎる。
どうしたものか…と私が狼狽えていると、
「お前は――――――」
「………え?」
微かに動いた烏の唇から聞こえた言葉に、一瞬理解が出来ず…私は暫し困惑した。
(ど……どういうこと?)
必死に烏の言葉の意味を考えるが答えが出ずに益々パニックになっていると、我に返った烏が何事も無かったかの様に顔色を戻し、
「―――っ!?」
…人の眼球近くに何処から出したのか鋭い刃物を突きつけてきた…
(何……?何なの!?)
静止したまま心の中でパニックになっている私を余所に烏が刃物よりも冷たい、氷の様な声で烏は私に問いかける。
「……俺はお前の師匠……そうだな?」
私は頷きたくても眼球に刃物が刺さりそうで頷けず、じっと彼の黒い瞳を見つめた。
…烏の容姿が日本人に似ているからか…美形なんだけど少し落ち着く。
こんな状態で落ち着ける自分もどうかと思ったけれど、そのお陰か、
「――勿論、そうよ」
と声が出せた。
すると烏は刃物を出した時の様に一瞬で何処かへと隠すと、
「――お前は何も聞かなかったな?」
と私に問い掛けてきた。
(…成程…そういう事……)
彼の問いに私はこくりと首を縦に動かし答え、
「誓って。……ついでに貴方がその事で赤面しちゃう程可愛い事は誰にも言わないでいてあげる。…だって私は貴方の教え子、だものね?」
と告げた。
その途端、烏が苦虫を潰した様な顔で物凄い殺気を放つが私はもう怯まなかった。
(―――…たぶん…さっきの言葉は…そういう事、なのよね?…なら…この容姿…使わない手は無いわ)
と考えながら、に~っこりと笑った私は烏を見つめ、
「…これから宜しくお願いしますね?師匠?」
と彼に言ったのだった。
烏から快く約束してもらえた私は、『これでソフィアを自分の手で守れる』と浮かれながら上機嫌で果物を抱えながら自室へと戻った。
―――次の日から、彼からの地獄の訓練が始まるとも知らずに…
*** *** *** ***
金髪の侯爵令嬢が部屋を出てから俺は己の気配を消すと部屋を移動した。
そしてある部屋に辿り着くと慎重にそこに侵入し身を隠して潜む。
―――が、
「…あら久しぶりコール。ステラはどう?貴方の教え子になれそうかしら?」
美しい銀髪の侯爵夫人はソファに腰掛けながら天井を見上げ、俺に微笑みかける。
(…気配を完璧に消していたのにこれだ)
張り付いていた天井からくるりと反転し、彼女の近くに降りた俺は、
「…俺についてこられなければ後は知らん。…それで良いな?」
と告げる。
俺の答えに夫人―――ディアナは美しく微笑むと、
「それで構わないわ。まぁ…最近のステラはやる気に満ちているからそう簡単にはいかないと思うけれど」
そう言ってちらりと愉しそうに俺を見つめる。
「…こういうのは…役得、と言うのだったかしら?」
「……何がだ」
俺の言葉にディアナは笑いながら意味ありげに唇だけ動かす。
(………)
――その言葉に今すぐに前職に戻ってやろうかと思うほどの殺意が湧いたが、――何とか堪えた。
(…娘といいディアナといい…厳密には親子で無いのに遣り口が似ているなんてどういうことだ)
自分は違う世界の人間だと言ったステラは俺と近い年齢の女だと言う。
確かに時折何かを考え込む際のステラは何処と無く歳に似合わぬ雰囲気を醸し出していた。
(…まぁ、たまに本当に俺と歳が近いのかと思うような行動もしていたが…)
と俺が考えながらふとディアナの方へと視線を移すと、いつの間にやら手紙を手にしていて、その傍らに置かれた便箋の紋章に見覚えがあった。
「…お茶会での謝罪の手紙よ。…全くもう…子どもの可愛い時はすぐに過ぎてしまうのね…貴方もそう思うでしょ?コール」
そう言っている本人も美しい外見とは違い、なかなかにいい性格をしているのだが。
「……俺の名は烏だ」
先程から俺の本名をさらりと口に出し呼んでくるディアナにそう言うと、
「良いじゃない。私と貴方の仲、なんだから」
と返してきた。
その答えに眉根を寄せてディアナを迷惑だと言わんばかりの視線で見る。
「人聞きの悪い事を言うな。どんな仲だ」
「そうねぇ…」
人差し指で艶めいた唇に触れ、あ、と声を出し、
「同志?」
そう言って俺を見上げたディアナに殺気を飛ばした…その時――
(!)
ある気配に俺は再び姿を隠す。
ディアナは俺に向かって笑うと手紙に目を落とし、暫くするとこの部屋の扉が開いた。
「――あぁ、ディアナ。ここに居たのかい?」
そう言って入って来たのは…この屋敷の主人、キャンベル侯爵だ。
「クリス」
ディアナは自分の頬にキスをする夫を愛情に満ちた瞳で見つめると、
「どうかなさったの?」
と言った。
「…いや…その…」
端正な顔立ちの男が、まるで子どものように視線を迷わせながら妻の隣に座り、
「ステラの…事、なんだが…」
そう絞り出すように妻に言い、
「本当に…彼女に武術を習わせても良いのかと思って…」
と言葉を続けた。
「まだステラは8歳だ…最近とても多くの難しい本を読んでいたりだとか時折大人びた事を言ったり行動したりとしているけれど…武術は危険なのではと思うんだ…」
侯爵はそう言うと辛そうに溜め息を吐いた。
そんな彼の肩にディアナはそっと触れると、
「クリス…」
と夫の名を呼び、自分の方へと顔を向けた彼の瞳を見つめ、
「…大丈夫よ…ステラにはとても良い師匠が見つかったから」
と告げる。
「だから貴方は心配しないで?あの方はきっと彼女にとても良い経験をさせてくれると、私は信じているわ」
ディアナはそう言いながら彼を抱き締めると一瞬俺の方を見た。
…その紫の瞳は秘め事を楽しんで輝き、俺はディアナから視線を逸らす。
(…とても良い経験、ね…)
俺は侯爵に気づかれない様に部屋を出ると教材を調達する為に屋敷を抜け出した。




