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突然現れた肩まである黒髪を後ろで無造作に一つに纏め、切れ長の黒い瞳に質素な身なりの青年は、私が投げた小皿を元の場所に戻すと私を見て、


「…6日か…だいぶかかったな」


と告げる。


「ほとんど何も食えなかったにしては命中率が良かった。それは誉めてやる」


「…」


「ただ極限まで追い詰められないと気配が読めないようじゃ話にならない、武術なんざ習わずともご令嬢は護衛にでも守られておけ」


「……」


「―――おい」


「…………え?」


呼び掛けられ、私は顔を上げた。


「いくら空腹だからって…侯爵家のご令嬢が…素手で果物にむしゃぶりつくのは…俺もどうかと思うぞ」


「はっ!!」


(通りでお腹が満たされると思った!)


私は顎に滴る果汁を手の甲で拭い、


「…死にかけてたのよ?令嬢だろうが何だろうが人間だもの、無我夢中になるわ」


と言いながらオレンジを剥いて食べる。


そんな私を珍獣でも見る様な顔で見つめた彼は、


「…キャンベル家のご令嬢が()()()()と訊いてはいたが…本当に令嬢とは思えないな」


と言いながら溜め息を吐く。


「失礼ね…それより、私は合格?()()


久しぶりの固形物に人心地ついた私は、青年を見上げ、にっこりと微笑む。


しかし彼は睨む様に私を見ると、


「言っただろう?()()()()()と」


そう告げ、背中を向け、現れた時と同じ様に居なくなろうとしているようだ。


だが私はそんな彼の背中に向かって笑顔でこう告げる。


「―――あら、そんなご令嬢を育てるのは『()』には荷が重すぎるのね?期待外れだわ」






消えようとした彼の背中からぞわりとする様な殺気が向けられた。







*** *** ***







(―――…当たり…ね)


肌にビリビリと彼から生まれて初めての殺されそうな予感満載の敵意を向けられ、私は今すぐ逃げ出したい衝動を必死に押さえ込んでいた。


…まぁ、そうしたくとも足が床に縫い付けられたみたいに動かないのだけれど…


彼はゆっくり振り向くと、無表情のまま、


「…侯爵家のお嬢様?どちらでその様な名前をお聞きに?」


と私に問う。


侯爵家(我が家)に仕えてくれているのでしょう?けれど表には中々いらっしゃらないとか…お会い出来て光栄ですわ」


震える唇に神経を集中させ、微笑み続ける。






―――彼の名前は、実は読んだ本に少し情報として載っていただけだった。


…主人公を暗殺しようとしていた際に、ソフィアが口にしていた名前…


侯爵家に仕える…黒が特徴の()暗殺者。


結局、足が付きやすいとすぐに却下されていたが、推理物が好きな私には印象に残っていて、おかしな事が起こり始めてからのこの数日、ディアナが依頼した人物を考え抜いて思い出した名前だった。


(…いつ頃から居たのか、本当に居るのか解らなかったから不安だったけど…実在して良かった)


と私が胸を撫で下ろしていると、彼が口を開いた。


「…()()も無いのに俺の事を?」


依頼(頼み)なら有るわ。私に武術を教えて欲しいの」


「さっきも言ったが、身を守りたいなら、それは護衛の仕事だ。奴等に任せろ」


「違うわ。私は()()で守りたいの…これから先、()()()()も」


――階級を剥奪されたら何もかも丸裸。首が無事でも何が有るかたまったもんじゃない。


(…それに…)


ソフィアを自分の手で守りたい…婚約者選定を回避出来なかった私は、自分の身よりも彼女の最悪の事態に備えておきたくて仕方が無かった。


「――貴方なら、出来るでしょう?」


(…だから絶対に逃さない)


目の前の『烏』を私は真っ直ぐに見つめ、彼も私の真意を探るように黒い瞳で見つめ返す。


「…断る。素人のの令嬢ごときに指南して俺に何の得になる?それに俺が基本扱うのは()()だぞ?それを素人のお嬢様が使えるまでに何年かかると?」


それを聞き、私は口の端を持上げる。


暗器(それ)が良いのよ。どうせ普段はドレスだから佩剣なんて出来ないんだし、隠しておけるような武器の方が都合が良い。それに今はまだ行動範囲が狭いけれど、学園に上がる頃には護衛も付けにくい…だから少なくみてもあと6年は時間があるし面倒見てもらえないかしら?」


「………」


「…扱いだけで良いの…護身術がわりに、ね?」


私はお願い!と両手を合わせる。


「随分と物騒な護身だな。…それに学園で何かに巻き込まれる前提の話に聞こえる」


私は少し話し過ぎたかと思ったが、彼の興味が向いている為、そのまま話を続ける。


「――学園と言えど貴族社会の縮図みたいな場所よ?用心するのは当たり前じゃない。それにお姉さまが王子の婚約者…いつ誰に足下掬われるか分かったもんじゃないでしょ?」


そう言うと、彼は冷たい視線を向けながら、


「……素人が誰かを消すなんてそう簡単な事じゃ無いんだぞ」


と言う。


私はそれを首を振りながら否定する。


「私だって嫌よ。それにそんな事はしないわ、誓って護身の為だけに使うつもり」


「……」


彼は暫く私の事を見つめていたが、小さく息を吐くと、


「…条件がある」


と告げ、私は受けてもらえるのなら、ある程度の条件は飲もうと神妙に頷いた。







「先ずは()()()()()()()()を全て吐け」







(―――こっちにもバレてる…)


まさかの条件に、私は固まるしか無かった――――

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