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お茶会から暫くして王宮からソフィアを正式に王子の婚約者とする書状が届き、ソフィアの王子妃教育が始まり、彼女が王宮へ赴く機会が多くなってきた。
その過密なスケジュールに私が驚き、ソフィアを心配していると、
「ステラもそろそろお勉強が必要な頃よね?何か習いたい科目はあるかしら?」
とディアナが声をかけてきた。
私はすかさず習いたい科目を告げ、その答えに、
「……本当に習いたいのね?」
ディアナが少し固まってから笑顔で問いかけ、私は満面の笑みで頷く。
「ステラ……もっと他には無いかな?ほら…ヴァイオリンとか、声楽に、あ、乗馬も最近の令嬢には人気らしいよ?それにステラの歳ならそろそろ礼儀作法とか…」
クリスが一生懸命提案するが、
「私、それがどうしてもやってみたいんです。あ、乗馬と礼儀作法はやりたいかな?あ、あと勉学も詰め込めるだけ詰め込みたいです」
と瞳を輝かせながらお願いのポーズでクリスの方へ向く。
(学園入学までにある程度学力はつけておきたいのよね)
私は心でそう呟くと、
「お願い、お父様」
長い睫毛バシバシ瞬かせ、少し潤ませた瞳で父親を見上げれば、クリスがキリッとした顔で私を見て、
「…私の可愛い娘のお願いとあらば仕方がないな…自分からやると言ったからにはキチンとこなすんだよ?」
とまるで口説くようにそう答えた。
「本当に?わぁ!嬉しい!」
ありがとうお父様、と私は微笑む。
(…おっしゃ!いっちょあがりぃ!)
と心で男前にそう拳を上げていると、
「――そう…どうしてもあれを学びたいのね?」
クリスの背後からディアナがにっこりと微笑みながら近づいてきた。
(…え?何?今って冬だっけ?ディアナさんの後ろにブリザードが見えて寒さまで感じるんだけど…)
そう私が震えていると、
「仕方がないわね…――セバスチャン?」
「はい、奥様」
「至急、手配なさい」
「畏まりました」
とあっという間にディアナが私の願いを現実にと変えてしまった。
その早さに驚いている私に、ディアナが私を呼ぶ。
「いい?ステラ。一度やると決めたことは何があってもやり遂げるのよ?…例えそれが…どんなに辛く厳しく…そして訳が解らなくとも…」
「…は、はい…?」
意味深な言葉に疑問を抱きつつも、美人の圧力に圧され私は頷く。
私の返事に納得したのか、ディアナはふふふと笑い、
「なら良いわ。私、それだけが気になっていたの。――それじゃあ頑張ってねステラ。他のお勉強も手配しておきますから楽しみに待っていてね」
そう言ってクリスと微笑み合いながら腕を組み、新婚のような熱さで部屋を出て行く。
…部屋に残された私は1人ソファに座って緊張を解いた。
(あ゛~…疲れた…)
すべすべの頬をムニムニとマッサージし、うう~んと伸びをする。
私がおねだりしたのは「武術を習いたい」というものだ。
リストにも書いたが、万が一の時は自分の身は自分で守ろうと考えなるべく早急に始めておきたかった。
(…でもこれでリスト通りの行動がとれそう…)
ふぅっと息を吐き、テーブルの上のお茶に手を伸ばす。
「……え?」
そこには先ほどまで有った筈のお茶が…無かった。
「へ?」
夢でも見ているのかと私はカップを持上げるが…やはり中身が無い。
(やだ…ボケちゃったのかしら?)
私はカップを置き、疲れから甘い物を食べようと焼き立てのマドレーヌに手を出した。
――――が、
「…嘘でしょう?」
そこには高そうなお皿が在るだけで、先程まで綺麗に並べられたマドレーヌ達が1つも無くなっている。
私は慌てて立ちあがり、辺りを見回すが壁に控えているメイド2人以外部屋には居ない。
(…彼女たち…では、ないわよね?)
同じ部屋とはいえど、彼女たちの所からここまでは少し距離があるし、第一、主人の食べ物を狙うだなんて職を失うかもしれないおかしな事をするとは思えなかった。
(じゃあ…どこに?)
お茶とマドレーヌは消えたのか…
私はう~んと考えるが答えが出る筈も無く、
(…部屋に戻ろう)
とソファから立ち上がり、メイドたちに声をかけて自室へと向かった。
数日後―――
私の頬はやつれ、キラキラ輝いていた髪や瞳は光を無くしていた…
(……………お腹………すい…………た)
ここ数日まともな食事にありつけていない…
それというのも…
(……何故、食事が……消えるのよ……)
私の食事だけが忽然と消えるという不可解な現象により強制ダイエット状態になった私はふらふらと幽鬼の様に屋敷を彷徨う。
両親と同じ席で食べる夕食でさえ消えるのだ…クリスは心配そうに私を見つめるが、ディアナはニコニコと私を見つめて食事をしていて…この状態が彼女の「頑張ってね」だったのかとナイフとフォークを握りしめながら思った。
…本当は部屋でじっとしていたいのだが匂いに敏感になった私は、食べ物の匂いのする所へと勝手に足が進んでしまう。
(あぁ……これは…果物の匂い……)
柑橘系の瑞瑞しい香りに…葡萄の甘い香りも……
(……いけない…涎が…)
壁をつたい、ずるずると廊下を進み、私はとある部屋にたどり着く。
扉を肩で押すように開けると、応接室のテーブルの上にフルーツ盛り合わせが後光を背負って鎮座していた。
「あ…ぁ…!」
私は操られるようにフルーツたちに手を伸ばす。
(美味しそう……あ、もう味までしてきた気がする…)
もう少しで艶々のオレンジを掴む………そう思った、その時…
「!」
―――…何かがオレンジを掠める。
指の先を見つめるとそこにあった筈のオレンジが無くなっていた。
「………………………………………」
…今まではこうなると絶望しか感じなかったが…今は……
私は再び盛り合わせの葡萄に手を伸ばすと、その指先から風を感じ、そして…
「………そこかぁっ!!」
「!」
盛り合わせの近くにあった小皿を気配のした所へと投げつけた。
「――誰!?」
投げつけた先に、見知らぬ人物が現れ面白くなさそうに此方をじっと見つめ立っていた。




