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15、西大陸の覇者


 緯度の高い翠の王国とはいえ、夏場は暑い。7月も中旬になると、太陽がじりじりと肌を焼くようになる。朝夕は涼しいが、昼間、太陽が出ているときは暑い。そんな気候。


 そんな翠の王国の中に存在する駆け込み寺ならぬ駆け込み城のラウルス城の城門前には湖がある。夏場になると、その湖で城の子どもたちが遊ぶのが常だ。冬場にはスケートもできる。


 まさか、子どもたちだけで外に出すわけにもいかず、保護者が必ず付いてくる。そして、その護衛として1人か2人、『オーダー』の騎士がつく。今日は秀一がその役目を担っていた。今回はエーリカも一緒だ。エーリカ自身には戦闘力はほとんどないが、子どもの扱いがうまいのだ。秀一が寡黙なのでつけられたのだろう。


 現在、2万人弱の人を収容するラウルス城は、その半分以上が避難者だと言われている。まあ、確かに『オーダー』のメンバーが8千人前後なのに対し、避難者が1万人なら、避難者の方が多い。



 基本的に、ラウルス城には社会になじめなかったものが集まる。変わった能力があるだとか、マッドサイエンティストだとか、犯罪者だとか。まあ、マッドサイエンティストなのも犯罪者なのも本人のせいだが、能力に関してはどうしようもない。その人のせいではないのだから。


 6月の中ごろにはシャンランが、7月の初めにはメアリがラウルス城を出ていった。逃げ込んでくる人がいる中で、彼女らのように出ていくものもいる。


 ちなみに、メアリがいなくなって抜けた魔術師の総指揮官は、『評議会』議員のダニエルの父、クレイグ・ソールズベリーに引き継がれた。彼も確かに魔術師なのだが、マリアンやメアリのように人をまとめる、という行為が苦手な優しい人物で、指揮官のようなことには向かない性格をしている。


 というわけで現在、魔術師たちはほぼ放任状態だ。メアリとマリアンは偉大だった……。



 とはいえ、『オーダー』に所属していても、魔術師ではなく騎士である秀一にはあまり関係ない。騎士たちの指揮は変わらずグレイスとリアムのキャロウ夫妻が取っているし、魔術師たちも含めて総合的な指揮はアウラが取っている。なので、意外と問題が起きていないのだ。


「ボーっとしてるけど、秀一、大丈夫? 熱中症?」

 子どもたちと水辺で遊んでいたエーリカがいつの間にか近くに来ていた。秀一は首を左右に振る。

「いや、大丈夫だ」

「……ならいいけど。私、戦闘力ほぼ皆無だから、何かあったらやっぱり秀一が頼りだしね……」

 エーリカが視線をそらしつつ言った。彼女自身も、戦闘力がほぼないのはまずいな、と思っているようだ。まあ、こういうのは自身の身体能力やセンスにも絡んでくるから仕方がない。エーリカは、他に例を見ないほどの高度な情報収集能力を持っているのだから、何か起こりそうなら先に察知して逃げることができる。


 湖では10数人の子どもたちが保護者の大人に付き添われて遊んでいる。これまで、外で遊んでいて何か事件が起こったことはほとんどないが、皆無ではない。


「ん? 美代、どうしたの?」


 見ると、小柄なエーリカよりもさらに小さな少女がエーリカの服の裾を引いていた。秀一と同郷の美代である。まだ12歳だがしっかり者の彼女は、ラウルス城の年少者たちの面倒を進んでみてくれている。


 彼女はエーリカを見上げて言った。

「……嫌な予感がする」

「嫌な予感?」

 エーリカが聞き返すと、美代は眉をひそめた。

「うん。詳しいことはわからないけど、ここは危ない気がする。早く城の中に戻った方がいいと思う」


 美代の勘はよく当たる。彼女には軽い予知能力があるようで、それを周囲に気味悪がられて、このラウルス城に連れてこられたようだ。彼女と秀一の母国である蒼の王国は遠いのだが、彼女はたまたま蒼の王国を訪れていた『オーダー』の騎士に連れてこられたようだ。


 秀一とエーリカは顔を見合わせた。エーリカがすぐに『情報収集魔法ツリー・オブ・インフォメーション』で周囲を探った。

「……5キロくらい向こうから、大きな団体が近づいてくるわ……正確な人数はわからないけど、美代の言うとおりにしましょう」

 そこからの行動は素早かった。エーリカと美代が子どもとその保護者達に呼びかけ、城の中に入るように促す。2人の手際が見事すぎて、秀一は見ているだけだった。


「エーリカ」

「4キロ地点まで近づいてきてる。かなり速いわね……」

「馬か?」

「違うと思うけど」


 最後まで城の外にいた秀一とエーリカの会話である。全員城の中に入ったのを確認してから、秀一はエーリカも城の中に入るように促した。自分が邪魔だとわかっているエーリカはおとなしく城の中に入った。代わりのように出てきたのは栗毛を腰のあたりまで伸ばした少女だった。ふわりと栗毛が波打っている。


 2ヶ月ほど前にこのラウルス城にやってきた浅香あさかアリエノールだ。名前から考えるに、おそらく半分は秀一と同郷だろう。本人は青の王国で生まれたらしく、瑞穂語は話せないらしいが。


「2キロ地点まで近づいてきてる。結構多いね」


 身の丈ほどのロッドを手に、アリエノールは言った。彼女は魔術師なのだ。『歩く砲台』と言われた魔術師であるメアリがいなくなった今、メアリとタイプは違うものの、強力な魔術を扱うアリエノールの存在は貴重だった。しかも、彼女は双方向の『精神感応能力テレパシー』も使用できる。


 目を凝らすと、何となくぽつぽつっと黒い人のような点が見えた。

「おお。近づいてきてるな」

「何のつもりだろうなぁ」

 飄々とした調子で言ったのはリアム。うれしさを隠しきれていないのがキース。2人は城から出てきてそれぞれ秀一とアリエノールの隣に並んだ。


 なんだろう。この4人なら、軍隊とやりあっても勝てる気がする。


「……ん。リアムさん。進軍を止めさせろって」

 アリエノールがリアムの方を見上げて言った。もう、はっきりと見えるところまで団体は来ていた。全員武器を持っていることから、穏やかな交渉は無理そうだと判断する。

「ああ……俺がやるんだ。交渉、できると思う?」

 秀一もアリエノールも首を左右に振った。「だよなぁ」とリアムは笑う。彼は声を張り上げた。



「おい! ここから先は治外法権だ! 死ぬ覚悟がないなら、入ってくるな!」



 割と平凡なことを言った。キースが「俺なら入ってきたら首を斬るくらいは言うのになぁ」とにやにやしている。誰だ、こいつを派遣したのは。エリーザか。

「たった4人で、何言ってやがる」

「自分たちを過信し過ぎじゃないかぁ?」

 はっきりと聞こえる音量で団体の武装した男たちが言った。ざっと見たところ、100人くらいか。うん。敵じゃないな。彼らはリアムの忠告を無視して近づいてくる。


「忠告はしたからな! 後悔すんなよ! アリエ、やれ!」


 リアムの指示で、アリエノールはロッドの先を地面にたたきつけた。その瞬間、地面が大きく揺れた。地震である。


 アリエノールは、振動系の魔法を得意とする魔術師だった。メアリの攻撃魔法のような派手さはない。しかし、威力としてはメアリと同程度、下手をすれば上回るくらいだ。


「次は爆裂魔法をお見舞いするわ」


 見事に見下した口調でアリエノールは言ってのけた。彼女が本気になれば、100人の武装団体くらい、簡単に半壊するだろう。

「ハッタリだ! かかれ!」

 アリエノールの大地振動魔法でしりもちをついたまま、1人の男が叫んだ。その声に反応し、銃が乱射される。アリエノールが結界を張り、銃弾をすべて防いだ。アリエノールの結界が解除されると、今度はラウルス城の高所から狙撃が行われた。射撃戦の場合、高所を取っている方が強いのは道理だ。


 そもそも、城攻めは古今東西どこを見ても難しい。現在ラウルス城にいる『オーダー』の騎士は5千人弱。そのうち、戦闘員だけを集めると4千人ちょいくらいになるが、相手は100名前後。むしろ何故これで攻められると思ったのか問いたい。


「あ」


 アリエノールが真っ青な瞳を見開いた。秀一がつられて彼女の視線を追うと、そこには雷をまとった大きな魔力の球体が控えていた。おそらく、何人かの魔術師の複合魔法だろう。堅牢なラウルス城だが、さすがにあれを食らえばひとたまりもないだろう。しかも、ラウルス城は5月から6月にかけて内乱があり、内部が破壊された。最近復興したばかりであり、まだ完全に直っていない部分も多い。


「リアムさん! キース! 退避命令だよ!」


 アリエノールの指示に、リアムとキースが敵に背を向けて戻ってきた。普通の軍隊ならありえないが、こちらには振動魔法の使い手アリエノールがいる。リアム、キース、ついでに秀一が城門のあたりにまで下がるまで、アリエノールは空気を振動させて障壁を作ってくれた。


 それにしてもあれをどうするのだろうか。メアリがいない今、同出力の魔法をぶつけて相殺するのは無理だ。ということは、魔法障壁で防ぐのだろうか? まあ、こちらも複合魔法を使えば不可能ではないだろう。引きこもり気味なスヴェン=エリクとやる気のないクレイグを引きずり出さなければならないだろうが。


 秀一たちが全員城門の内側に入ると、ラウルス城の周囲がぼわっと淡く光った。そのまま織り上げるように城を囲む結界が張られた。秀一が城を囲むこの結界を見るのは初めてだ。

「魔法障壁か。大丈夫なのか?」

 新参者の部類に入るキースがリアムに尋ねた。リアムも「さあ」とか言っている。余計に不安になる秀一であった。

「……まあ、互角くらいじゃないかな。たぶん、城にはぶつからないと思うけど……」

 この中で唯一魔術師であるアリエノールが言った。あまり不安が解消される言葉ではなかったが……。


 巨大魔法がこちらの結界に衝突した。ビリビリと振動が秀一たちを襲い、衝撃で風が巻き起こった。閃光がほとばしり、思わず目を閉じる。しかし、結界は破れなかった。強いな……。


 光で焼かれた目が正常に戻ってくると、グレイス率いる挟撃部隊が武装集団を制圧、魔術師たちを拘束した。キャロウ夫妻は強いな。

 とりあえず、首謀者らしき男とその周辺の数人を連れてラウルス城に入る。そのほかは見張りをつけて放置。アリエノールとリアムが見張り部隊に合流し、秀一はキース、グレイスとともにラウルス城の中に戻った。


 エントランスは俄か作戦会議室と化していた。『評議会』議員のほとんどが集まっており、医療部隊を指揮するキリルに笑顔で手を振られた。

「グレイス、秀一、キース。ご苦労様でした」

 相変わらず最高司令官(戦に関してはお飾り)のアウラが秀一たちをねぎらった。とりあえず、攻めてきた理由を問う。


 ラウルス城を攻めてくる場合、いくつか目的が予想される。戦力を得る、貴重品を得る(逃げてくるときに珍品を持ち込んでくる者がいる。貴重本も多い。)、翠の王国弱体化を狙う、などだ。


 だが、今回の目的は違ったようだ。目的は『オーダー』ではなく、避難民たちだった。正確には、避難してきた子どもたちだ。いわく、赤の帝国で子供を集めているらしく、高値で買い取ってもらえるらしい。


「誰だ、そんなことしてるのは……」


 誰かがつぶやいた。ラウルス城には、赤の帝国からの避難者が多い。帝国領が広く、人が多いのもあるが、実力主義国家である赤の帝国では、弱者に居場所がない。その典型が帝国皇女でありながらラウルス城に避難してきたエリーザだろう。

 赤の帝国は政情不安だ。黄の皇国シェラン大帝と並び称されたフェルディナンド2世の体調が思わしくないからだ。つまり、皇帝という抑えが弱くなってきたのである。


 そんな国に子供を集めてどうするのか? 王道では奴隷だが、少年兵として使われることもある。少年兵はおおむね15歳までで、捨て駒として使われることが多い。ラウルス城にも少年兵出身の者がいるが、洗脳されていることが多い。赤の帝国の名誉のために言っておくと、帝国は少年兵を推奨しているわけではなく、少年兵は他国にも存在する。

 実際、フェルディナンド2世が健在だったときは、少年兵はほとんどいなかったという。ここまで少年兵が問題になったのは、ここ5年ほどのことだ。ちょうどフェルディナンド2世の権勢に陰りが見えてきたころだ。


 西大陸一の国土を誇る帝国が揺らぐ。


 その余波は、中立国・翠の王国、治外法権のラウルス城にまで及んでいた。





――*+○+*――





 その赤の帝国出身のエーリカは、エントランスの吹き抜けから下の様子を見ていた。彼女は『オーダー』の諜報部、城にいる間は情報員となる。主に索敵警戒が役目だ。目は下を見ているが、意識は外に向いていると言っていい。


「面白い話をしているわね」


 気づけば、隣に狙撃部隊を指揮していたはずのクラウディアが来ていた。彼女も赤の帝国出身。しかも、選帝侯であるクラウゼヴィッツ辺境伯だ。18歳で爵位を継いだ彼女は聡明で、アウラの隣で補佐をしている印象が強いが、彼女は狙撃銃を持たせれば一撃必殺と言われるほど狙撃に長けていた。


「ディア。狙撃部隊の指揮はいいの?」

「アニェーゼとクレールがいるから問題ないでしょう。外は落ち着いてるもの」


 クラウディアはさらりと言った。まあ、100人でラウルス城を攻めること自体が無謀だしね……。こっちの戦力は4千ちょい。『オーダー』という組織の特殊性を考えると、討伐メンバーを選べば、100人くらいなら4、5人で殲滅できる。


「赤の帝国か……いよいよ荒れてきたようね。私もそろそろ、帰ることを考えないと」

 選帝侯であるクラウディアは、フェルディナンド2世が亡くなれば次の皇帝を選ぶために国に帰ることになるだろう。

「グレーテルとレオンは連れて帰るの?」

「……どうしようかしら」

 クラウディアの弟妹、マルガレーテとレオンハルト。クラウディアはこの2人を護るためにラウルス城に逃げてきたと言っていい。彼らをおいて行くことも考えているはずだ。まあ、マルガレーテ辺りはついて行きそうだけど……。


「……誰が子供たちを集めてるのかしら。皇帝の体調が思わしくないこの時期なら、皇帝選出の為と考えるのが妥当だけど」


 クラウディアが言った。エーリカは顔をしかめる。エーリカの弟は、少年兵だった。

 エーリカがこのラウルス城に逃げ込んできたのは、今から約1年前になる。少年兵となって死にかけた弟を連れて、文字通り駆け込んできた。

 あの時、弟たち少年兵を使っていたのは誰だっただろうか。


 皇族の関係者だった気がする。


 諜報員をしていたエーリカを雇っていたのも、皇族だった。最も、エーリカはその能力のおかげで、かなり優遇されていたと言える。

 赤の帝国皇族と言えばエリーザだな。とはいえ、青春期のほとんどをラウルス城で過ごしている彼女は、赤の帝国皇族の気質とは程遠いものがある。だが、指導者としての能力は明らかに父フェルディナンド2世と母リューベック将軍譲りだ。


「……皇帝って、だれでもなれるの?」

「皇族で、選帝侯に指名されたらね」

「ってことは、エリーザもなれるんだ?」

「指名されればね」


 クラウディアは同じ言葉を繰り返した。

「選帝侯は七人いる。多数決で、過半数以上が賛成すれば、その人が次の皇帝になるわ……最も、エリーザに4人以上の票を集めることはできないと思うけど」

「まあ、それはそうでしょうね」

 今、あの子はこの城にいるからね。国から逃げ出した皇女に票が集まるとは思えない。


「……犯人、捕まった?」

「うぉっ!?」


 エーリカは突然声がかかって驚いて振り返った。振り返ると、件の皇女エリーザが立っていた。彼女は裏手から攻めてきた武装集団の討伐に行っていたのだが、帰ってきたらしい。ちなみに、無傷で帰ってきた。何なのだろうか、この子は。


「お帰り。相変わらず無傷なのね……こっちは捕まったわよ。あれが首謀者」


 クラウディアが動揺することなく下のエントランスで縛られている男を示した。エリーザはクラウディアの隣で柵に寄りかかり、「ふうん」と言った。

「そっちは? 大丈夫なわけ?」

「まとめて縄をかけてきた」


 うん。さすがだね……。


 エリーザのラウルス城内での評価は右肩上がりだ。あまり言葉を発しないため今まで気付かなかったが、この娘、かなり頭がいい。考えてみれば、東大陸の知識を持つシャンランと姉妹のように育ち、白の王国の侯爵令嬢であるメアリとずっと一緒にいたのだ。もともとの才能も有るだろうが、頭が良くても不思議はない。


 まあ、それはともかく。

「あの男、子供をかどわかして赤の帝国に売りつける気だったらしいよ」

 エーリカがそう言うと、エリーザはエーリカに向けていた顔をそのまま下に向けた。その表情からは何も読み取れない。

「……皇帝が病がちだそうだからね、仕方がないと言えばそれまでだけど」

 エリーザはさらりと言った。かつて、彼女は『皇帝はただの遺伝子提供者』と称したことがあるらしいが、本当にそうとしか思っていないのではないだろうか……。

「エリーザ。こんなことするやつに心当たりはある?」

「……さあ?」

 聞いたクラウディアも肩をすくめた。赤の帝国上層階級であるクラウディアにもエリーザにもわからないなら、調べようがないのではないだろうか……。


 しばらく、沈黙が続く。エリーザはもちろん、クラウディアも多弁な方ではないため、エーリカはちょっぴり居心地が悪い。

「……一応、ジークハルト殿下に私が陳情すれば、取り締まってくれると思うけど」

「あなたの身柄と引き換えに? 話にならないわね」

 ぽつっと言ったエリーザに、クラウディアは痛烈な言葉で返した。内容としてはエリーザを思いやっているようだが、言い方がきつすぎないか?


 大体、赤の帝国は広大すぎる。いくら次の皇帝と目されている第1皇子ジークハルトとはいえ、すべての少年兵を取り締まることは不可能だろう。


 赤の帝国、と一言で言っているが、赤の帝国は領邦国家の集まりだ。クラウディアの領地であるクラウゼヴィッツ州など、多くの州、と呼ばれる領邦国家が集まって赤の帝国アイクシュテットを形成している。その中心の国がアイクシュテットだ。


 赤の帝国皇帝の権力は甚大だが、すべての領邦諸侯が皇帝の言うことを聞くか、というとそんなわけはない。だから、赤の帝国は常に政情不安なのだ。

 しかも、赤の帝国を強い力でまとめ上げていたフェルディナンド2世が病に伏している。往年の力を発揮できない。


 これは、シェラン皇帝という抑えのいなくなった、黄の皇国と同じだ。


 赤の帝国ではだれが次の皇帝になるかわからない。だから、皇帝に指名されようと、兄弟間で争われる。そして余計に治安が悪くなる、という悪循環。

「そう言えば、エーリカはここに来る前は誰に雇われてたの?」

 クラウディアに尋ねられ、エーリカは「うーん」とうなった。

「皇族関係者だったのは覚えてるんだけど。私、依頼主に直接会ったことないのよね」

「それもそうか……」

「重ね重ね、うちの親族が申し訳ない」

 本当に申し訳ないと思っているのか、エリーザが淡々とした口調で言ったが、エーリカは微笑んだ。

「まったくだわ。でも、あなたは関係ないもの。あなたが皇帝になろうと思ったら、今頃あなたは玉座でも簒奪しているはずだもの」

 エリーザにそんな甲斐性はない。彼女と1年間付き合って気づいた真実だ。甲斐性というか、野心がないんだな。眼が死んでいるし。エーリカの言葉を、エリーザは沈黙して聞いていた。相変わらず反応がないな。




 結局、話しを聞くだけ聞いたアウラは、武装集団をそのまま外に放り出した。子供を連れ去ろうとしたと聞いてさすがに腹に据えかねたらしいエリーザが、「精神矯正魔法をかけてやろうか」などと言っていたが、未遂に終わった。

 しかし、夜の森に武器をすべて取り上げて放り出したアウラも相当だ。実際に指示したのはレジナルドらしいが、アウラもさすがに止めなかったようだ。






「というわけで、周囲の国が情勢不安だから、私はまた諜報活動に行ってくるから!」


 エーリカはぶしつけにもエリーザに指を指して宣言するように言った。指を突きつけられたエリーザはあい変わらず無感動に瞬きしている。今日の彼女は髪を1本の三つ編みにしていた。

「……誰と行くの?」

「今回は秀一と一緒に行ってくるわ」

「……そう。気を付けてね」

「赤の帝国に行ってくるから、弟のハンスのことを頼んだわっ!」

「……なんで私に言うの……」

 背後からエリーザのつぶやきが追ってきたが、エーリカは無視した。何故って、決まっているではないか。



 言うのも癪だが、弟のハンスはエリーザのことを慕っているからだっ!



 エーリカは一度盛大に鼻を鳴らして、赤の帝国へと向かった。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


これから「赤の帝国編」に入っていきます。

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