16、こういうことも起こる
またちょっと間が開いてしまいました……。今回は閑話的内容です。
帝暦1840年、8月上旬。今年は猛暑だった。ラウルス城の中は魔法で適温が保たれているとはいえ、日が差し込むと暑い。
5月中旬にこのラウルス城にやってきた浅香アリエノールは、ラウルス城に来て早々、ラウルス城の内乱に巻き込まれた。その時は普通の避難民と一緒にシェルターに避難したものの、それから2ヶ月経った今、アリエノールは立派な『オーダー』の構成員だった。
名前からわかると思うが、アリエノールは東の果て、蒼の王国瑞穂出身の父と、青の王国セリエール出身の母を持つ。アリエノール自身は青の王国で生まれた。
アリエノールの父は、蒼の王国から奴隷として連れてこられたらしい。この辺りはよくわからない。アリエノールは生まれた後すぐに、母に孤児院に捨てられたからだ。
孤児院に捨てられただけましだが、蒼の王国はここ半世紀ほど荒れており、孤児院の経営は苦しく、アリエノールが育った孤児院は院長も子供を労働力としか思っていない人だった。そのため、アリエノールたち孤児は互いに助け合いながら育った。
しかし、10歳を過ぎたころ、アリエノールに魔術師の兆候が表れ始めた。もともと、勘の優れた少女だったが、明らかに魔術とわかる能力を行使できるようになっていた。
孤児院を襲ったジャン15世に雇われた傭兵たちを、振動魔法で返り討ちにしたのである。
アリエノールは青の王国人と蒼の王国人の混血であるため、通常の西大陸人よりも幼げな顔立ちをしている。そんなことで同じ孤児院の子供たちは差別しなかったのに、アリエノールが魔術師であるとわかったとたんに彼女を怖がるようになった。
格段に居心地が悪くなった。院長はアリエノールが魔術師であるとわかると、マリユス七世の軍に彼女を売った。それと引き換えに、院長は多額の報酬をもらったらしい。その金で孤児院がよくなったのならアリエノールもあきらめがつくというものだが、そんなことはなく、ただ院長の私腹を肥やしたに終わった。
さて。たった10歳で軍隊に売られたアリエノールはというと、生き残るために必死だった。だが、直属の上司となった男はアリエノールを憐れんだのか、最前線に送るようなことはしなかった。
まあ、アリエノールの魔術が接近戦よりも長距離後方支援に向いていたのもあるし、彼女の双方向テレパシーが連絡のかなめだったこともあるだろう。
そうして、アリエノールは戦場で4年を過ごした。
アリエノールが売られたのはマリユス7世の軍隊ではあったが、アリエノールが売られた時、マリユス7世自体はまだ流刑地にいたので、実際の指揮官はマリユス7世の腹心だった男だった。
しかし、帝暦1840年1月。マリユス7世が青の王国の大地を踏んだ。
その知らせを聞き、『黒の王国』と呼ばれるラウルス城に本部を置く『オーダー』という組織が諜報員を多数青の王国に侵入させたのを知った。その中の一組が諜報員エーリカ・フィルツとその護衛エリーザ・リューベックである。
おそらく、2人は覚えていないだろう。アリエノールはエーリカとエリーザに青の王国で出会ったことがある。花の都と言われたドゥメールで、異様な存在感を放っていた2人。
助けられたとか、そう言うことではない。ただ、仲のよさそうな2人を見て、自分もあんな風に生きられたらよかったな、と思った。
そんな時に出会ったのがクレール・ラ・ファイエットという男だった。もっと簡単に言えば、アリエノールは彼に拾われたのである。
彼の家系はもともと貴族だったらしい。しかし、「青の革命」で没落。一家は離散した。「青の革命」後に生まれたクレールは傭兵の真似事をして生計を立てていた。と、聞いた。
クレールに拾われた時、アリエノールは所属部隊の進軍について行けずに取り残されていた。ふざけているわけではなく、本当についていけなかったのだ。体力の限界だった。
そんな彼女に、クレールは水と携帯食を与え、自分が行くつもりだったラウルス城へと一緒に連れてきた。アリエノールをかわいがってくれた部隊長が気にかかったが、内乱の続く青の王国から出られることの方がうれしかった。
ラウルス城についてから尋ねた。何故、クレールは自分をラウルス城にまで連れてきてくれたのか。存在は知っていたが、彼が連れてきてくれなければ、行こうとすら考えなかっただろう。
『妹に似てたから』
さらっと彼はそう言った。何それ。妹に似ていたから連れてきたのか。
と、思ったが、よく聞けば彼の家族はすでに全員亡くなっていた。元貴族だというのがばれて、隣人たちに殴り殺されたらしい。その時クレールはすでに傭兵の真似事で金を稼いでいたため、家にはおらず、難を逃れたのだそうだ。
それからすぐにクレールは青の王国を見限ってラウルス城に逃げ込むことを決めたらしい。その途中で、所属部隊からはぐれて途方に暮れている、妹に似たアリエノールを拾ったのだそうだ。妹さんの写真を見せてもらったが、確かに何となくアリエノールと似ていた。
ラウルス城に来て、羨んだエーリカとエリーザに会い、反乱に巻き込まれて、アリエノールは『オーダー』に所属した。『オーダー』は軍隊とは違う組織だった。決して強要はしない。最後に決めるのは自分。
だから、アリエノールは自分で望んで今ここにいる。
そんなアリエノールだが、現在進行形で困っていた。身の丈より長い杖を持ちながら器用に腕を組んでいる。
「えっと……つまり、ルーカスの中にはゲルトがいて、ゲルトの中にはレオンハルト、レオンハルトの中にはマルガレーテがいて、マルガレーテの中にはルーカス。それで、アランと美代が入れ替わっている、と」
何とか整理したアリエノールが確認すると、こくっと何人かがうなずいた。
「そう言うことなんだけど、アリエ、何とかならない?」
「原因がわからないから無理」
弟レオンハルトの中に入ったマルガレーテに尋ねられたが、アリエノールはすげなく首を左右に振った。もっとも、何故こんな現象が起こったか? 時間が30分ほどさかのぼる。
ラウルス城内で不思議な事件が起こるのは日常茶飯事だ。以前には、突然、通りかかった人に猫耳をはやすガスがまかれたことがあるくらいだ。混とんとし過ぎである。
「みんな、遊ぶのもいいけど、研究区画に近づかないようにしようよ。マルガレーテ、ちゃんとみんなを見てないと」
「ううっ。申し訳ありません」
マルガレーテがレオンハルトの姿のまましゅんとした。何となくレオンハルトをいじめているようだ。
マルガレーテもアリエノールも同じ15歳だ。違いは『オーダー』に所属しているか、いないか。マルガレーテは『オーダー』に所属していない。まあ、それがいいと思う。アリエノールは10歳のころから戦場にいるため、戦うことにためらいがないが、マルガレーテは違うだろう。
「……とにかく、私にはどうしようもないから、スヴェンさんかクレイグさんを呼んできて。この謎のガスを発生させた科学者は?」
アリエノールの指示にパッと身をひるがえして数人がスヴェン=エリクとクレイグを呼びに行った。おそらく、アウラにも伝わるだろう。たぶん、何とかなると思う。たぶん。
「科学者ならそこ」
アランが『オーダー』の騎士に拘束されている若い科学者を指さした。ああ、アランと美代が入れ替わっているから、このアランは美代か……。ややこしいな。
「どうしたぁ?」
間延びした口調で問いかけたのはクレイグだった。茶色に近い亜麻色の髪に、淡い緑のたれ目。ちょっと眠そうに見えるのが、このクレイグという男だった。一応、『オーダー』の魔術師を統括している人間になる。
ざっとクレイグに事情を説明すると、彼は「あー」と困ったようにうなった。
「俺、精神感応系の魔法はほとんど使えないんだよな。幻影魔法と結界魔法ばっかりで。アリエの方が詳しい可能性があるぞ」
後から聞いたことだが、ひと月ほど前、魔術師を含んだ武装集団にラウルス城が襲撃された時、城全体を覆う結界魔法を発動させたのはクレイグらしい。だから、能力がないわけではない。
しかし、魔術には適性があるのも確かだ。アリエノールも、苦手な治癒術を使え、と言われても使えない。無理。だから、クレイグを深く問い詰められない。
「……スヴェンさんは?」
「研究室にこもりっきりだぞ」
「どうすればいいんだよ……」
げんなりした表情になったのは、マルガレーテの顔をしたルーカスだ。アリエノールもクレイグも苦笑するしかない。
「何事ですか?」
おっとりとアウラが尋ねた。周囲が明らかにほっとした表情になる。アウラが出てくれば大丈夫、的な雰囲気だ。アリエノールがアウラにも事情を説明すると、彼女はこくりと一つ、うなずいた。
「わかりました。とりあえず、場所を移動しましょう。そこの科学者も、ついてきなさい。それと、現在この城にいる精神感応系魔術師を集めてください」
「あ、はい」
アウラの指示を受け、10人弱の『オーダー』の騎士が城の中を走って行った。たぶん、通信魔法で呼びかけたほうが早いと思うけど。まあ、呼びかけても来ないやつもいるだろうから、呼びに行った方がいいのかもね。
とりあえず、近くの会議室に関係者を集めた。何故かアリエノールも連れえてこられた。双方向テレパシーが使えるから、中身を入れ替えることもできるんじゃないかと言われたが、そんな事、できません。
精神系魔法と言っても、いろいろ種類がある。知覚魔法や透視魔法、アリエノールのテレパシーなど、様々だ。見たところ、透視魔法の魔術師が多いようだった。だから、みんな首を左右に振って、直し方がわからないという。
ちなみに、中身を入れ替えてしまった張本人である科学者は、失敗の産物なのでどうすれば元に戻るかわからないらしい。まあ、わざとではないとはいえ、一日牢屋に入れられるだろうな、これは。
結局、最後に残ったのは人の意識に干渉できる魔術を持つ3人。そのうち1人はエリーザだ。みんなの意見を聞くに、エリーザの魔術が一番効果を期待できそうなのだが。
「無理」
なのだそうだ。本人が言うところによると。解説を求めると、
「私の『精神矯正魔法』は確かに強力だし、命じればおそらく、この子たちの中身は元に戻ると思うよ。でも、子供というのは精神が傷つきやすいんだ。私の能力は、加減を間違えば大人でも廃人になる。私はそんなリスクを負ってまで能力を使いたくない」
最後の方は私情が混じっていた気がするが、言っていることはまともだった。アリエノールは実際に彼女の能力を見たことがあるわけではないが、白の王国の指名手配犯キース・ヘイデンの騒ぎは知っている。今の彼は戦闘狂ではあるが、殺人鬼には見えない。エリーザが『精神矯正魔法』で言うことを聞かせたかららしい。
つまり、すでに性格が出来上がっている大人の精神状態を組み替えてしまったのだ。恐ろしい能力である。本人は洗脳魔法に近いと考えているらしく、感情を表に出さないようにしている。魔法は感情に引きずられやすいからだ。
「……まあ、『歌』から順番に試してみる?」
中身が入れ替わっている子供たちが眼に見えてがっくりして見えたのか、エリーザは無難にそんな提案をした。
――*+○+*――
『戦慄の歌姫』と呼ばれることもあるエリーザ・リューベックの『精神矯正魔法』は大きく分けて3つの段階に分けられる。
まず、最も干渉力が弱く、広範囲に影響する『歌』。干渉力、影響範囲ともに中規模の『祈り』。これら2つのレベルだと、『セイレーンの祈り』と呼ばれる場合もある。
そして、最も影響が強く、効果範囲が狭い『精神矯正魔法』。これはこれで二段階に分けられ、『判決』と『命令』に分けられる。『命令』には逆らえない、というのがこの城の魔法科学者たちの一致した意見だ。
医療班を統括するキリルは、エリーザの魔法が子供たちに悪影響を与えないか見張るために招集されていた。怪我や病気ならともかく、精神的な問題はキリルの手には負えない。のびやかな声で歌うエリーザに任せるしかないのだ。
「いつ聴いてもきれいな歌声ですねぇ」
のんびりと楽しむようにつぶやいたのはレジナルドだ。彼も精神感応系魔術師として招集されたのだが、魔法効果が合わなかったらしく、見学に甘んじている。
「っていうか、レジーさんの能力って、五感乗っ取りでしたよね? あれ、何とかならないんですか?」
キリルがあれ、と言ったのは中身が入れ替わっている子どもたちだ。赤い目は精神感応系能力を持つ、という言い伝えがあるらしいが、レジナルドもその例にもれず、赤みの強いオレンジのような虹彩をしている。彼自身も、精神感応系魔術師である、と公言していた。
「うーん。ちょっとタイプが違うんですよね。確かに、私は他人の五感を乗っ取ることができるし、これは精神感応系魔法に分類されますね。でも、本当に精神面に干渉するわけではないんです。やはり、『歌姫』が一番干渉力が強いと思いますよ」
「そう言うもんですか?」
「そう言うもんです。一応試したんですけど、ダメでしたしね」
ああ、一応試したのか。それでだめなら仕方がない。エリーザの能力でも、今検証実験中だし。
それにしても、この人相変わらずエリーザを『歌姫』と呼んでいるのか……。いや、間違ってないんだけどさ。
「ダメですね……干渉力が弱すぎるんでしょうか?」
アウラが首をかしげた。研究室から引っ張り出されたスヴェン=エリクがエリーザと子どもたちを見比べつつ言う。
「まあ、おそらく、このまま他人の精神が定着するということはないと思うから大丈夫だと思うが。おそらく、ちょっと刺激を与えれば元の器に戻ろう、という力が働くはずだ。たぶん……」
最後。
スヴェン=エリクの最後の自信なさげな言葉はとりあえず無視することにして、エリーザが次の段階である『祈り』を使う。
「遥かなる空の向こう、青き海原を越えた光のさす場所で、あなたは何を見るのだろうか
破壊された大地だろうか、幸福な明日だろうか
あなたが世界に絶望するとしても、母なる大地は新たな旅人を受け入れる
立ち止ってはならない
我らは、前に進むことしかできないのだから
そうすればきっと、あなたは約束の地で、最愛の人に出会えるだろう
さあ、行きなさい、この大地の愛でし子たちよ
あなたたちはどこへでも行ける」
どう、とエリーザが首をかしげる。全員が一斉に首を左右に振った。思わず、周囲からため息が漏れる。スヴェン=エリクの持論によれば精神は元に戻ろうとするはずなのだが……。
「……『精神矯正魔法』を使ってみる? おそらく、これで元には戻ると思うけど……」
エリーザがさすがに不安げに言った。彼女も表情豊かになったものだ。以前は目が死んでる、と言われるほど表情がなかったのに。思わず現実逃避するキリルである。
「実際問題、その危険度はどれくらいなのでしょうか」
アウラが尋ねた。エリーザはキリルやスヴェン=エリクの顔を見る。いや、こちらを見られてもわからないんだが……。
「……いっそのこと、エリーザの魔力をある程度封じて、その上で『精神矯正魔法』を使ってみるのは?」
キリルが投げやりで意見してみると、何とそれが採用された。エリーザは大量の魔力抑制タイプの魔法道具をつけられ、ちょっとげんなりした様子だ。
「……体が重い」
「我慢してください。そう言えば美代。何か勘みたいなものは働かないのですか?」
そう言ってアウラは美代が入っているアランを見た。アランの姿をした美代は首を左右に振る。
「わからない。体が違うからかな」
「まあ、その人の能力はその人の精神とアイデンティティに依存すると言いますしね」
レジナルドが解説するように言った。確かに、アイデンティティ、というか、魔法を使うには自信が必要だ。今は自分の肉体に自分の精神がくっついている状態ではないから、美代の予知が働かないことも不思議ではない。
「……じゃあ、みんな、本当にいい? やめるって人はいない?」
ちなみに、1人抜けたら元に戻らない可能性があるのだが、エリーザはそう尋ねた。子供たちは目を見合わせ、「いいよ」とうなずいた。
「では……」
エリーザは一度息を吸うと、言った。
「最終判決! いるべき場所に戻りなさい!」
その瞬間、子供たちの魔力が眼に見えた。その魔力が交錯し、それぞれ子供たちの中に入って行った。子供たちが気を失うように倒れた。
キリルは一番近くにいたマルガレーテとレオンハルトの体を抱えた。レジナルドはルーカスとアランの体を抱えている。エリーザはゲルトを、アウラが美代を受け止めた。
「大丈夫ですか? 美代、起きてください」
アウラが美代の頬をぺちぺちとたたいた。最年長はマルガレーテになるのだが、彼女より美代の方がしっかりしている謎の状態だ。
「ん」
美代が眼を覚ました。次いでマルガレーテとレオンハルト。どうやら魔力が強い順に起きているらしい。
「戻……って、る?」
マルガレーテが頬を引っ張った。ルーカスとアラン、ゲルトも眼を覚まして自分の体であることを確かめている。
とりあえず言っておこう。
「エリーザの能力って、いったいどういう仕組みなんだろうね」
「知らん」
本人にもわからないらしい。まあ、当然だ。精神感応系魔法は仕組みがいまいちわからないものが多い。
「まあ、元に戻ってよかったですね」
レジナルドがにっこり笑って言った。何故だろう。彼に言われると腹が立つのは。思わず半眼になったキリルに、エリーザが訴えた。
「……とりあえず、魔法道具を外してほしいんだけど」
ああ、忘れてた。
この事件だが、おそらく、精神感応系科学による精神混線が原因とみられた。馬鹿らしいがよくわからない事件ではあったので、真相はよくわからない。
とりあえず、実験するなら自分でやれ、ということだな。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
赤の帝国編に入ると言いつつ、入ってません。次から入ります本当です。
今回は閑話的な話。ちょっとアリエノールの説明を入れないなと思って。




