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第5話 退学の危機だと?

 すらりとした体型に、乱れひとつなく着こなした制服。


 艶のある長い黒髪は、後ろで一つにまとめられている。白い肌と整った顔立ちが、凛とした印象を与えていた。


 眼鏡の奥から向けられる視線は、どこまでも鋭い。


 見るからに真面目そうな女子——そして当然のように、美少女だ。

 

「確か、委員長の……」

「玄朱《げんしゅ》紀律《きりつ》です」


 俺が名前を思い出すより先に、彼女はぴしゃりと言い放った。


「騒いでごめんなさい、玄朱さん」


 なじみはすぐに頭を下げる。

 

「同窓さんはいいの。問題は——」


 紀律の視線が、すっと俺へ向けられた。


「あなたよ、槍田君」

「俺か?」

「入学早々、ハーレムだのなんだのと騒いで、そのうえ毎日のように同窓さんにつきまとっているでしょう? もうクラス中で噂になっているわよ」


 紀律は呆れたように小さく息を吐いた。


「別に、隠すつもりはない。なじみはいい女だから、俺のハーレムに迎え入れたいと思っている」

「ちょ、ちょっと! そういうことを教室で堂々と言わないでよ!」


 なじみが慌てて声を上げる。


「あなたね……」


 紀律は苛立たしげに眉を寄せた。


「首席入学なのでしょう? そんなに浮かれて、勉強を疎かにしているんじゃないでしょうね」

「勉強か……」

「あれだけの成績を取ったのだから、入学後も当然——」

「いや。学園での成績には、あまり興味がないな」

「……え?」


 紀律の眉が、ぴくりと動いた。


「この学園に入るために必要だったから、勉強していただけだ」

「…………」

「無事に入学できた以上、今までのように必死で勉強を続ける理由もない」

「……なによ、それ」


 紀律の声から、急に温度が消えた。


 両手を強く握りしめ、わずかに肩を震わせている。


「勉強よりも、今はハーレムを作る方が——」

「ふざけないでよっ!」


 突然の怒声に、教室中の視線が集まった。


 俺も思わず目を見開く。


 どうしたんだ、委員長は。


 つい先ほどまで冷静だったはずなのに、今は抑えきれない感情がそのまま顔に表れている。


「じゃあ、私は……何のために……!」


 紀律は顔を赤くし、唇をきつく噛みしめた。


 眼鏡の奥にある瞳が、悔しそうに揺れている。


「待ってくれ。いったい何が、そんなに気に入らないんだ?」

「……とにかく!」


 紀律は俺を鋭く睨みつけた。


「首席で入学した以上、そんな腑抜けた真似は許さないわ」

「俺が勉強を続けようがやめようが、委員長には関係ないだろ?」

「あるわよ!」


 間髪入れずに言い返される。


「あなたは——私が倒す相手なんだから!」


「……倒す相手?」


 紀律は、まっすぐ俺を指さした。


「次の実力テストで、私に負けたら、そのふざけたハーレム作りは諦めなさい! それが嫌なら、この学園を辞めてもらうわ!」

「なんでだ!?」


 いくらなんでも話が飛躍しすぎだろう。


 だが、紀律はそれ以上答えず、ずかずかと大きな足音を立てて自分の席へ戻っていった。


「……俺、委員長に何かしたか?」

「さあ……?」


 なじみも困惑した様子で首を傾げている。


 こうして俺は入学早々、身に覚えのない因縁をつけられ、なぜか退学まで懸けられてしまった。


「というか槍田くん、大丈夫なの?」

「何がだ?」

「次の実力テストだよ。来週、学年全体でやるって先生が言ってたでしょ?」

「……そうだったか?」

「聞いてなかったの!?」

「最近は、なじみのことで頭がいっぱいだったからな」

「なっ……!」


 なじみの顔が一気に赤くなる。


「そ、そういうことを平然と言わないでよ!」

「なぜだ? 本当のことだぞ」

 

 なじみは俺から顔を背けると、誤魔化すように早口で続けた。


「と、とにかく! 入学して最初の実力テストで、結果は学年順位まで張り出されるって言ってたじゃん!」

「なるほど。だから委員長は、そのテストで勝負を挑んできたのか」

「本当に何も知らなかったんだ……」


 どうやら、俺がハーレムのことを考えている間に、そんな話があったらしい。


「まあ、俺はこれまで勉強しかしてこなかった。少しくらいたるんでいたとしても、実力テストなら問題ないだろう」

「相手はあの玄朱さんだよ。すっごく頭いいみたいだよ」

「ん? そうなのか?」


 学級委員の玄朱紀律。


 知的で、黒髪を一つに結んだ眼鏡美少女。


 それにしても——どこかで見覚えのある名前だ。


 ……あ。


 思い出した。


 この学園に入るため、ひたすら勉強していた頃。


 何度も受けた全国模試で、俺はいつも一位だった。


 そして、そのすぐ下には決まって同じ名前があった。


 ——玄朱紀律。


「そうか。全国模試で、いつも俺のすぐ下に載っていた名前だったのか」

「知ってたの?」

「名前だけはな。まさか、あんな美少女だったとは……」


 あの玄朱紀律が、同じ学園に入学していたとはな。

 

「せっかく入学した交娯矮学園を、こんなところで退学するわけにはいかない。それに——」


 思わず口元が緩む。


「槍田くん……変なこと考えてない?」

「委員長……いや、玄朱紀律か。少し興味が湧いてきた」

「……ふーん。あっそう」


 なじみが、なぜか不満そうに眉を寄せた。


「どうした?」

「別に、なんでもない」

「そうか?」

「知らない。勝手にすれば」


 なじみは、ぷいっと顔を背ける。


 ……なぜ急に機嫌が悪くなったんだ?


 まあ、いい。


 こんなところで学園を辞めるつもりは毛頭ない。


 ましてや、ハーレム禁止など、俺にとっては死ぬよりも重い罰だ。


 そもそも、紀律が一方的に言い出した勝負を、俺が受ける義理などない。


 だが、美少女からあれほど情熱的に求められた勝負を断るのも野暮というものだろう。


 何より、彼女がどうしてあそこまで俺に執着しているのか、興味が湧いた。


「いいだろう。次の実力テスト——俺も全力でいく!」

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