第4話 どうしても俺は君がいい
「いや。俺はどうしても、同窓さんがいい」
「…………」
暗闇の中に、沈黙が落ちる。
「……なによ、それ」
「そのままの意味だが」
「でも……槍田くん、ハーレムを作りたいんでしょ?」
「ああ」
「だったら、別に私じゃなくても——」
「それは駄目だ」
俺は間髪入れずに否定した。
「俺が作るハーレムには、同窓さんにもいてほしい」
「…………」
「もちろん、同窓さんの見た目が俺の好みだというのも理由の一つだ」
「……そ、そう。ありがと」
「だが、それだけじゃない」
隣に座るなじみへ向けて、俺は言葉を続ける。
「いつも笑顔で、自分だけじゃなく周りまで明るくする。責任感が強くて、誰かに頼まれたことも嫌な顔ひとつせずに引き受ける」
「急に……なに?」
「それに、一人でいたり、周囲にうまく馴染めていなかったりする人にも、自然に声をかけられる」
「……それ、私のこと?」
しばらく暗闇にいたせいか、目が少しずつ慣れてきた。
扉の隙間から差し込むわずかな光に、なじみの輪郭がぼんやりと浮かんでいる。
「ああ。俺も、その中の一人だった」
なじみが、わずかに顔を上げた。
「休み時間まで一人で勉強していた俺に、同窓さんは何度も話しかけてくれただろ?」
「……覚えてたの?」
「もちろんだ」
「だって槍田くん、『ああ』とか『そうだな』とか、それくらいしか返してくれなかったじゃん」
少しだけ、責めるような口調だった。
「悪かった。あの頃は、この学園に入ることで頭がいっぱいだったんだ」
「だからって、あんなに素っ気なくしなくても……」
「それに、同窓さんみたいな可愛い子に話しかけられたら、普通に緊張もする」
「か、可愛い子って……」
なじみの声が、ほんの少し小さくなる。
「私、てっきり……槍田くんに嫌われてるんだと思ってた」
「そんなわけないだろ」
俺は迷わず答えた。
「むしろ逆だ。話しかけてもらうたびに、嬉しかった」
「…………」
「それから同窓さんのことが気になって、よく目で追うようになった」
「槍田くんが……私のことを?」
「ああ」
あの頃の俺は、交娯矮学園に入ることしか考えていなかった。
だから、自分の中に芽生えていた気持ちにも気づかなかった。
だが、こうして再会した今なら分かる。
「今思えば、前の学校にいた頃から……俺は同窓さんのことが好きだったんだと思う」
「そんなこと……今さら言われても」
「だから、同窓さんをハーレムに誘ったのは、たまたま最初に目についたからじゃない」
俺は、はっきりと言い切った。
「同窓さんが可愛くて、優しくて、責任感も強くて……そういうところを全部ひっくるめて好きだから、俺は同窓さんがいいんだ」
「…………」
返事はない。
「同窓さん?」
「……うるさい」
「なぜ怒る?」
「怒ってないから!」
なじみは膝を抱え、俺から顔を背けるようにして小さく座っていた。
暗くて表情までは見えない。
ただ、こちらを向こうとはしなかった。
「……槍田くんって、ずるい」
「何がだ?」
「あんな変なことばっかり言ってるくせに……急に真面目な顔で、そういうこと言うから」
「俺は、思っていることを素直に伝えただけだぞ」
「それがずるいって言ってるの!」
よく分からん。
俺はただ、なじみの魅力を正直に伝えただけなのだが。
「……でも」
しばらくして、なじみが小さく口を開いた。
「私、槍田くんのこと……少し誤解してた」
「誤解?」
「女の子なら誰でもよくて、手当たり次第に声をかける最低な人だと思ってた」
「…………」
「変な人なのは変わらないけど……私のこと、ちゃんと見てくれてたんだね」
なじみはわずかにためらってから、言葉を続ける。
「……ほんの少しだけ、見直したかも」
「それは……ハーレムに入ってもいいということか!」
「どうして、すぐそうなるの!」
なじみの声が倉庫中に響き渡った。
「ほんの少し見直したって言っただけ! 私はハーレムに入る気なんてないから!」
「そ、そうか……」
「…………あと」
少し間を置いて、なじみが何かを呟いた。
「……なじみでいいから」
聞き逃してしまいそうなほど、小さな声だった。
「何か言ったか?」
「だから! 『同窓さん』じゃなくて、なじみでいいって言ったの!」
「おお! ありがとう、なじみ! 好きだ!」
「声が大きいから!」
暗くて表情は見えない。
けれど、その声が少し照れているように聞こえたのは、きっと気のせいではないだろう。
「おーい! 槍田! 同窓! 中にいるのか?」
そのとき、扉の向こうから聞き覚えのある声がした。
「先生! ここにいます!」
なじみがすぐに返事をする。
ガチャリ、と錠の外れる音がした。
ゆっくりと扉が開き、眩しい光が倉庫の中へ差し込んでくる。
「二人とも、大丈夫だったか?」
急な明るさに目を細めながら、俺たちは倉庫の外へ出た。
「はい。大丈夫です」
「すみません。扉が閉まったあと、内側から開かなくなってしまって……」
俺が事情を説明すると、先生は古びた扉へ目を向けた。
「ここの錠前も、だいぶ古いからな。一度、点検してもらった方がよさそうだ」
そう言ってから、先生が俺の姿を見て眉をひそめる。
「それより槍田、お前ずいぶん埃まみれだな。中で何かあったのか?」
「暗くて足元が見えず、転んでしまいまして」
「でも、それは私が——」
「同窓さんには、派手に転ぶところを見られてしまいました。まあ、真っ暗だったので見えていないと思いますけど」
なじみの言葉を遮り、俺は笑って誤魔化した。
「槍田くん……」
「そうか。まあ、あの暗さじゃ仕方ないな。怪我はないか?」
「はい。少し背中を打っただけです」
「念のため、痛みが続くようなら保健室か病院へ行くんだぞ」
「分かりました」
先生は俺たちを交互に見たあと、ほっとしたように息を吐いた。
「二人とも無事なら何よりだ。今日はもう帰っていいぞ」
◇◇◇◇◇
そして、翌日。
「おはよう、なじみ!」
「……おはよ」
「なじみは朝から可愛いな」
「……うっさい」
なじみは頬にかかった髪を触りながら、照れたように視線を逸らした。
昨日までなら無視されていたはずなのに、今日はきちんと挨拶を返してくれた。
しかも、呼び捨てにしても怒られない。
これは、もしかして——すでに脈ありなのでは?
「なじみ。今日こそ俺のハーレムに————」
「——もう少し静かにしてもらえないかしら」
横から、冷ややかな声が割り込んだ。
「ん?」
振り向く。
そこには背筋をぴんと伸ばし、手帳を手にした一人の少女が立っていた。
「槍田君」
少女は俺の名を呼ぶと、手にしていた手帳をぱたんと閉じる。
「朝から騒がれると、気が散るのよ」
眼鏡の奥にある鋭い瞳が、まっすぐ俺を睨みつけていた。




