第3話 俺たち閉じ込められたのか?
「やだ、真っ暗。何が……起きたの?」
「大丈夫。おそらく、扉が閉まっただけだろう」
「そ……そうだよね。今、開けるね」
暗闇の中、なじみが手探りで扉へ向かう気配がする。
ガチャ。
「…………」
ガチャ、ガチャ。
「開かない……」
「鍵は?」
「…………あ」
嫌な沈黙が流れた。
「外の鍵穴に差したまま……」
「…………」
窓のない真っ暗な教材倉庫。
外の鍵穴には、差したままの鍵。
そして、内側からは開かない扉。
「ちょっと……嘘でしょ!」
ドンッ! ドンッ!
なじみが扉を強く叩く。
「誰か! 誰かいませんか!」
返事はない。
「どうしてこんなことに……」
「外に鍵を差したまま勢いよく閉まったせいで、古い錠前が噛んだのかもしれない」
「そんなことあるの?」
「普通はないと思うが、何せ古いからな」
俺は足元を確かめながら、抱えていたプロジェクターの箱をゆっくりと床へ下ろした。
「じゃあ、誰もここを通らなかったら……ずっと出られないってこと!? そんなの嫌だよ!」
焦りが増したのか、暗闇の中をなじみが動き回る気配がする。
「何も見えないんだ。下手に動くと危ないぞ」
「でも、扉は開かないし! せめて、電気のスイッチだけでも探さないと!」
「同窓さん、一度落ち着いてくれ」
「そんなこと言って、暗いのをいいことに私にえっちなことするつもりなんでしょ!? ほんと最低!」
ガタンッ!
なじみが何かにぶつかったらしく、倉庫の中に大きな音が響いた。
「本当に危ないから、動かないでくれ!」
「無理! 私、暗いところ嫌いなの!」
なじみは、俺が思っていた以上に怯えている。
このまま闇雲に動き回れば、棚を倒したり、置かれている物につまずいたりしかねない。
「同窓さん、すまない!」
俺は声のする方へ手を伸ばした。
指先が何かに触れる。
どこを掴んだのかも分からないまま、なじみの身体を咄嗟に引き止めた。
「きゃっ!? どこ触ってるの! 離して!」
「頼むから暴れないでくれ!」
「離してって言ってるでしょ!」
なじみが無我夢中で腕を振り回す。
拳らしきものが、俺の顔に直撃した。
「痛っ!」
「この変態!」
「だから落ち着け——ぐはっ!」
今度は肘が腹にめり込んだ。
なじみ……容赦がない。
そのときだった。
「きゃっ——!」
暴れた拍子にバランスを崩したのか、掴んでいたなじみの身体が大きく傾いた。
「同窓さん!」
「えっ——」
俺は咄嗟に、なじみの身体をこちらへ引き寄せる。
「ごめん!」
どうにか腕の中で受け止めたものの、倒れ込む勢いまでは殺しきれない。
そのまま二人揃って床へ倒れ込んだ。
ドスンッ!
「ぐあっ!」
俺はなじみを抱えたまま、背中から思い切り床へ叩きつけられた。
身体中に鈍い痛みが走る。
だが、幸いにも棚や置かれていた物にはぶつからなかったようだ。
「痛っ……!」
「だ、大丈夫!?」
「ああ……なんとかな」
俺が下敷きになったおかげで、なじみに怪我はなさそうだ。
「…………」
さっきまでの騒がしさが嘘のように、倉庫の中が静まり返る。
「……少しは落ち着いたか?」
「……うん」
腕の中で、なじみの身体がぴたりと固まっていた。
誰の目も届かない、真っ暗な教材倉庫。
互いの身体は、隙間もないほど密着している。
なじみの荒い息遣い。
服越しに伝わってくる体温。
押し当てられた柔らかな感触と、ほのかに甘い匂い。
「……もう、いいよ」
「……え?」
「槍田くん、こういう状況を期待してたんでしょ?」
なじみは拗ねたようで、それでいてどこか投げやりな声で続ける。
「こうなったのも私のせいだし……えっちなことがしたいなら、好きにすればいいじゃない」
そう口にしながらも、腕の中にいるなじみの身体は小さく震えている。
俺は抱き寄せていた腕を緩め、そっとなじみの肩に手を置いた。
「同窓さん……ごめん」
「…………っ!」
なじみの身体がさらに強張る。
「俺のせいで……ずっと怖がらせてたんだな」
表情は見えなくても、その反応だけで怖がっていることは十分に伝わってきた。
「俺は確かに、同窓さんとおせっせがしたい」
「…………」
「でも、それは俺と同窓さんがお互いを好きになって、二人とも望んだときじゃなければ意味がない」
俺はなじみの身体を支えながら、ゆっくりと上体を起こした。
「俺は同窓さんの嫌がることはしたくないし、怖い思いや悲しい思いもさせたくない」
「槍田くん……」
「言っただろ?」
俺はなじみの肩から、そっと手を離した。
「俺が目指してるのは、みんなでハッピーエンドを迎えるためのハーレムだからな」
「もう……なによ、それ」
張り詰めていたなじみの声から、少しだけ力が抜けた。
「だから、安心してくれ。まずはここから出る方法を探そう」
俺たちは手探りで壁際まで移動し、並んで腰を下ろした。
「あれだけ騒いでも誰も来ないとなると、近くに人はいないようだな」
普段使われていない場所なら、誰かが偶然通りかかる可能性も低いだろう。
「どうしよう……」
なじみの不安そうな声が聞こえる。
「大丈夫だ。先生は同窓さんに、鍵を職員室へ返すように言っていただろ? いつまで経っても戻ってこなければ、さすがに様子を見に来るはずだ」
少し間を置いて、なじみが小さく息を吐いた。
「……そっか。じゃあ、待ってればいいんだね」
「ああ。だから落ち着いていればいい」
「槍田くんって……こういうときは意外と冷静なんだね」
「そうか? 俺はいつだって冷静だぞ」
「冷静なのかもしれないけど……普段の言動が意味わかんなすぎて、全然そう見えないのよ」
少しだけ、いつものなじみらしい調子が戻ってきた。
それからしばらく、暗い倉庫の中に静かな時間が流れた。
聞こえてくるのは、互いの呼吸と、ときおり外から聞こえてくる風の音くらいだ。
「……ねえ、槍田くん」
「なんだ?」
少し間を置いてから、なじみがためらいがちに口を開いた。
「一つ、聞いてもいい?」
「一つと言わず、いくらでも聞いてくれ」
「……なんで私なの?」
「ん?」
「その……だから……」
なじみが言い淀む。
「なんで私と、その……お、おせっせしたいって……」
「同窓さんみたいな可愛い女の子とそうしたいと思うのは、健全な男子なら当然のことだろう?」
「当然じゃないから!」
「そうなのか?」
「そうだよ!」
なじみは少しむっとしたように言い返したあと、再び黙り込んだ。
「……女の子なら誰だってよかったんでしょ?」
「そんなことは——」
「たまたま前の学校が同じで、最初に目についたのが私だっただけでさ」
最後の言葉だけ、ほんの少し拗ねたように聞こえた。




