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第38話 これは俺の流儀だ

「推鹿さん……落ち着け。何か勘違いしていないか?」


 華担は胸元を押さえながら、何度も深呼吸を繰り返した。


「勘違いなんかしてません! 私から伊阪利君に差し出せるものなんて、もうこれしかありませんから!」

「これしかないって……」

「皆さんのような魅力的な女性を見慣れている伊阪利君には、物足りないかもしれませんけど……」


 華担は頬を真っ赤に染め、恥ずかしそうに視線を逸らす。


「今日は、家にある中で一番いい下着を着けてきました!」

「なぜだ!?」


 次の瞬間、華担は勢いよくスカートをめくり上げ、さらに制服の裾まで持ち上げた。


「推鹿さん!? ちょっ、やめるんだ!」


 俺は慌てて顔を逸らす。


 一瞬だけ見えてしまったのは、可愛らしい華担の印象とは少し違う、紫色のやたらと大人びた下着だった。


「ど、どうですか!? これなら抱けますか?」

「いや、そういう問題じゃないぞ!」

「まさか……下着を着けていること自体が間違いで――」

「変な方向へ妄想を膨らませるな! いいから制服を下ろしてくれ!」

「は、はい……」


 華担は俺に言われた通り、素直に制服を戻した。


「まったく……」


 危うく、とんでもない方向へ話が進むところだった。


「俺は、この間のアクキーのお礼を直接言いたかっただけだ。そういうことを望んで呼び出したわけじゃない」

「あははは……そうですよね」


 華担は乾いた笑いを漏らし、目を泳がせる。


「私ってば、『直接会いたい』なんて言われたから、てっきり性欲の捌け口にされるものだと……」

「どうしたら、そこまで話が飛躍するんだ」


 さっきまで大人しくしていたと思えば、突然とんでもない方向へ暴走する。


 やはり華担は、次に何をするのかまるで読めない。


「それに俺は、推鹿さんとハーレムメンバーについて語り合ってみたかったんだ」

「皆さんのこと……ですか?」

「ああ。あのアクキーを見れば、推鹿さんがみんなのことをよく見ているのが分かるからな」


 華担は慌てたように両手をぶんぶんと振る。


「私はただ、遠くから見ているだけですよ! それに、皆さんって伊阪利君と一緒にいるとき、すっごく可愛い顔をするんです」

「みんなは、いつだって可愛いぞ」

「むっ……」


 華担がわずかに頬を膨らませた。


「私だって、皆さんを推す気持ちなら伊阪利君に負けてませんから!」

「ほう?」


 それは聞き捨てならないな。


「なら、どちらがみんなの魅力を知っているか、勝負するか?」

「望むところです!」


 華担の目が、ぎらりと輝いた。


「まずは、なじみだ! なじみは面倒見がいい。この間なんて、玖詩のことを手のかかる妹みたいで可愛いと言っていたぞ」

「ぐっ……! なじ玖詩……尊い……!」


 華担は緩みかけた口元を、必死に引き締める。


「ですが、私だって負けません! なじみさんは、伊阪利君がほかの女の子と一緒にいるとき、不満そうな顔をしながら、ずっと伊阪利君を目で追っているんです!」

「な……に!? なじみが、そこまで俺のことを!」


 知らなかった。


 そうか。


 俺は気づかないうちに、なじみに寂しい思いをさせてしまっていたのか。


「なら、次はぱなえだ! ぱなえはハーレムへの理解が深い。いつも俺を支えてくれるし、沙奏を引き入れてくれたのもぱなえだ!」

「ぱなえさんの心の広さ……! それでいて、陰から伊阪利君を支える正妻感! 派手な見た目とのギャップが、あまりにも沼……!」


 華担の鼻息が、どんどん荒くなっていく。


「ですが、私もぱなえさんと沙奏さんの秘密を知っています!」

「秘密だと?」

「この間、更衣室で二人がおっぱいを触り合いながら、サイズを比べていました!」

「なんだと!?」

「ちなみに、ぱなえさんはF! 沙奏さんはGだそうです!」

「ななななな、なんだとぉ!? 俺すら知らないカップ数まで把握しているだと!」


「ふふん」


 華担が勝ち誇ったように胸を張る。


「くっ……!」


 まさか、ハーレムメンバーの情報量で俺が負けるとは……!


「……ちなみに、推鹿さんは?」

「Dです」

「ほう。さっきちらりと見えたが、着痩せするタイプなんだな」

「…………」


 華担の動きが止まった。


「わわわわわっ! つ、つい勢いで答えちゃいました!」

「油断したな、推鹿さん」

「で、でも! 先ほどの情報と引き換えだというのなら、好きに触ってもらって構いません!」

「なぜそうなる……」


 華担は俺の手を取ると、そのまま自分の胸元へ引き寄せようとした。


「うわっ! 待て待て! 俺が悪かった。冗談が過ぎた!」

「遠慮しなくても大丈夫です! がっつり触ってください!」

「遠慮しているんじゃない! とにかく手を離してくれ!」

「は、はい……」


 華担はどこか残念そうに、しぶしぶ制服を元へ戻した。


 まったく。


 華担の前では、迂闊なことを口にできないな。


「しかし、不思議だ」

「何がですか?」

「推鹿さんは、それほどみんなのことが好きなんだろ?」

「もちろんです! 箱推しですから!」

「だったら、みんなと仲良くなりたいとは思わないのか?」

「…………」


 華担の動きが、ぴたりと止まった。


「同じクラスなんだ。友達になればいいじゃないか」

「無理です!」

「即答!?」

「だって、推しですよ!? 推しと友達になるなんて、解釈違いです!」

「また解釈違いか……」


 華担は大きく首を横へ振る。


「推しは遠くから眺めて、伊阪利君と皆さんが幸せそうにしている姿を見守るのが一番なんです!」

「そういうものなのか?」

「そういうものなんです!」


 華担は当然のように言い切った。


「でも、もったいないな」

「もったいない……ですか?」

「ああ。遠くから見ているだけでは、分からない魅力もたくさんあるぞ」


 華担が目を丸くする。


「ハーレムメンバーは、みんな魅力的だ。だが、実際に話して、一緒に過ごしていると、今まで知らなかった一面が次々に見えてくる」

「知らなかった一面……」

「ああ。そして新しい一面を知るたびに、俺はもっとみんなを好きになる」


 きっと、これからもそうなのだろう。


「俺は人生をかけて、みんなの魅力を知っていきたいと思っている」

「人生をかけて……」

「だから、見ているだけではもったいない。推鹿さんも、みんなと話してみればいいじゃないか」

「…………嫌です」


 華担は小さく首を横へ振った。


「前にも言った通り、私の流儀では、ただのファンである私が推したちの関係に影響を与えてはいけないんです」

「流儀……」

「はい。私は遠くから見ているだけでいいんです。皆さんが楽しそうにしている姿を見られれば、それだけで幸せですから」


 やはり、華担はそう言うか。


 だが――。


「俺の流儀は、好きなら我慢せず、その輪の中へ飛び込むことだ」


 俺は華担へ、まっすぐ手を差し伸べた。


「一度くらい、俺の流儀を試してみないか?」

「…………」


 華担は目を見開き、差し出された俺の手をじっと見つめる。


「きっと、遠くから見ているだけでは知れなかったものが見つかるぞ。俺とこうして話せたように、みんなとも仲良くなれる」

「皆さんと……仲良く……」

「ああ!」


 俺は力強く頷いた。


「せっかくの学園生活だ。大好きな人たちが目の前にいるのに、遠くから見ているだけなんてもったいないだろ!」


 華担はしばらく、俺の顔を見つめていた。


 やがて、おそるおそる手を伸ばし――。


 震える指先で、俺の手を握った。


「やっぱり……伊阪利君って、キラキラしてるぅ……」

「よし!」


 俺は握った華担の手を、そのまま力強く引き上げる。


「では早速、推鹿さんをみんなに紹介する! 今からついてこい!」

「えっ、今からですかぁ!?」


 華担の悲鳴が、体育準備室いっぱいに響き渡った。

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