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第37話 手紙なんて乙だろう

 数日後。


 席に着くと、机の中に見覚えのない包みが入っていた。


「……なんだ、これは?」


 周囲に見つからないよう、机の陰でこっそりと包みを開ける。


 中身を見た瞬間――。


「おおおっ!」


 思わず歓声が漏れた。


 入っていたのは、アクリルキーホルダーだった。


 しかも、一つではない。


「ハーレムメンバー全員分あるぞ……!」


 どのアクキーにも、デフォルメされた俺とハーレムメンバーの一人が、仲睦まじそうに並んでいる。


 なじみ、紀律、走琉、ぱなえ、玖詩、沙奏。


 俺と六人、それぞれの組み合わせが揃っているのだ。


「おお……!」


 どれも本人たちの特徴を見事に捉えていて、すごく可愛い。


 これさえあれば、いつでもみんなを身近に感じられるではないか!


 なんて素晴らしいものなんだ!


「ん?」


 包みの中には、折り畳まれた一枚のメモも入っていた。


『約束したファングッズをお渡しします。

 作りの粗い部分もありますが、よければ使ってください。

 なお、この件については他言無用でお願いします。

 また、学園内で推鹿本人へ話しかけることもお控えください。

 ——追伸——

 最近、いざ玖詩で伊阪利君が蹴飛ばされているところを見ていません。

 ファンとしては、あの絡みが好きなので、またお願いします』


「…………」


 華担は、なんてことを書いているんだ。


 しかし、こんなに素晴らしいものをもらったというのに、直接お礼を言うことすら許されないとは。


 なんとも歯がゆいな。


 それにしても、まさか俺がファンレターをもらう日が来るとは思わなかった。


 改めて、六人のアクキーを眺める。


 なじみも、紀律も、走琉も、ぱなえも、玖詩も、沙奏も。


 どれも本人たちの魅力が、余すことなく詰め込まれている。


 眺めているうちに、自然と頬が緩んでいった。


「推鹿さん……分かってるじゃないか」


 俺もみんなが大好きだからこそ分かる。


 こんなものを作れるのは、華担が本当にみんなのことを好きで、普段からよく見ているからだ。


 ハーレムメンバーの魅力を理解してくれる人がいる。


 それは、思っていた以上に嬉しいことだった。


 もっと話してみたい。


 みんなの可愛さや魅力について、華担と存分に語り合ってみたい。


「手紙か……」


 直接話しかけるのが駄目なら、手紙を渡せばいいではないか。


 俺は便箋を取り出し、さっそく華担への返事を書き始めた。


『拝啓 推鹿殿

 アクリルキーホルダー、ありがとう。

 みんなの特徴をよく捉えた、素晴らしい出来だ。

 本人たちには見せられないが、大切に使わせてもらう。

 本当は直接お礼を伝えたいところだが、推鹿さんの流儀に従い、手紙で感謝を伝えることにした。

 ハーレムメンバーは、みんな本当に魅力的だ。

 その魅力を分かってくれる推鹿さんとは、できれば直接、みんなについて語り合ってみたいと思っている。

 ——追伸——

 玖詩に蹴られるのは洒落にならないくらい痛いので、できれば遠慮したい。

 だが、どうしても見たいと言うのなら、今度頼んでみよう。 敬具』


 よし。


 俺は周囲に誰もいないことを確認すると、そっと華担の机の中に手紙を忍ばせた。


 そして翌日。


 俺の机の中には、華担からの返事が入っていた。


『お返事ありがとうございます。

 推し本人から直筆のお手紙をいただくという想定外の供給により、昨日は三時間ほど情緒が死んでいました。

 なお、直接語り合う件につきましては、丁重にお断りいたします。解釈違いです』


「手強いな……」


 それから、俺たちは手紙を通してやり取りをするようになった。


『最近、なじみが冷たい。

 これは、いざなじの危機だろうか?』


『いざなじの危機!?

 それは聞き捨てなりませんね。

 でも、問題ないでしょう。なじみさんがたまに見せる素っ気なさは、伊阪利君への愛ゆえなのです!』


 さすがは華担……分かってるな。


 なじみは、そういう素直になりきれないところも含めて可愛いのだ。


『やはり、いざなじは永久不滅。

 もちろん、ほかのハーレムメンバーとの関係も永久不滅だ。

 そういえば、推鹿さんに言われたので、玖詩に俺を蹴ってくれと頼んでみた。

 ゴミを見るような目で見られたぞ。どうしてくれる』


『現場、拝見しておりました。

 玖詩たんの心の底からゴミを見るような目……沼る。

 そして、その視線を真正面から受け止める伊阪利君の反応も、とても可愛くて推せます』


「俺が可愛いか……」


 そんなことを言われたのは初めてだな。


『ところで推鹿さんは、どうして俺たちのことを好きになったんだ?』

 

 次に届いた返事は、いつもより少し長かった。


『最初は、クラスに一人しかいない男の子を、興味本位で眺めていただけだったんです。

 でも、入学早々いきなりハーレムとかおせっせとか言い始めて、意味が分からなすぎて、面白い人だなって思って。

 それから伊阪利君の周りには、どんどん可愛い女の子たちが集まってきました。

 皆さんが一緒に笑ったり、ふざけあったり、ヤキモチ妬いたり……

 そんな姿を見ていると、なぜか私まで幸せな気持ちになれるんです。

 もう、箱推しするしかないじゃないですか。

 気づいたときには、完全に皆さんのオタクになっていました』


「…………」


 華担は、そんなふうに俺たちを見ていたのか。


 好きな人たちが楽しそうに笑っている。


 ただそれを見ているだけで、自分まで幸せになれる。


 俺も、みんなの笑顔を見ているだけで幸せになる。


 華担の言う『推す』という気持ちが、俺にも少し分かった気がした。


 だが、そこで一つのことに気づいた。


「俺は……華担のことを、ほとんど知らないんだな」


 華担は、俺たちのことをこんなにも知っている。


 それなのに俺が知っているのは、推し活が好きで、アクキー作りが上手いということくらいだ。


「…………」


 俺は、もっと知りたい。


 推鹿華担という女の子のことを。


『推鹿さん。

 俺は、推鹿さんのことをもっと知りたい。

 手紙で話すのも楽しいが、やはり直接話したい。

 駄目だろうか?』


 翌日。


 机の中には、華担からの返事が入っていた。


『無理です。

 無理無理無理無理無理です。

 推し本人から直接話したいなんて言われたせいで、昨日からずっと情緒がおかしいです。

 推しとは適切な距離感を保つのが、私の流儀です。

 直接会ってお話しするなんて、とんでもありません。

 でも……今回だけですからね?』


 華担が会ってくれる。

 そう思うと、その日の放課後が待ち遠しくなった。


 そして、放課後。


 華担から指定された待ち合わせ場所へ向かった。


 場所は――なぜか、体育準備室。


「…………」


 確かに、人目につかない場所がいいとは書いていたが……。


 なぜ体育準備室なんだ?


「ここで合ってるよな……」


 体育館の裏手にある準備室の周囲には、誰の姿もない。


 部活動の声も遠く、辺りは不気味なほど静まり返っていた。


 俺は重い扉へ手をかけ、ゆっくりと開く。


「推鹿さん? いるのか?」

「ひゃいっ!」


 中から、ひっくり返った声が返ってきた。


 いた。


 銀色のボブに、紫色のヘアピン。


 間違いなく華担だ。


 華担なのだが――。


「…………」


 なぜか床には、体育マットが丁寧に敷かれていた。


 そして華担は、その中央にぺたんと座り込んでいる。


 頬を真っ赤に染め、潤んだ瞳で俺を見上げていた。


「伊阪利君……!」

「お、おう……」


 なんだ、この状況は。


 なぜマットの上に座っている?


 なぜそんな覚悟を決めたような顔をしている?


 俺が何も言えずにいると、華担はスカートの裾をぎゅっと握り締めた。


 大きく息を吸い、震える唇を開く。


「わ、私の初めてを……もらってください!」

「………………」


 何を言われたのか理解するまで、数秒かかった。


「どういうことだぁぁぁぁぁ!?」

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