第35話 推しカプってなんだ
第二回ハーレム会議——inサンライズウォーターパーク。
振り返ってみれば、ある意味すさまじい一日だった。
玖詩となじみによる、日焼け止めを巡る壮絶な攻防。
走琉とはウォータースライダーで密着し、紀律とは危うくキス寸前。
沙奏からはまっすぐな想いを告げられ、ぱなえとは改めて互いの気持ちを確かめ合った。
そして何より——。
ハーレムメンバーそれぞれの魅力が詰まった水着姿が、今も鮮明に目に焼きついている。
まさに夢のような一日だった。
——その翌朝。
俺は教室の机に突っ伏し、たった一つ残された重大な問題について考えていた。
おせっせどころか、キスすらできていない。
「おかしい……あれだけのイベントをこなして、成果ゼロだと……?」
「槍田くん、朝から何ぶつぶつ言ってるの?」
隣から、なじみの呆れた声が飛んでくる。
「なじみ。なぜ俺は、いまだに童貞なんだ?」
「…………っ!」
なじみはぎょっと目を見開くと、慌てて周囲を見渡した。
「なんでそんなこと、教室で堂々と言えるの!?」
「いや、こんなにも魅力的なハーレムメンバーが集まり、幸せすぎる毎日を送っているのにだな……」
俺は口元に手を当て、真剣に考え込む。
「どうして俺は、まだ誰ともおせっせに至っていないんだ?」
「私に聞かれても……し、知らないわよ」
「そんなの、私に言ってくれればいいのに」
艶を帯びた声が、すぐ隣から聞こえてきた。
「今から学園を抜け出して……してあげてもいいのよ?」
沙奏だ。
俺とぱなえしかいないところでは、すぐに素が出るくせに、人前では相変わらず完璧なお姉さんを演じている。
「いいのか、沙奏!」
「ええ。伊阪利ちゃんが望むなら、私の身体はいつでも——」
「いや、待て」
俺は差し出されかけた夢のような誘いを、断腸の思いで遮った。
「以前も、ぱなえを捜すために学園を抜け出したからな。これ以上、授業をサボるわけにはいかん」
それに、俺には紀律とのテストの勝負もある。
いくらおせっせのためとはいえ、授業をサボって成績を落とすわけにはいかない。
「もう……私、伊阪利ちゃんに焦らされすぎて、おかしくなっちゃいそう……」
沙奏が悩ましげな吐息を漏らす。
「もしかして……それも、わざとなのかしら?」
「…………」
沙奏のお姉さんモードは、どうしてこうもエロい言葉が次から次へと出てくるのだろう。
もはや感心すら覚える。
「アタシの名前、呼んだ?」
「おお! ぱなえ、いいところに来たな」
「どったの、いざっち?」
自分の名前が聞こえたらしく、ぱなえがこちらへやってきた。
「いや、どうして俺はハーレムメンバーの誰とも、おせっせに至っていないのかと思ってな」
「あー……」
ぱなえはすぐには答えず、少し考えるように視線を上げた。
「それってさ……いざっちが、おせっせのことをすごく大事に考えてるからじゃない?」
「大事に考えている……?」
「うん。いざっちにとって、おせっせってただのえっちとは違うんだよ」
ぱなえは普段より落ち着いた声で続ける。
「幸せの絶頂っていうか……ううん。それ以上のものだと思ってるのかも」
「幸せの絶頂以上……か」
なるほど。
自分ではあまり考えたことがなかったが、言われてみればそうなのかもしれない。
「さすがぱなえだな。これならハーレムリーダーを任せられるかもしれん」
「また変な役職が出てきたよ……」
なじみが呆れ果てたように机へ突っ伏す。
「そのハーレムリーダーになったら……優先していざっちとおせっせできたりするのかな……?」
なじみの反応をよそに、ぱなえがぐいっと俺との距離を詰めてきた。
近い。
間近で見ても、ぱなえはやはり可愛い。
いつものようにふざけているだけかと思ったが、その表情は意外なほど真剣だった。
「…………」
まっすぐ見つめられ、鼓動が一気に速くなる。
「そ、それはだな……」
「槍田君」
凛とした声が飛んできた。
「教室でそういう話をするのは、控えてください」
「ああ……紀律。すまなかった」
注意する口調こそいつも通りだ。
しかし紀律は、なぜか不満そうに頬を膨らませていた。
そんな俺たちのやり取りの最中——。
妙に熱のこもった視線を感じた。
振り向いてみたが、こちらを見ている者は見当たらなかった。
◇◇◇◇◇
「伊阪利くん! お昼、一緒に食べよう!」
昼休みになると、走琉が元気よく声をかけてきた。
「今日は玖詩ちゃんも一緒に、三人でどう?」
「……玖詩もか?」
「なによ! その不満そうな顔は!」
「いや、珍しい組み合わせだと思ってな」
玖詩がなじみ以外と一緒にいるところなど、ほとんど見たことがない。
「なじみは一緒じゃないのか?」
「委員会よ! そのくらい覚えておきなさいよ」
「いや、知らん」
なじみの予定まで把握しているのは、玖詩くらいだろう。
「ボク、昨日のプールで玖詩ちゃんとも仲良くなったんだ!」
「はぁ!? 別に仲良くなんてないし!」
「ええっ! あんなに楽しかったのに……」
走琉がしょんぼりと肩を落とす。
「べ、別に……楽しくなかったなんて言ってないでしょ」
玖詩が気まずそうに顔を背ける。
「その……走琉と一緒にいるのも、悪くないっていうか……」
「わはは! ありがと、玖詩ちゃん!」
「ちょっ……くっつかないでよ、走琉!」
走琉に抱きつかれ、玖詩は顔を赤くしながら抵抗する。
走琉と玖詩。
意外だが、なかなかいい組み合わせかもしれない。
「それで、お昼は食べるの? 食べないの?」
「俺は……可愛い二人を食べたい」
「……はあ? 死にたいの?」
玖詩から、殺意に満ちた視線が飛んできた。
「でも玖詩ちゃん、プールのとき、伊阪利くんのこと嫌いじゃないって言ってたのに!」
「ちょっ……走琉!?」
「ちなみにボクは、玖詩ちゃんと一緒でもいいよ?」
「何の話してんのよ、あんたは!」
「…………」
……ん?
なんだ?
さっきから、誰かに見られているような気がする。
俺は足を止め、教室の中をぐるりと見渡した。
「…………」
特に変わった様子はない。
気のせいか?
「伊阪利くーん! 早くー!」
「ああ、今行く!」
教室の出口から手を振る走琉へ返事をし、俺は二人のあとを追った。
◇◇◇◇◇
教室を出ていく伊阪利の背中を、一人の女子生徒が、机に立てた教科書の陰からそっと見つめていた。
「ああ……今、目が合いそうになっちゃった……」
女子生徒は慌てて教科書の陰へ顔を隠すと、興奮を鎮めるように胸元へ手を当てる。
「危なっ……あんなファンサもらったら、心臓もたないよぉ……」
それからもう一度だけ、教科書の脇から廊下を覗き込む。
すでに伊阪利の姿が見えなくなっていることを確かめると、女子生徒はうっとりと両頬へ手を添えた。
「はぁ……伊阪利君、今日もビジュがいい……」
朝は、なじみ、沙奏、ぱなえ、紀律との絡み。
さらに昼は、走琉と玖詩。
「一日でこんなに推しカプを浴びていいの……?」
女子生徒の頬が、幸福に緩んでいく。
「もう供給過多で……尊死しそう……」




