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第33話 もう耐えられんぞ

 シャワーを浴びて、ようやく身体のベタつきも取れた。


「ふぅ……意外と落ちないものなんだな」


 シャワールームを出て、みんなのところへ戻ろうとした——そのときだった。


「…………なんだ、あれ?」


 プールサイドの一角に、男たちの長蛇の列ができていた。


「こんなところに、並ぶようなアトラクションなんてあったか?」


 気になって、列の先頭を覗き込む。


「お姉さんたち、二人だけ? よかったら俺たちと——」

「ごめーん。そういうの、間に合ってるから」

「ふふっ。せっかく声をかけてくれたのに、ごめんなさいね」


「…………」


 そこにいたのは、ぱなえと沙奏だった。


 二人に断られた男たちが、肩を落として去っていく。


 すると、待ってましたと言わんばかりに、次の男たちが前へ出た。


「君たち、超絶かわうぃーね! 俺たちと遊ばない?」

「パス」

「えっ」


 サングラスをかけたチャラそうな男は、ぱなえの一言であえなく撃沈した。


 しかし——。


「…………」


 懲りずに列の最後尾へ並び直している。


 あいつ……なんて強靱なメンタルなんだ。


 いや、それよりも——。


「なんだ、この列は……!」


 アトラクション待ちではない。


 ぱなえと沙奏をナンパするためだけの列が、できあがっているのだ。


 さすがというほかない。


 男たちに「並んででも声をかけたい」と思わせるとは……二人の魅力、恐るべし。


 そんな光景を眺めていると、ぱなえが俺に気づいた。


「いざっちぃぃぃ!」


 俺を見るなり、男たちには目もくれず駆け寄ってくる。


「遅い! もう無理! ナンパされるの疲れたぁ!」

「お、おう……大変だったな」

「ほんっと、何人断ったと思ってんの!?」


 ぱなえが俺へ詰め寄った瞬間、並んでいた男たちの間にざわめきが広がった。


「ふふっ。皆さん、ごめんなさいね」


 沙奏も俺の隣まで来ると、男たちへ優雅に微笑みかける。


「私たち、この人のものなんです」

「………………」


 男たちの視線が、一斉に俺へ集中した。


「嘘だろ……あんなやつが……」

「なんて……羨ましい……」


 嫉妬と羨望が入り交じった声が、あちこちから聞こえてくる。


「それに私たち、もう……この人じゃないと満足できない身体にされちゃって……」

「おい!?」


 沙奏がとんでもない一言を付け加えた途端、周囲から突き刺さる視線が明確な殺意へ変わった。


 待て待て待て!


 俺はまだ何もしていないぞ!


「くそっ……羨ましすぎる……!」

「二人ともって……前世でどんな徳を積んだんだよ……」

「一発くらい殴っても許されるんじゃないか……?」


 許されない。


 しかし、ここまで激しい憎悪を向けられるとは。


 これも二人が魅力的すぎるがゆえか。


「はいはい! ほら、散った散った!」


 ぱなえが追い払うように両手を振る。


「本日のナンパ受付は終了! 解散!」


 男たちは名残惜しそうに何度も振り返りながら、ようやく散っていった。


「伊阪利ちゃぁん……疲れたよぉ」


 男たちがいなくなった途端、沙奏の肩からふっと力が抜けた。


 ついさっきまでの余裕に満ちたお姉さんモードは、どこへやら。


 すっかり気が抜け、いつもの沙奏へ戻っていた。


「沙奏もよく頑張ったな」


 俺は労うように、その頭を優しく撫でる。


「えへへ……私、頭撫でられるの好き」


 沙奏は嬉しそうに目を細め、俺の手へ甘えるように頭を寄せてきた。


 こうしていると、まるで子供みたいだな。


 身体はこんなにも立派だというのに……。


「そういえば、二人はプールに入らないのか?」

「アタシは、泳いだりするのは勘弁かなぁ。メイク崩れちゃうし」


 プールに来ているというのに、ぱなえのメイクは相変わらず完璧だった。


「さすがだな、ぱなえは」

「……いざっちと会うときは、少しでも可愛くしてたいし」


 ぱなえは照れを隠すように、髪の毛先を指へ絡ませる。


 いつも明るく堂々としているぱなえが、ふとした瞬間に見せるこの表情。


 最高に可愛い。


「でもでも、行きたいところはあるんだよね!」

「どこだ?」

「それは着いてからのお楽しみ!」


 ぱなえは悪戯っぽく笑うと、俺の腕へぎゅっと抱きついた。


「…………っ!」


 こ、これは……!


 普段からぱなえにくっつかれることは多い。


 だが、水着となれば話は別だ。


 腕に押しつけられる柔らかな感触。


 そして何より、普段は服越しのところを、今は素肌同士が直接触れ合っている。


「えぇ! ぱなえちゃん、いいなぁ! 私も!」


 それを見た沙奏が、反対側の腕へ抱きついてきた。


「…………っ!!」


 沙奏の柔らかな身体まで、遠慮なく俺の腕へ押しつけられる。


 右にはぱなえ。


 左には沙奏。


 しかも、二人とも水着姿。


「ふ、二人とも……そんなにくっついたら、歩きにくいだろ」

「いいじゃん! こうやって男連れだって見せつけとけば、ナンパもされないし!」

「うんうん。それに、伊阪利ちゃんともいっぱい触れ合えるし!」

「…………」


 ナンパ避けという大義名分を得た二人には、遠慮というものがまるでなかった。


 一歩進むたび、両側から柔らかな身体が押し当てられる。


 やばいぞ……。


 このままでは目的地に着くより先に、俺の理性が持たない。


 なんとか耐えてくれ……。


「じゃーん! ここ、温水プールなんだよね!」

「お……温水プールか」


 辛うじて理性を保ったまま、目的地へたどり着いた。


 ぱなえに連れてこられたのは、賑やかなプールエリアから少し離れた場所にある温水プールだった。


 周囲に比べると人も少なく、ゆったりとした空気が流れている。


「伊阪利ちゃん! なんかお風呂みたいだね!」


 さっそく温水へ脚を浸けた沙奏が、気持ちよさそうに頬を緩める。


「あったかぁい……」


 そのまま、ゆっくりと身体を沈めていく。


「伊阪利ちゃんも早く入ろ!」

「お、おう」


 お風呂みたい、か……。


 そんなことを言われると、急に意識してしまうじゃないか。


 俺たちが入ったのは、円形の小さな温水プールだった。


 三人で入れば、ほとんど隙間がなくなるほど狭い。


「…………」


 右にはぱなえ。


 左には沙奏。


 少し身体を動かすだけで、二人の肌と触れ合ってしまう。


 心地よい温水。


 間近に迫る水着姿の美少女二人。


 これでは本当に、三人で風呂へ入っているようなものじゃないか。


「ねえ、伊阪利ちゃん」

「ん?」


 沙奏が両手で温水をすくい、ゆっくりと自分の肩へかける。


 濡れた赤い髪が白い肌へ張りつき、雫が滑るように胸元へ伝っていった。


「私ね……伊阪利ちゃんがハーレムに誘ってくれて、すっごく嬉しかった」

「俺も、沙奏が入ってくれて嬉しいぞ」


 俺は迷わず、その気持ちを口にする。


「好きだ、沙奏」

「うう、伊阪利ちゃん……私も好きぃ」


 沙奏が蕩けるような笑みを浮かべる。


「沙奏さんって、ほんっと、いざっちにべた惚れしてるよね」


 ぱなえにからかわれ、沙奏は恥ずかしそうに頬を染める。


 それでも否定することなく、小さく頷いた。


「……うん。してる」

「そんなに俺のことを……」


 沙奏がゆっくりと顔を上げ、俺たちの視線が重なる。


 頬を赤く染めながらも、沙奏は俺から目を逸らそうとしなかった。


「…………」


 やばい……。可愛いし、エロい。


 こんな近くで見つめられたら、ただでさえ水着姿の沙奏から目が離せなくなる。


「伊阪利ちゃん……」

「沙奏……」


 温水の中、沙奏の身体がゆっくりと近づいてくる。


「ちょっと! こんなところでおせっせ始めないでよ!」

「始めないわ!」


 ——したいけども!


 ぱなえの鋭いツッコミに、俺はどうにか我へ返った。


「ねえ、伊阪利ちゃん」


 沙奏は離れるどころか、さらに俺の腕へ身体を寄せる。


「私は……いつでもいいからね」

「…………っ!」


 沙奏は俺だけを見つめたまま、にっこりと微笑んだ。


 やめてくれ、沙奏。


 水着姿で。


 こんな距離で。


 そんなことを言われたら——。


 今度こそ、本当に俺の理性が持たん……!

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